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十四話 遅すぎた対応

 二週間が経った。


 仕入れた商品は、四区の店頭に並ぶと一瞬で姿を消していく。

 今日までに使った仕入れ費用は、二十億円に達していた。


 皐月家の資産規模からすれば微々たる額ではあったが、それでも商品の仕入れだけで、しかも二週間という期間に二十億円というのは異常な数字だった。

 この状況が続く中、皐月家の商品管理室は連日、頭を抱え続けていた。


「今日、納品された分がもう無くなった……」


 誰かがボソリと呟いた。

 管理室内の雰囲気が更に重くなっていく。


「誰かが買い占めているのか?」


 全員の視線がチーフに集まった。


「買い占め……ですか」


「学術院内で買い占めなんて意味がないのでは?」


「誰がそんな大量の資金を準備できるんだ」


 学術院にいる住民の資産や個人情報は、皐月家の構築したシステムに登録されていた。

 通常の購買であれば、誰がどれだけ商品を購入したのかは把握できている。

 データに異常があれば、システム管理室から何かしら連絡が入るはずだ。


 現状、そういった連絡は流れていない。


「一度、会長に相談した方が良さそうだな」


 チーフは会長へ面談依頼を送った。

 大至急、というタイトルを添えて。


 雄介から面談の許可が出たのは、一週間後のことだった。


   ☆


 一週間後。


 商品の仕入れ額は更に膨れ上がっていた。

 額にして五十億円弱。


 商品管理室は仕入れに対しての制限を特に受けていない。

 学術院内の商品が無くなりさえしなければ、何も問題はなかった。

 この部署が創設されてから今日までの間、ここまで大量の資金を投入したことはなかった。


 雄介に指定された時間になって、チーフは扉をノックする。


 中から「入れ」とだけ聞こえた。


 部屋に入ると古い録音の交響曲が流れていた。

 チーフはクラシックを聞かないので、曲の内容は全く分からない。


「どうした?」


 雄介から短く尋ねられた。


「最近、四区で商品の在庫切れが起こっています」


「それは売れ筋だからということか?」


「いえ、全商品です。売れ筋や季節物などカテゴリー別ではありません」


「全商品だと?」


「はい。わたしがこれまで働いてきて、初めての現象です。既に三週間継続していて、仕入れ額が四十九億円を超えています」


「商品の仕入れに四十九億……だと?」


「はい」


 チーフは、雄介の顔を見ることができないでいた。


「初動の対応は?」


「一時的なものと判断して、供給を三倍に増やしました」


「ふむ。それで?」


「三倍に増やしたにもかかわらず、一日で全て無くなりました」


「何だと。それは買い占められているな」


「わたしもそう思います。ですが、学術院内での買い占めは不可能です」


「そうだな。何かあればすぐに分かる」


 雄介の声には僅かな苛立ちが含まれていた。

 この一ヶ月、既に洸介の失踪、システムへの不審なアクセス、網走の消息不明と、次々と面倒な報告ばかりが続いている。

 ここでまた一つ、訳が分からない問題が増えたことに、雄介は嫌な気分になっていた。


「こうなると、わたしでは判断ができません。そこで会長に面会許可を出させて頂きました」


「商品価格を一律、十倍にしろ」


「十倍ですか?」


「十倍になれば買い占めもできないだろう。それで沈静化した後、元に戻せば良い」


「承知しました。早速、実行します。お時間を取らせて、申し訳ございませんでした」


 チーフは深く一礼して部屋から出ていく。

 レコードの針が乱れて、一瞬だけ音が大きくうねった。


   ☆


 チーフが戻ると、システム端末で商品価格が修正された。


 学術院全体の商品が一律十倍になった。

 百トークンの物は千トークンに、千トークンの物は一万トークンといった感じだ。

 四区で暮らす人々の生活を考えれば軽い値上げではない。

 だが背に腹は代えられない。


「これで収まってくれればいいのだが……」


 それでも管理室の空気は変わらなかった。

 商品の枯渇が無くならないことには、誰も安堵できなくなっていた。


 そして、運命の日がやってきた。


 供給量を更に増やして納品が完了した。

 商品管理室の面々は、揃ってモニターに釘付けになっている。

 壁にかかった時計の秒針が、やけに騒がしく感じられた。


 そして一時間が経った頃。


「商品が無くなりました……」


 誰かが悲壮な声で呟いた。


 チーフはすぐに面談依頼を送った。

 その日のうちに、学術院の商品価格は更に十倍に引き上げられた。

 百トークンの商品は一万トークンへ。

 千トークンの商品は十万トークンへ。


 それでも管理室の誰一人として表情を緩める者はいなかった。

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