第九話 六月先生のゲーム的指導法 中編
休憩時間の三十分は、またたく間に過ぎた。
休憩が終わる頃にになっても、ほとんどの生徒は回復しきれていなかった。
壁にもたれていた生徒が重い腰を上げてなんとか立ち上がる。
床に寝転がっていた生徒が無理に上体を起こす。
そんな光景が訓練場のあちこちで見受けられた。
遊は目を覚ますと軽く伸びをして立ち上がった。
隣では詩織が壁に寄りかかったまま外を眺めていた。
遊が動きに気がついて視線を向ける。
六月は訓練場に戻ってきて訓練場の中央に立った。
その横で凛が一歩引いた場所に立っている。
「講義の後半はさっきの検証をやっていきます」
六月は生徒達を見渡した。
「さっきのコウモリを攻撃している時、皆さんは何を考えていましたか?」
沈黙が周囲を支配する。
しばらくして六月は最初に魔力枯渇を起こした生徒を指差した。
「俺は……コウモリが小さかったので、火を大きくしようとしました」
六月はウンウンと頷きながら、次の生徒を指した。
「私はコウモリが素早かったので、水球をできるだけ早く飛ばしました」
「そうですよね。相手よりも早く動こうと思いますよね」
肯定しながら、さらに次を指名する。
「私はコウモリの動きを鈍らせようと、広範囲に逆風を展開しました」
「速度デバフですね。つまり相手の速度を落とす魔法ということです」
六月は少し間を置いた。
「良いアイデアだと思います。発想自体もとても面白いです。ただ小さい標的に対して魔法を大きく展開するのは、あまりオススメできません」
「どうしてですか?」
複数の生徒が同時に声を上げた。
六月はそれに答える前に少し考えてから問い返した。
「頭の中で大きな形を想像してみてください。丸でも四角でも形は何でも構いません。それを思い描いて一気に飛ばした時、どういう動きになりますか?」
何人かが脳裏でイメージを描こうとしているのが分かった。
膨らんだ大きな形の魔法が放出される瞬間。
その重さ、その体積、それにのしかかる魔力の量。
誰かが小さく息を呑んだ。
速度が出ない、遠くに届かない。
大きく展開するほど、魔力の消費が増えて機動性は下がる。
「魔術祭を思い出してください」
六月は続けた。
「Aクラスの上級魔術師達は、大魔法ではなく小魔法を使っていました。消費魔力が少なく、連射が可能で、隙もできない。あの速さと連続性は大魔法では実現できません」
場内がざわついた。
「あと威力について考えるなら、魔法を大きく展開するのではなく、むしろ小さく圧縮してみてください」
ほとんどの生徒が首を傾げた。
小さい方が威力が高い。
それは一般的な常識とは正反対の話だった。
大きければ大きいほど高威力というのが、多くの生徒が持っているイメージだった。
「霜月さん、手本をお願いします」
六月は隣に立つ凛を指名した。
凛は頷くと右の掌をゆっくりと胸元まで持ち上げた。
指先に水が集まり始める。
空気中の水分が引き寄せられるように、白く薄い靄が絡み合いながら球の輪郭を形成していく。
最初は野球のボールほどの大きさだった。
その球が魔力を込めるにつれて小さくなっていく。
徐々にテニスボールほどになり、ゴルフボールほどになり、やがてビー玉より小さく圧縮されていく。
小さくなるにつれて球の表面が荒々しさを増していった。
凝縮された水が凛の掌の上で妖しく揺らいでいる。
生徒たちの表情が驚きに染まっていった。
「用意してもらっていいですか」
六月がそう言うと、控えていた助手がスチール製のバケツを訓練場の端に置いた。
凛はそのバケツに向かって静かに小さな水球を放った。
次の瞬間――
ガンッ!!
鋭い破砕音が訓練場に響き渡った。
スチール製のバケツに、小さな水球がきれいな穴を穿っていた。
水が開いた穴から勢いよく溢れ出して、床を濡らしていく。
全員の目が釘付けになった。
誰も声を出せなかった。
沈黙の後、誰かが「え……?」と漏らした声が場内に小さく広がった。
凛はお辞儀をすると六月の隣に戻る。
「この様に、小さい物の方が速い動作をイメージしやすく、同じ魔力量でも圧縮した方が密度が上がります」
「ただし、勘違いしないでください」
六月は生徒たちを見渡した。
「小さくすれば必ず強くなる、という話ではありません」
「大事なのは魔力をどう使うかです」
六月は穴の空いたバケツをちらりと見てから、生徒たちに向き直った。
「例えばさっきの講義で見かけた弾丸というのは、面白いアイデアだと思いました」
六月はヴィクトリアの方に視線を向けた。
☆
(……あり得ない)
三匹のコウモリを制御しながら、生徒が個々に放つ魔法の動きを把握していた。
その中からヴィクトリアが使った無属性魔法を拾い上げた。
(何か種明かしがあるはずだわ。情報収集の補助をしている何かが……。もしかしてコウモリがその役割を……?)
ヴィクトリアは、視線を六月に向けたまま思考を整理していた。
しかし、いつもなら何かしらの答えに辿り着くはずなのに、今日に限って全く分からないままだった。
ため息をついて視線を凛へと移す。
(霜月の氷姫も侮れないわ)
水球を圧縮すること自体は、単純な制御技術の延長に見える。
だが、問題はそこではない。
小さくすることで魔力を圧縮し、威力を高めるという逆転の発想。
それを実戦で成立させていることが問題なのだ。
アイデアを持っているだけの人間は多い。
しかし、精密な制御でアイデアを実現できる人間は、一体どれくらいいるのだろう。
(ターゲットの周りにいる人間のレベルが想定より高い)
ヴィクトリアは脳内の情報を修正した。
六月は落ち着いた口調で話を続けていた。
「次は魔法操作の話をしていきます」
生徒達の周りが締まった空気に包まれる。
訓練場の隅で穴の空いたバケツから流れ出す水だけが、静かに床を濡らし続けていた。




