九話 わたしの魔王さま
【凛視点】
実家の本邸からリニアの駅に向かう道を、楓さんと手をつなぎながら歩いていました。
わたしの歩幅に合わせてくれています。
きっと身体を気遣って下さっているのでしょう。
ボイスレコーダーという録音をする装置の話を聞いている時、内容があまりにも酷くて気分が悪くなってしまいました。
給仕さん達にお世話をしてもらって回復した時には、楓さんとお祖父様のお話がかなり進んでいたので、詳しい内容が分かりません。
わたしは妻として、楓さんが考えていることを理解したいと思っています。
「楓さん。今日のことを教えて下さい」
「ちょっと歩きながらだと話しづらいから、帰ってからでもいい?」
「大丈夫です」
「それじゃあ、家で詳しく話すね」
少し先を歩く宮司さんも、わたしのことを気にかけて下さっているようでした。
しばらくして駅に着きました。
リニアを乗り継いで、わたし達はマンションに到着しました。
ドアを開けると、宮司さんが全ての部屋をチェックしていきます。
「それじゃあ、おやすみなさ〜い」
「今日もありがとうございました。おやすみなさい」
玄関の鍵がかかり、二人でソファに掛けます。
「さて、どこから話そうかな」
「どこから、ではありません。楓さんが考えていることを全て教えて下さい」
「俺の計画を知りたい?」
「はい! 全て教えて下さい!」
「そうだな〜。できれば子供は三人ほしいかな。それで住む家は一戸建てで――」
「もう、茶化さないで下さい! ……わたしも三人というのは賛成ですけれど」
「ははは。凛はやっぱり分かってるね。それでは本題に入るね」
楓さんは少し表情を引き締めました。
「まず学術院の本質は、四区に住む魔術師……正確には魔力回路持ちの搾取なんだ」
「はい、録音で聞いていました。未だに信じられません」
「うんうん、そうだよね。俺としても信じたくない。だけど母の遺言からも、俺が集めた情報から考えても間違いなさそうなんだ。俺は人の命が道具として扱われるのが絶対に許せない」
「わたしも同感です。ですが、どうして誰も気付かなかったのでしょう」
霜月家の人間として育ってきたわたしにとって、学術院での暮らしは当たり前でした。
魔法を使えることは誇るべきことで、覚醒できなかった人は魔術師を支えるものだと。
そう教えられてきたことに、疑問を持ったことすらありません。
四区についても、堕天した人達が暮らす場所としか考えていませんでした。
そこで暮らす人達が何を思って、どんな生活をしているのか。
わたしは一度でも考えたことがあったでしょうか。
これまで考えることはありませんでした。
それを思うと胸の奥が重く沈みます。
「……わたしも、気付けなかった一人なのですね」
小さく呟くと、楓さんがわたしの手を握り直して下さいました。
「凛が悪いわけじゃないよ」
「ですが……」
「知らされていなかったんだから、仕方ない。でも、これから知ったことをどうするかは、俺達で決められる」
その言葉が、胸に残りました。
「気づけなかった、というのが正しいんじゃないかな。疑問を持たせないようになっているからね。内部で生まれ育った人は、それが普通だと思っている。外部から来た人は三区の裕福な暮らしで満足してしまう。堕天して四区に行けば、日々の生活に追われて疑問を持つ余裕が無くなるからね。本当に良くできたシステムだよ」
楓さんは吐き捨てるように言いました。
わたしもこれまで学術院に疑問を持ったことはありませんでした。
だから、本当にそうなのだろうと思えてしまいます。
「それで、楓さんはどうするんですか?」
「そうだなあ。とりあえずネタバレはここまでってことにしておくよ」
「どうしてですかっ!?」
わたしは思わず声をあげました。
楓さんはニコニコしています。
これは間違いなく意地悪をしている時の顔です。
「教えて下さい!」
少し低い場所から楓さんを見上げました。
こうすると、彼は折れてくれる場合が多いのです。
「そんな可愛い顔をしてもダメだから! その時が来たら全て話すよ」
「その時というのはいつですか!」
「……そうだな――」
そう言ってわたしを抱き寄せます。
いつも思うのですが、この人はわたしの好きなことを知りすぎています。
「――お義祖父さんにもよるけど、一ヶ月後くらいかな」
「……大丈夫でしょうか」
楓さんは真っ直ぐにわたしを見つめました。
「何を犠牲にしても凛だけは守るから、俺を信じて」
それを聞いて、背筋がゾワリと冷たくなりました。
彼は変わらず笑顔のままです。
以前、楓さんがされているゲームの説明を聞いたことがありました。
魔王という、世界を滅ぼそうとする敵を倒すのが目的なのだと。
学術院が、わたしの夫に滅ぼされそうな気がしてきました。
それでも、わたしは魔王さまの妻です。
貴方に何処までも、ついていきます。




