第十一話 二人の日常 前編
スサノオにも図書室という施設がある。
但し、名称と実態が違っていた。
図書館と言っても蔵書は全くなく、机の上に整然と置かれたタブレットが並んでいる。
ここでしか閲覧出来ない情報があるので、存在意義を保っているといえた。
その部屋で難しい顔で画面をタップしている人影がある。
凛を待っている六月だった。
冬の午後の光が窓から差し込み、端末の画面が白く浮かび上がっている。
六月は検索を続けながら画面をスクロールしていた。
『睦月家事件』
三十年前に起きたこの事件は、旧月家の歴史を語る上では避けて通れないはずの出来事だ。
だが検索して出てくる情報は、タブレットの記録とほとんど変わらない。
『火災の跡から家族全員の遺体が発見された』
『事件は明るみに出ないまま幕を閉じた』
それ以上の詳しい情報は、どこを探しても出てこない。
(……やっぱり、情報が少ない。少なすぎる)
睦月という家が三十年間の記録の中から消え去っている。
意図的に情報が隠されているのか、それとも元々記録が少ない家だったのか。
(俺の家族かも知れない睦月家……どんな家だったんだろうか)
六月が思考に耽っていると扉が静かに開いた。
「お待たせしました。何を調べているのですか?」
凛だった。
ノートと端末を手に持ち六月の向かいの席へ腰を下ろす。
午後の講義を終えてからも、しばらく書類仕事をしていたらしい。
その顔には疲れの色を僅かに帯びていたが、声はいつも通り穏やかだった。
「お疲れ様。俺は睦月家の人間ということだから、睦月事件を調べていたんだ」
「…………何か分かりました?」
ほんの少し間があった。
「ほとんどタブレットと一緒かな。踏み込んだ記録がどこにも残ってない」
六月はそう言いながら端末の電源を落とした。
画面が暗くなると窓から差し込む夕日が、二人の間にある机を照らす。
「それでしたら禁書庫の方に何かあるかも知れませんね」
「禁書庫? 初耳なんだけど」
「私も詳しくは知りませんが……」
凛は少し間を置いてから続けた。
「学術院が設立される以前の資料や、旧月家に関わる古い記録などが保管されているようです。一般の端末や図書室には置けない内容が含まれている、と聞いたことがあります」
「それは気になる。どうすれば入れるんだろう」
「お兄様なら、ご存じかも知れません。一度、聞いてみますね」
凛はそう言って、タブレットを素早く操作した。
用件を短くまとめたメッセージを送信すると端末を閉じる。
「ありがとう、凛」
「いえ」
六月は立ち上がりながらタブレットをカバンに仕舞う。
椅子を戻して凛の隣に並んだ。
「帰ろうか」
「はい」
六月は自然な動作で凛の手を取った。
凛は手の中の温もりを受け入れながら歩き出す。
図書室の扉を出ると、廊下の壁に背を預けて待っていた人物がいた。
「宮司さん、お待たせしました。いつもすみません」
六月がそう声をかけると、隼斗はスキンヘッドを光らせながら、いつもの屈託のない笑みを向けた。
「あたしは貴方達の護衛なんだから、気にしなくていいのよ」
隼斗はそれだけ言うと、さっさと廊下の先へと歩き出す。
六月と凛は手を繋いだまま、その後をついていった。
☆
二区のマンションに着くと、六月が扉の前に手をかざした。
セキュリティの解除音が鳴り、扉が静かに開く。
隼斗は慣れた足取りで先に入ると、一室ずつ確認して回った。
寝室、浴室、台所、バルコニー。
それぞれの窓の施錠、物陰、換気口に至るまで。
「問題なさそうね。あたしは給仕さんに声をかけたら、そのまま帰るわね」
「はい。今日もありがとうございました」
「いいのよお。二人ともゆっくりしてちょうだい」
隼斗はイイ笑顔を返すと玄関に足を向ける。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
隼人と入れ替わるように給仕達が上品に入ってきた。
しばらくすると、台所から夕食の準備が始まる音が届きだす。
包丁の音、鍋が火にかかる音、微かに漂い始める食欲をそそる匂い。
二人はリビングのソファに並んで腰を下ろし、それぞれが残りの作業や読書をしながら、その音を聞いていた。
☆
夕食が終わると給仕は後片付けを済ませてから帰っていく。
「ありがとうございました」
凛が丁寧に礼を言うと、給仕は揃って一礼してから扉の外へと消えた。
静かになった部屋には二人だけが残る。
食後の余韻の中で、しばらく他愛のない話をした。
今日の講義で気になった事。
図書室で見かけた面白い資料。
隼斗が夕方に見せた表情のおかしさ。
どれも他愛のない話ではあったが、それがかえって心地よかった。
談笑がひとしきり収まった頃、六月が口を開いた。
「それじゃあ、いつものヤツをしようか」
「はい」
凛は静かに立ち上がった。
六月も続いて腰を上げる。
二人は連れ立って部屋を出ると、廊下の先へ向かって歩き出した。
月の光が窓の外に広がっている。
その夜は、穏やかに深まっていった。




