第十話 六月先生のゲーム的指導法 後編
第一実技訓練場は静寂に包まれていた。
多くの生徒が一堂に集まりながら誰も声を発しない。
それは何か重要なことを理解しようという緊張感の現れだった。
これまで生徒達は一つの前提の上で学んできた。
魔法はイメージによって発現し魔力を注ぎ込むほど効果が高くなる。
だが魔法を増幅させると扱いが難しくなり暴走のリスクが生まれる。
だから魔術師は自身の力量を把握して、制御できる魔法の練習を積み重ねることで、ようやく下級魔術師と呼ばれる。
魔術師の定説がこの講義で覆されたのだ。
魔力を注ぎ込みながら魔法を圧縮する。
増幅ではなく収縮。
その逆転の発想によって魔法の制御がやりやすくなる。
更に密度が上がることで同じ魔力量でも破壊力が跳ね上がる。
そして魔力制御力は先天性の資質によって決まると生徒達は教わってきた。
後天的な練習で向上させることは難しく、魔術師にとって高い敷居になっていた。
だが圧縮という方法論が確立されれば、その敷居は大幅に下がる。
魔力制御が低くても小さくした魔法であれば扱いが楽になる。
それは才能ではなく技術の話になっていく。
これまで才能だと思われていたものは、技術や練習によって補えるのかもしれない。
それの意味する事を生徒達は必死に噛み砕こうとしていた。
☆
六月は静まり返ったいる訓練場を見渡しながら口を開いた。
「霜月さんが使った圧縮という方法ですが、見ているほど簡単ではありません」
正直に告げる声。
周囲からは明らかに失望した雰囲気が漂う。
「魔力を注ぎ込む想像をすると、魔法が増幅される方向に引っ張られてしまいます。圧縮のイメージを保ちながら魔力を込め続けるというのはベクトルが真逆なのです。これを克服しようと思うと並大抵の努力や練習ではできません」
場の空気がざわめき始めた。
「最初は霜月さんもできませんでした」
場内に沈黙が降りる。
「毎朝のトレーニングで続けてきた練習の積み重ねが、先ほど見ていただいた内容です。そして、ここまで精度を上げることができれば――」
六月はそこで言葉を切った。
右手を持ち上げ、指先から漆黒の靄を一筋だけ伸ばす。
一匹のコウモリが、静かに空へ舞い上がった。
☆
列の端に立っていた凛がゆっくりと掌を持ち上げた。
指先に水が集まり始める。
生徒は息を呑んでその動きを見守った。
コウモリが空中で動き始める。
不規則な旋回、急な方向転換、そして突然の停止。
一匹だけになって動きに磨きがかかったようにも感じられた。
凛は真っ直ぐにコウモリを見ていた。
水球を保持したまま動きを観察し続けている。
放つタイミングを測っているのか、それとも別の何かを計算しているのか、その表情からは何も読み取れない。
ふと、凛の視線がコウモリのわずか前方へとずれた。
刹那――水球が放たれた。
その動作が生徒達には奇妙に映った。
水球が向かった先にコウモリはいない。
コウモリは水球が放たれた方向とは少し違う場所にいる。
次の瞬間、水球は細く鋭い針へと形を変えた。
水針は雷霆の様な速度で黒いコウモリを貫いた。
漆黒の靄が空気に溶けていく。
場内に再び沈黙が訪れた。
☆
「霜月さん、ありがとうございます」
六月が静かにそう言った。
「今のは偏差射撃と呼ばれる方法です。相手が移動している場合、現在地ではなく、移動先へ向かって攻撃する。これは方法論そのものは単純ですが、実際に使うには相手の動きを読む必要があります」
六月は生徒達を見渡した。
「そして魔法を針状にして小さくすることで、制御が楽になり速度も出やすくなります。特に今回のターゲットはコウモリという小さな対象でした。つまり大きな魔力を込めなくても、精度さえ上がれば落とすのは難しくない。ですが単純に小さくすればいいという話ではありません。小さくするほど制御の精度が必要になります」
全員が息を飲んで頷いていた。
さっきまでいくら魔法を放っても当たらなかったコウモリが、なぜ凛の一撃で落ちたのか。
その理由が明確になった瞬間だった。
「形を意識することで速度と制御性が変わる。大きさを意識することで密度と威力が変わる。そして目標を意識することで命中率が変わる」
六月は一息ついた。
「魔法を強くする方法は魔力量だけじゃないということです」
その言葉が生徒達を包んでいった。
☆
「前半でほとんどの方の魔力を使わせてしまいましたので、本日の講義はこれで終了しようと思います」
六月はそう言って生徒を見渡した。
「もし面白いと感じてもらえたなら明日も来てください。お疲れ様でした」
六月は一礼した。
静かで短い一礼だったが、その場の誰もが見つめていた。
凛も続いて一礼すると、六月の後に続いて訓練場を出ていった。
そして扉が閉まる。
残された生徒はしばらくの間、その場に呆然と立ち尽くしていた。
身体が疲弊しきったというのもあるが、講義内容が頭の中で整理しきれていないなかった。
穴の空いたバケツから、水がゆっくりと床に広がり続けている。
遊は床に膝をついたまま、その水の広がりをぼんやりと見つめていた。
(圧縮ねえ……)
小さく、速く、正確に。
これまで学んできた内容とは逆の発想を、一コマで体感させられた。
頭で理解するより体が先に限界を迎えていたのが悔しかった。
「ねえ、遊」
詩織が隣に座り込みながら声をかけた。
「どうした、詩織」
「あんた、どう思った?」
遊は少し考えてから正直に答えた。
「すごく面白かったかなー」
詩織は扉の方をじっと見つめていた。
「明日も来るの?」
遊がそう聞くと詩織は即答した。
「当然」
その声には迷いのない意志があった。




