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第二十三話 如月舞踏会 前編

  【楓視点】


 長月本家で聞いた過去の話は、俺の中に残っていた。

 母が何を想い、何を望んでいたのか。

 それを聞いたことで考え直したこともある。

 俺が考えている幕引きが、母の遺志に沿うことを祈るしかない。


 そして二月十四日になった。


 スサノオはいつもとは違う浮ついた空気に包まれていた。

 廊下を行き交う生徒の足取りは軽く話し声のトーンが高い。

 何かを待っている時の独特の熱気だ。


 だが教員室の講師たちの表情は、それとは対照的に冴えなかった。


「楽団を手配していなかったのですか?」


「てっきり校内放送を使うものだと……」


「由緒ある如月の名を冠する舞踏会ですよ! 校内放送では品位が保てません」


 誰かがそう言うと、室内の空気がざわついた。


 俺には放送と楽器演奏の違いは、正直を言うと理解できない。

 音色が違うのは分かる。

 それだけで何がそれほど違うのか分からなかった。

 品位という言葉を使うほどの事なのかと思ってしまう。


 とりあえず静観することに決めた。


「楓さんはどちらが良いですか?」


 凛が横から声をかけてきた。


「俺は楽器でも放送でもって感じかな。凛は希望ある?」


「それは絶対に楽器です。あの音色で楓さんと踊りたいです」


「きっと凛は、小さい頃に一通り習い物させられた口だな」


「ええ、それはもう大変でした」


 凛は苦笑しながら頷いた。

 ピアノ、ヴァイオリン、日本舞踊。

 それに加えて礼法、作法、語学。

 そういう幼少期を勝手に思い浮かべてしまった。


「そうだ。今度、コンサートでも行こうか?」


「良いですね! 是非、お願いします!」


 凛の表情が少し明るくなった。

 どこかに行くという約束は、年末のショッピング以来だろうか。

 思い出をもっとたくさん作っておきたいと思う。


 二人で話をしているうちに進展があったらしかった。


「楽団の手配を皐月さんにお願いしてみます」


 その一言で室内が沸いた。


「上手くいけば手配してくれそうですね」


「間に合えばいいんですけど」


 声があちこちから上がる。

 皐月家の財力と手回しの速さは、噂になるほど語られている話だ。


 俺はそれを聞きながら、前々から気になっていたことを凛に訊ねた。


「いつも思うんだけど、皐月家の資産ってどれくらいあるんだろう?」


「学術院内では間違いなくトップです。額と言われると何とも言えませんが……世界的に見ても上位に入る富豪だと聞いたことがあります」


「そう言えば、凛はトークン以外の通貨って知ってる?」


「トークン以外ですか……。通貨というのは他にもあるんですか? 恥ずかしながら外に出た時は、宮司さんに全て対応してもらっていたので」


 真剣に考えている顔をしていた。

 それと宮司さんが、お財布係をしていたのは驚きだった。

 

 そうか、と俺は改めて思った。

 学術院の中にいれば、外部の情報を得る手段がない。

 テレビも一般のインターネットもない環境で育てば、外の世界を知りようがない。


(これは良くないな。上手く処理する方法を考えないと……)


「学術院から出る方法ってあるの?」


「基本的には出れません。ですが旧月家は管理局に申請して、承認が降りれば大丈夫です」


「外出の敷居が高すぎる」


「魔術師のことを思えば仕方がないですね。学術院は魔術師のために造られた都市ですから」


「でも知らないことが多すぎるのは、長い目で見ると不便だよ。今度、外に出る機会を作ろう」


「はい。それは楽しみです」


 そうしているうちに、教員室の方から歓声が上がった。


「楽団が手配できました! 皐月家が快諾してくれたそうです!」


「さすがです」


「本当に。ここぞという時に力を発揮してくれますね」


 室内が皐月家への称賛で沸き立つ。

 その勢いはかなりのものだった。


「へえ、大したもんだよね。凛……え?」


 横を見ると、凛の顔色がかなり悪かった。


 真っ青で血の気が引いている。

 今まで普通に会話していたのに気がつかなかった。


「……大丈夫です。少し気分が…………席を外します」


「着いて行くよ」


 隣の教員に声をかけてから、俺は凛の後ろについて教員室を出た。


   ☆


 トイレに立ち寄った後、俺は念のため医務室まで付き添った。


 凛が診察している間、俺は廊下の椅子に座って待つ。

 数分後、呼ばれて中に入る。


(重病だったらどうしよう)


 不安を抱えながら扉を開けた。


「睦月さん。おめでとうございます。妊娠されていますね」


 医師が開口一番にそう言った。


 俺は頭の中が真っ白になった。

 ニンシンサレテマスって聞こえたような。


(二ンシン……妊娠だって!?)


「本当ですか!?」


 俺は凛を見た。

 凛も俺を見ていた。

 その目が、うっすらと潤んでいた。


「ここには詳しい検査設備がないので、予定日などは正確に出せませんが、妊娠していることは間違いありません」


 それを聞いて一気にテンションが上がる。


「やった、凛! 俺達の子供だ!」


 気づいたら凛に抱きついていた。


 頭で考えるより先に、身体が動いていた。

 学術院の医務室で、医師の目の前で、これはどうなんだという理性の声は完全に後回しになっていた。


「ええ。わたしも嬉しいです」


 凛の声が、俺の耳のすぐそばで聞こえた。

 いつもより少しだけ柔らかい声。


 横でコホンと咳払いする音がした。


「あ、先生。嬉しさのあまり……大変、失礼しました」


「大丈夫です」


 医師は苦笑しながら続けた。


「今後、奥様は慎重に行動して下さいね。例えば今日の舞踏会に出たりしないように」


「え〜、そんな〜〜〜〜!?」


 俺と凛は、声を揃えてガクリと項垂れた。


   ☆


 凛を教員室に送り届けてから、俺は校長室に向かった。

 文月校長に事情を説明すると、校長は温かい顔で頷いた。


「それでしたら奥様はしばらくお休みにしましょう」


 手際よく端末を操作しながら言う。


「お二人とも、今日は帰られますか?」


「一応、俺だけでも舞踏会に参加します。ですが妻は観覧のみの不参加でお願いします」


「分かりました。それではパートナーを見つけやすいように、全生徒に通知しましょう」


 タブレットの着信音が鳴った。

 おそらく校長が送った全校生徒あてのメッセージだろう。


「校長先生、お手間かけました」


 俺は校長に頭を下げる。


「気にしないで下さい。大変な事にならなければ良いのですが……」


「はい?」


「いえ、独り言なのでお気になさらず」


 校長が少し遠い目をしていたが、俺は意味が分からないまま校長室を出た。


   ☆


 教員室に戻ると、凛の隣に座った。


「校長先生に伝えてきた」


「……そうですか」


 何故か凛の声が低かった。

 顔色は先ほどより戻っているが表情が固い気がする。

 また気分が悪くなったのだろうかと心配した。


「楓さん、どうして校内募集をかけたんですか?」


「え? 校長の善意だと思うんだけど」


「……絶対、分かっていないですよね。タブレットは見ました?」


「タブレット?」


「はい! 一度、画面を見て下さい!」


 言われた通りに取り出して見ると、通知が届いていた。


 二十件のパートナー申請だった。


「……何でこんな事に?」


 俺が呟くと、凛は小さくため息をついた。


「舞踏会のパートナーを募集しますと、全校に通知が届いています」


「なるほど……。じゃあ、全員断ってしまえば……」


「それでは楓さんが踊れなくなってしまいます。踊りたい人を選んで承認すれば良いと思いますよ」


「凛と踊りたかった」


「もう! わたしもそうですけど!」


 凛は珍しく声を上げてから、少し間を置いた。


「……そうですね、わたしが選びましょうか?」


「そうしてもらえると助かるかな」


 凛にタブレットを預けた。


 凛のタブレット操作は、いつ見ても速い。

 指が画面を流れるように動いて、次々と処理していく。

 ほんの数十秒で動きが止まった。


「…………できました。色々と考えた結果、ヴィクトリアさんにしました」


「それは良いかも」


 選択の経緯については、あえて聞かなかった。


 凛なりの考えがあってのことだろう。

 こうして俺のダンスパートナーが決定した。

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