五話 魔道具
【楓視点】
俺と的場さんはマンションに戻ってきた。
「チッス! 睦月さん。おつかれッス」
入り口にたむろしていたメビウスの一人が、軽い調子で片手を上げた。
「お疲れ様。洸介君と話がしたいんだけど、居るよね?」
「変わりなしッス。新入りも一緒ッス」
その返事に俺は頷いた。
「それじゃあ、俺が部屋の前を守ってやるぜえ」
的場さんが申し出てきた。
率先して仕事をしてくれるのは好感が持てる。
「それは助かります。今日、捕らえた変質者には気をつけて下さい。彼は皐月家の重要人物です」
「わあってるぜえ。テメエが気づかなかったら、どうなっていたか分からねえ。それより、テメエがどうしてアイツを知ってやがる」
的場さんが睨みつけてくる。
「拘束具を付けている以上は、何もできないと思いますけどね」
俺は重要な部分には触れない。
「確かになあ。ありゃどうにかできる代物じゃねえ」
的場さんは言及せずに肩をすくめながら苦笑した。
彼のこういう割り切りの良さには感心する。
管理局謹製の拘束具は魔法の使用を封じる。
腕っぷしには自信のある的場さんでも、その効果は認めているらしい。
話をしながら歩いているうちに洸介君の部屋の前に着いた。
俺は扉の横にあるチャイムを押す。
「誰ですか?」
インターホン越しに震えた声が返ってきた。
「俺だよ。洸介君に聞きたい事があって」
言うが早いか鍵が外れる音がして、勢いよくドアが開いた。
「睦月さん、待ってました」
その顔には安堵の色が浮かんでいる。
頼れる相手が来たというような表情だった。
「お、おう。的場さん、お願いしますね」
「任せてもらっていいぜえ」
的場さんはそう言って、廊下の壁にもたれかかる。
この部屋の前を見張るのが的場さんの仕事になる。
俺はドアを閉めて靴を脱ぐ。
シャツのポケットに入れたペンの尾栓をカチリと押した。
入ってすぐのダイニングの床には、芋虫のように身体を丸めた男が転がっていた。
四区の路地裏で捕らえた変質者だ。
手足を縛られたまま、こちらを睨みつけている。
「え〜と、貴方が網走さんですか?」
皐月家のデータベースから得た情報。
顔写真付きで、とても分りやすかった。
「………………」
網走さんは無言のまま答えない。
目だけがこちらの動きを注意深く追っている。
隙のない目つきだった。
「そうですよ。彼が網走です。梟のトップですね」
洸介君が横から即座に答えた。
それまで無表情を保っていた網走の顔が強張る。
「やっぱりそうなんだ。年齢三十七歳、二十年前から皐月家で働いていて、お子さんもいる。風を薄く操るのが得意で魔力操作が秀逸……」
「どうして……わたしのことを知っている」
抑えた声だったが動揺が隠しきれない。
おそらく洸介君のキラーパスがなければ、ここまで崩れていなかったのだろう。
この後も彼には頑張ってもらわなければならない。
強張った表情のまま、網走さんが俺を見上げた。
「簡単じゃないですか。貴方を詳しく知っている人物は誰ですか? つまり、そういう事です」
俺は上着のポケットから、母の形見を取り出した。
金の台座に乗った蒼い石が、部屋の照明を受けて鈍く光を反射する。
禁書庫で拾った、あの小箱の中に入っていたものだ。
「魔道具!? どうして貴方がそれを……」
「だから言っているでしょう。魔道具も託されているんですよ。だから、網走さん――」
俺は魔道具をポケットへと戻した。
洸介君の顔に喜色が浮かび、逆に網走さんの顔からは血の気が引いていった。
土気色というのが、まさにぴったりの顔色だった。
この数日、俺は皐月家が保有する会社のネットワークにお邪魔して、色々な情報を集めていた。
その中には向陽サービスを買収した記録もあった。
まさか自分が世話になっていた会社が、こんな形で名前を見せてくるとは思っていなかったので驚いたものだ。
課長は今頃どうしているだろう。
少し気になるが、今はそれよりも優先すべき話がある。
何より問題だったのは、魔道具の存在だった。
母の遺したメモや、皐月家のデータベースにあった資料を照らし合わせていくと、この魔道具というものが装飾品や宝石ではないことが見えてくる。
俺は既に魔道具という禁忌を犯した品物の大まかな輪郭を掴んでいた。
「――既に皐月さんとの話はついています。俺が秘術を提供するので、魔道具研究の流れを教えて下さい」
俺はそう告げた。
皐月家との合意事項など存在しない。
全てはシステムを潜ってすくい上げた情報から仮定したものばかりだ。
それを梟のリーダーである網走さんに自白させる為、それっぽく誘導しているだけに過ぎない。
「既に話がついているのであれば……」
網走さんは声のトーンを一段落とした。
抵抗する理由を見失ったのか、それとも状況を諦めたのか。
しばらくの沈黙のあと、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「……皐月魔道具研究所の始まりは、三十二年前の魔素発見に遡ります」
その一言が始まりだった。
これまで誰も語ってこなかった話が、静かに部屋の中に広がっていった。




