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第十八話 ヴィクトリア

「こんな時間にどうした? ヴィクトリアさん」


 六月は立ち止まった。

 ホームに降りた足がそのまま止まる。


 夜の駅の光の中で、プラチナブロンドが白く浮かんでいる。

 その瞳には強い意思を感じる静かな熱が帯びていた。


「先生に聞きたい事があって待っていたの」


「明日、スサノオで聞くよ」


「どうしても今日じゃないとダメなの」


「……じゃあ、手短かにお願い」


「先生、死んでもらって良いですか?」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、黒い弾丸が射出された。


 小型で超高速の漆黒の弾丸。

 講義で見ていたものと同じ形状だったが、あの時よりも速い。

 夜の暗さも相まって視認性が著しく低い。


 六月は身体を横にずらした。

 弾丸が頬をかすめるように通り過ぎ、背後の壁に小さな穿孔を残した。


「どうして、避けれるの!?」


 ヴィクトリアの声が裏返った。


「いや、逆にどうやったら当たるんだよ」


『クソッ!』


 短く英語で発音すると弾数が一気に増加した。

 一発が二発になり、二発が五発になり、五発が十数発になる。

 その全てが六月に向かって殺到してくる。


「弾幕激しすぎ。人がいる場所でこんな事したらダメだからね!」


「それでココを選んだ!」


「あ、そう。結構、考えてるんだ」


『うるさいっ!』


 ヴィクトリアが苦々しげに英語で叫ぶ。

 二人の会話は能天気に見えたが、六月の身体は一瞬も止まっていなかった。

 ホームの柱を盾にしながら、揺れるように左右へ重心を移し続ける。

 一定のリズムを持たない移動。

 FPSで培った知識から、身体の動きが引き出されていた。


(これ凛と色々な練習をしてなかったら終わってたな)


 弾丸は既に百発を超えていた。

 魔法の乱射と呼ぶべき消耗戦だったが、ヴィクトリアの勢いは落ちるどころか、むしろ苛烈になっていく。


(結構魔法を使ってるけど、まだまだ余裕そうだし)


 余程、高い持久力があるのだろう。

 継戦能力が高い。

 単純な消耗戦に持ち込んでも、六月の方に分があるようには見えなかった。


『俺、そろそろ帰りたいんだけど』


『うるさいっ!!! 英語しゃべれるの!?』


『元社畜なもんで。そろそろ反撃するよ?』


『社畜? それより、今まで手を抜いていたっていうの!? バカにしないで!』


『バカにした覚えはないんだけど。とりあえず反撃するね』


 六月が踏み込んだ。


 正面突破の特攻だった。

 柱の陰を捨てて、弾幕の中に直接突っ込んでいく。


『は!?』


 ヴィクトリアは反射的に弾数を増やした。

 だが弾丸が増えるほど軌道が単調になる。

 密度が上がれば、かえって回避のパターンが見えやすくなる。


 六月の動きが変わった。

 細かく左右に揺れる、不規則な軸移動。

 予測に対して逆に動き、予測を外した先でまた動く。

 ゲームで何千時間も磨いた感覚が、そのまま身体に乗り移っていた。


 ヴィクトリアの首筋に冷たい汗が流れる。


(どうして当たらない? 訓練で外したことがないのに)


 弾丸が空を切る音だけが続く。


『やっぱりニュービーだね……動きが素直すぎる』


 弾丸に構わず前進を続ける六月。


『クソッ! どうなってる!?』


『楽しかったよ、ヴィクトリアさん』


 六月が右ふとももに触れた。

 刹那、ヴィクトリアの右足が崩れる。

 何故か右足が言う事を聞かない。


『何が――』


 体勢が崩れた瞬間に、今度は左足の感覚が無くなった。

 こちらも六月が触れていた。

 支えを失ったヴィクトリアの身体が、為す術もなく地面に倒れた。


(無属性魔法……使い方に際限がない。これは色々とできそうだ)


 六月は右手を握りしめた。


 弾丸の雨が止んだ。

 駅のホームに静寂が戻ってくる。


 六月がゆっくりとした動作でヴィクトリアに近づいた。


『わたしをどうするつもり?』


 ヴィクトリアは仰向けのまま、視線だけで六月を追った。

 その声は平静を保っていたが、目の奥に慣れない状況に直面した焦りが見え隠れしている。


『いや、どうもしないよ』


『そんな事あるはずがない。あんな事やこんな事……。お願い殺して!』


「いや、だから何もしないって。それ、どこのエロゲだよ」


 六月は苦笑した。


「でも眠っててもらうよ」


 指先に漆黒の光が集まった。

 静電気のような微細な稲妻が、指先から小さく揺れている。

 そのままヴィクトリアの額に触れた。

 瞬間、彼女の全身から力が抜けた。


『あ……』


 何が起きたのかを理解する間もなく、その意識が暗転した。


   ☆


「さてと、困った時の……」


 六月はタブレットを取り出しながら呟いた。

 秘匿回線を呼び出す。

 コール音が二回鳴った。


「はあ~い、あなたの宮司さんよお!」


「宮司さん! やっちゃったから、お願いしていいですか?」


「……あんた、ず太くなってない? 指示が雑すぎるわ」


「ヴィクトリアさんに襲われて、返り討ちにしたから後処理を任せても良いです?」


「何言ってるの!? あんたは大丈夫なの?」


「相手が初心者で助かりました。素質は高いと思います」


「初心者……って。それで何処に向かえばいいかしら」


「マンションの駅までお願いします」


「何やってんのよ! すぐ行くわ!」


 通話が切れた。


 六月は近くの壁に背を預けながら、ホームに横たわるヴィクトリアを眺めた。


(どうして俺が襲われたんだ?)


 頭の中で状況を整理していく。


(ヴィクトリアさんは新学期から留学してきた。面識はほとんどない。それなのに今夜、俺の行動を把握して、マンションの駅まで来て待ち構えていた。という事は最初から俺の情報を持っていたという事だよな。誰かから聞いたのか。それとも、もっと前から俺を知っていたのか)


 自問しても答えは出なかった。

 考える事が多くて全てを放棄したくなってくる。


 冬の夜気がホームに満ちていた。


 ヴィクトリアは気を失ったまま、一ミリも動かない。

 プラチナブロンドの髪が床に広がり、その表情は眠っているようにも見えた。

 戦闘中の鋭さは消えて、今はただの美しい女性だ。


(この冬空でこのままだと風邪引くよな)


 六月は少し考えてから、自分の上着を脱いだ。


(なんで襲われた俺が面倒見ないといけないんだよ……)


 ため息をつきながら、上着をヴィクトリアの身体に掛けた。

 文句をこぼしながらも手が動いてしまう。

 自分の性分に呆れながら、六月は再び壁に背を預けた。


   ☆


 数分後、足音が近づいてきた。


「六月くん、お待たせ。その子が件のヴィクトリアさんね」


 隼斗だった。

 黒スーツにサングラスという普段着で歩いてくる。


「お手間かけます。その通りです」


「あんたが先に手出しされたのは分かってるけど、なんで上着掛けてんのよ」


「……寒そうだったので」


「本当にバカね」


 隼斗は呆れたように息を吐いてから、ヴィクトリアの傍らに膝をついた。

 懐から管理局謹製の拘束具を取り出して、手際よく装着していく。

 その動作に淀みはない。


「状態は?」


「気絶だけです。怪我はないと思います」


「そう。後は任せて戻っていいわよ。早く凛ちゃんに無事な姿を見せてあげなさい」


「助かりました。宜しくお願いします! 説明は後でしますね」


 隼斗は笑顔で手を振った。


 六月は一礼してから、改札へと向かった。

 タブレットを操作しながら、凛に短いメッセージを送る。


『今から帰る。遅くなってごめん』


 既読がついた。


 返信が来る前に、六月はマンションのエントランスに到着した。

 冬の夜気がまた頬をかすめた。

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