第二十話 学術院理事会
【楓視点】
月末はあっという間に過ぎていった。
フルコマで講義をこなし、夜は凛と舞踏祭の練習をする。
それが毎日の流れになって、気づけば一月が終わりに差し掛かっていた。
この前から凛が何かを始めたようだったが、どうやっても教えてくれなかった。
聞くたびに「内緒です」と言われる。
満更でもなさそうな顔をしているので、悪いことではないとは思う。
ただ凛がそんな顔をするのが珍しくて、俺はついつい何度も聞いてしまった。
ヴィクトリアさんも講義に戻ってきた。
管理局での事情聴取では、俺と魔法決闘をしていたと証言したらしい。
宮司さんはそれを偽証だと訴えたそうで、最終的にヴィクトリアさんは厳重注意という処分になった。
「しばらくは大丈夫よ。あの子も馬鹿じゃないから」
宮司さんの言葉を聞いて、俺は少し安堵の息をついた。
何度も戦闘を仕掛けられてはたまったものじゃない。
ヴィクトリアさんが戻ってきた日、俺たちは講義中に一度だけ目が合った。
彼女は表情を変えなかった。
俺も変えなかった。
何も変わっていない事に少し安堵した。
☆
二月一日。
俺は天御柱にある理事会の部屋に来ていた。
円形のテーブルを五人の理事が囲んで着座している。
スサノオに入学した初日、挨拶をした如月哲山理事長の姿が正面にある。
他に知っている顔は皐月家のおっさんくらいだった。
相変わらず偉そうな態度をしていて腹が立つ。
何となく向陽サービスの課長を思い出して、更に腹が立ってきた。
他の理事達は初めて見る顔ばかり。
皆、俺よりも上の世代で、ここが政治の場であることが締まった空気から伝わってきた。
俺は証人台と呼ばれる場所に立っていた。
要は関係者として呼ばれた人間が座る席だ。
円形テーブルの外側、少し離れた場所に椅子が一つ置かれている。
「これより学術院理事会を開催します」
如月理事長の宣言が部屋に静かに響いた。
☆
「本日は三つの議題を審議します」
如月理事長は書類に目を落としながら、淀みなく読み上げていく。
「最初の議題は、証人台に控えている睦月楓君の旧月家入りになります。睦月楓君は先月の魔術祭において睦月家の秘術、月隠を披露しました。また遺伝子検査も実施済みです。最近はスサノオで教鞭を執っており、後進の育成にも前向きです。この件は霜月巌様から提出された議案になります。以上を踏まえ、審議をお願い致します」
俺は息を呑んで、テーブルを囲む五人を見渡した。
何か議論が起こると思っていたが、採決が即始まった。
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
四人が立て続けにそう言った。
如月理事長が頷く。
「わたしも異議はありません。全員一致で可決です。睦月楓君は本日より旧月家の一員として精進をお願いします」
俺はその言葉を聞いて身体が硬くなった。
全員一致の可決。
その言葉が想像していた以上に重かった。
☆
「続きまして、皐月洸介君の昇天が議題になります」
如月理事長は書類をめくりながら続けた。
「皐月洸介君は先月、堕天しました。劣悪な環境である四区で一ヶ月を過ごしました。これにより禊は済んだと判断します。この件は皐月雄介様から提出された議案になります。以上を踏まえ、審議をお願い致します」
俺は動けないまま、その結果を待った。
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
「わたしも異議はありません。全員一致で可決です。議会終了後、皐月様は洸介君に通達して昇天手続きを行なって下さい」
皐月のおっさんが大きな動作でガッツポーズをした。
その動きが少し大袈裟に見えたが、今は気にしている場合ではない。
(この後、ちょっと洸介君に電話してみるか。俺としてはまだ四区から出てもらいたくないんだよな……)
俺は再び視線を議場へと向けた。
☆
「本日最後の議案は、長月家の昇天及び旧月家入りになります」
議題を聞いて俺の胸は跳ね上がった。
(長月の昇天だって!? どういう事だ)
「十年前、長月家は霜月家との魔術決闘に敗れ堕天しました。十年間、四区にいたことで汚名を雪いだと判断します。この件は当事者である霜月巌様から提出された議案になります。以上を踏まえ、審議をお願い致します」
(お義祖父様がっ?!)
長月家の議案は巌が提出していた。
先日、霜月本邸で話した時に、お義兄さんは長月の昇天は無理だと言っていた。
理事会全員の承認が必要で、皐月家が反対するから通らないと。
それが今、俺の目の前で議案として上がっている。
審議は俺を置きざりにして進んでいった。
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
「わたしも異議はありません。全員一致で可決です。この議会終了後、睦月様は長月様に通達して昇天手続きを行なって下さい」
睦月様というのが俺のことだと気づかずスルーしそうになる。
「この後、伝えに行きます」
「宜しくお願い致します」
一拍置いて如月理事長は続けた。
「これにて学術院理事会を閉会します。各々、退出をお願い致します」
俺は立ち上がった。
礼をする前に足がもう動いていた。
☆
廊下に出るなり、走りながら宮司さんにコールした。
「宮司さん、四区に行きます!」
電話の向こうで「おおう」という声がした。
最近、宮司さんに無理ばかり言ってる気がする。
「天の壁で待ってます!」
一方的に電話を切って、すぐに秘匿回線を繋げた。
コールが一度だけ鳴る。
「お義祖父さん、ありがとうございました!」
『気にすんな。俺は忙しい、また結果を教えてくれ』
それだけ言って、一方的に切れた。
ああ、いつも通りのお義祖父さんだ、と思いながら俺はエレベーターのボタンを連打した。
☆
天の壁の前で十分ほど待っていると、遠くから宮司さんが走ってくるのが見えた。
「ど、どういう事かしら。あたしも色々とあるのだけど」
かなり急いでくれたようで肩で息をしている。
サングラスが少しだけ傾いていた。
「長月の旧月家入りが通りました!」
「はい? ワンモアプリーズ」
「長月が旧月家に復帰できます! お義祖父さんが議案を提出してくれてました」
「ああ、そういう事。他におかしい議案は無かった?」
「洸介君の昇天に関する議題が一つ前にありました」
宮司さんはしばらく黙った。
息を整えながら、頭の中で整理しているのだろう。
「……交換条件ね。まあ良かったじゃない」
「なるほど、そういう事だったんですね」
「皐月家の洸介を昇天させる代わりに、霜月家が長月の昇天を通させた。政治的解決というヤツね。お館様は現役政治家だから、そういうのは本当に上手いわ」
俺は少し考えた。
お祖父様が何も言わずにそれをやってくれた。
俺の審議が無事に通ったのも、何か手を入れてくれた可能性もある。
(一言も言わなかったけど動いてくれてた)
俺が霜月本邸で口にしたこと――俺に全力で投資して下さいと約束したことが履行されている。
それは計画の第一歩を踏み出せたという事だ。
「とりあえず、急ぎましょうか」
「宮司さん、お願いします」
俺達は天の壁に向かって走り出した。
長月本家のあの老婆が、この報告を聞いたらどんな顔をするだろうか。
そう思いながら四区の空気に踏み込んでいった。




