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四話 杵柄

  【楓視点】


 変質者をマンションに預けた俺達は、そのまま別の場所へと向かっていた。


 この数日、夜になると必ず訪れている場所だ。

 的場さんに頼んで魔術決闘から三日ほどで見つけてもらった物件だった。


(よくもまあ、こんな場所を見つけてこれたな)


 感心せずにはいられなかった。

 四区を隅から隅まで熟知している的場さんだからこそ、辿り着けた物件だと思った。


 しばらくするとコンクリート建ての、みすぼらしいビルに着いた。

 入り口に立った俺は鍵を差し込む。


「俺はいつも通り、外を見張っとくぜえ」


 的場さんはそう言うとビルの入り口に陣取った。

 俺が作業をしている間、周囲の警戒は的場さんの担当になっている。

 何かが近づいてくる気配があれば、すぐに合図が来る手筈になっている。

 ちなみに合図はドアを殴り続けるという暴力的な内容だ。


「それでは、お願いします。いつも通り五分で終わるので」


 俺は真っ暗な部屋に足を踏み入れた。

 タブレットの明かりを頼りに壁際にあるブレーカーを上げる。

 ジジ、という短い音とともに、天井の蛍光灯が点いた。


 明るくなった部屋は、昨夜と変わらない光景だった。

 テーブルの上にはノートパソコンが一台。

 壁にあるネットワーク端子から伸びたLANケーブルが、そのまま接続されている。


 学術院に来てから、モールや専門店を回ったことがあった。

 しかし、この街でパソコンを売っている店を見つけることができなかった。

 だから的場さんにネットワーク端子のある物件を探してくれと頼んだ時、正直なところ諦めていた。

 この学術院、しかも四区でそんな物件が見つかるとは思えなかったからだ。


 的場さん曰く、四区の中でもここしかなかったらしい。

 奇遇なことに、この物件はかつて皐月魔道具研究所の事務所として使われていた場所だという。

 今では二区に移転して、この建物だけがそのまま放置されているらしかった。

 皮肉なものだと思う。

 俺が皐月の内部に潜り込むための拠点が、他でもない皐月自身が残していった置き土産だというのだから。


 俺はパソコンの電源を入れて、そのままネットワークへとアクセスした。


 学術院という場所は、外部の一般的なインターネット網とは完全に切り離されている。

 それはこの都市の特異性を考えれば当然のことだった。

 魔力回路という国家機密そのものを抱える場所だ。

 ほんの些細な情報漏洩でも、国を揺るがす大事件に発展しかねない。

 だから学術院は完全な閉鎖網として運用されている。


 だが、その閉じた世界の中にも独自のネットワークが存在していた。

 タブレットへのデータアクセスは、無線を介して行われているらしい。

 つまり内部ネットワークに直接入り込めさえすれば、外と変わらないやり方で潜っていくことができる。


 俺はキーボードを叩き、システムの深層へと潜っていった。


 向陽サービス時代の業務を思い返せば、これほど楽な作業もない。


 分かりやすいパス。

 一目で用途が把握できるフォルダ構成。

 丁寧に整理されたファイル名。

 しっかりとした企業が作ったシステムというのは、後から扱う人の事も考えて構築されているようだ。

 何処かの企業に爪の垢を飲ませてやりたい気分になった。

 

 俺にとっては分かりやすいシステムだった事もあり、システムの全体像はもう大まかに把握できている。


(今日はアレを目一杯、引き出しておくか。管理者情報をファイルに残したらダメですよっと)


 俺は目的のアクセス先を決定して、ログインの操作を進めた。


 時間は五分と決めている。

 それ以上滞在すれば、システム側の監視に引っかかるリスクが大幅に跳ね上がる。

 事実、一度だけ五分を超過した時があった。

 その時は相手側のエンジニアが動いた形跡が残っていた。

 俺の計画では、この作業も終わりに近づいているが、まだ取らないといけない情報もある。

 だからこそ時間は厳密に守る必要があった。


 パソコンに接続したタブレットの画面に、これまで見たことのない桁数の数字がずらりと表示された。


(今日は終了。次は、また明日だな)


 俺は手早くパソコンを落として電源を切り、部屋の明かりも消してから外へ出た。


 的場さんが気配に気付いて振り返る。


「無事、終わったのかあ?」


「はい、今日の収穫は大きいですよ」


「それは良かったな。行くぜえ」


 二人でマンションに向かって歩き出す。


(皐月はそろそろ気づいているだろうか。この後、変質者を引っかけてみるか)


 あの身のこなし、きっと優秀な男なのだろう。

 俺を尾行てきていたという事は、皐月が何かに気がついたのかも知れない。

 それでも現時点で自由に動けている。


 俺はこのゲームの勝利を静かに確信していた。


(マンションに戻って、あの男から言質を取れば……。皐月雄介、お前の負けは確定する)


 夜の四区を歩く帰り道は、雲の切れ間から差し込む月の光に照らされていた。

おはようございます。

お読み下さりありがとうございます!

まずはお礼から。

昨日、五名の方から評価を、八名の方からブクマをして頂けました。本当にありがとうございます!

またリアクションもたくさんして頂けました。

励みになります!

明日も朝八時二十分に投稿します。

引き続き月隠の魔術師を宜しくお願い致します!

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