十話 気の置けない仲間達
【楓視点】
翌日、全ての講義が終わると、俺は詩織に声をかけた。
「詩織、これから空いてるか?」
「な、な、な、な?」
「なんだそれ。おーい、遊。お前は空いてるだろ?」
「おっさん、僕のこと舐めすぎでしょ。まあ、空いてるけど」
「詩織〜。行くよ〜」
声の方を見ると、モールで会った女性だった。
詩織は何故かダッシュで走っていって、二人で何かを話している。
「ところでおっさん。今日はどうしたんだよ。最近は速攻で帰ってたのに」
「ちょっと話しておきたいことができたんだ。できれば長月の婆さんも一緒に」
「ふ〜ん。保護者同伴ね〜。もしかして詩織を下さい、とか?」
「俺には凛がいるっての!」
その時、近くでバタンと何かが倒れる音がした。
見ると詩織が豪快に倒れていた。
「詩織! 大丈夫か!」
俺は急いで駆け寄った。
何故か遊は呑気に鳴らない口笛を吹いている。
「お、じさん……。さっきの……はダメ」
「はい?」
詩織が何を言っているのか分からない。
「絶対にダメえええええぇぇぇっ!!」
急に立ち上がって訓練場から出ていく。
「……一体なんなんだ」
「自分の胸に聞いてみれば?」
俺は胸に手を当てる。
心臓がトクンと鳴った。
「そういうとこだと思うよ」
どうやら、この十四歳は俺よりも社会経験が豊富らしい。
俺達は詩織が戻ってくるまで待つことにした。
☆
すぐに詩織は戻ってきた。
「詩織。ちょっと文さんの所に案内してくれ。遊も一緒な」
「どうしてババアに会うのよ」
「ちょっとな。これは身内のお前らにも共有しておきたいんだ」
「え、身内?」
「違ったか。俺の勘違いだったら悪かった」
詩織を見ると何故か顔が赤い。
もしかして、さっき挙動不審だったのは。
「そうか悪かった。もう出来上がってたか」
「誰がお酒を呑んでるのよ! ……でも身内……身内かあ」
「詩織、ちょろすぎだろ」
こいつらと話をしていると、時間が経つのが早い。
俺はこの空気感が好きなんだなと、つくづく思う。
「結構、重要な話があるんだ。詩織、文さんに連絡してくれるか?」
「い、言われなくてもするわよ」
詩織はタブレットを操作する。
回線はすぐにつながったようだ。
「あ、婆ちゃん。今から帰るから準備しておいて!」
それだけ言って回線を切った。
「相変わらずだなあ」
遊は何処か遠くを見ながら呟いた。
☆
長月の新しい家は三区にある。
目の前にある立派な平屋の一戸建てだった。
「ただいま〜」
詩織は端末に手をかざして扉を開け、中に入っていく。
「おじゃましまーす」
俺と遊も後ろからついていった。
玄関から上がって奥の引き戸をまたぐと、和室のリビングだった。
中央に長い木製のテーブルが鎮座している。
「ばあちゃん。お客さんだからさ、ちゃんとしてよ」
「うるさい娘じゃな。当主なんじゃから、お前が対応――」
「お婆さん、お久しぶりです。お変わりなさそうですね」
「――睦月様!?」
文さんはそのまま土下座の姿勢をとった。
「見苦しい姿をお見せして……」
「気にしないでよ。今日はちょっと相談があって来ただけだから」
詩織と遊は状況を飲み込めていない顔をしている。
「おっさん、どうなってるんだよ」
隣から困惑した声が聞こえた。
「まあまあ。それより三人とも聞いてほしいことがある」
俺はテーブルに座った。
隣に詩織、向かいに文さんと遊という構図だ。
「今から話すことは誰にも言わないで欲しい」
声のトーンを一段階、落とす。
部屋の空気が締まった気がした。
「それは睦月家としての要望かの?」
「……いや、俺個人の……友人への警告かな」
「……警告」
誰かが息を呑んだ。
「これから学術院、いや二区と三区にいるのは危険だ。できれば四区へ避難して欲しい」
これを聞いて、四区から昇天したばかりの長月家はどう思うだろう。
仮に聞き入れなかったとしても、やむを得ない。
「わたくしは全面的に信用します」
「ばあちゃん!?」
「後は詩織、当主のお前が決定するんじゃ」
「えぇ!? そんな〜。遊〜」
「……僕には判断できないよ。おっさん、何が起きるんだよ」
「今すぐに決めなくてはいけない訳じゃない。だけど覚悟だけはしておいて欲しい」
「い、いつまでよ!?」
「一週間くらいかな。おそらく一ヶ月後には動き出す。その時、二区と三区にいる人間がどうなるかは……俺にも分からない」
「睦月様。分かりました。一週間後にわたくしが長月と師走の意思を統一させます」
「ばあちゃん!」
「助かるよ。これが母――睦月彩の望んだ未来につながると信じて欲しい」
俺はその場でタブレットを立ち上げた。
「文さん、タブレットを出してくれる?」
老婆は淀みない動作でタブレットを取り出した。
「これで準備を。できれば食料品を優先的に」
俺は端末を操作する。
画面に表示された金額を見て、文さんの顔色が一気に悪くなった。
「ばあちゃん、大丈――」
画面が見えてしまったのだろう。
中腰だった詩織も、その場に座り込んだ。
「まあ、そういう事だから」
俺は立ち上がって部屋から出ていく。
事前準備に三億トークンもあれば十分だろう。
そのまま長月家を出ると、四区へと足を向けた。
遠くでカラスがアホーと大きく鳴いた。




