第八話 六月先生のゲーム的指導法 前編
第一実技訓練場には、定員である二十名の生徒が集まっていた。
Cクラスの見知った顔もあれば、他のクラスらしい初めて見る顔もいる。
全員の顔には、これから何が始まるのだろうという期待が浮かんでいた。
開始のチャイムが鳴る。
六月は一歩前に出ると訓練場全体を見渡した。
「この度、上級実践魔法の講師をすることになりました。月隠の魔術師こと六月楓といいます」
静かな声だったが広い訓練場の隅まで届いた。
「月隠の魔術師ってなに?」
「知らないのか? この前の霜月魔術祭で話題になった人だよ」
「え、あのコウモリの?」
「そうそう」
生徒達が互いに囁きあう。
睦月の話題が出てこないのは、何処かが上手く情報を操作をしているのだろう。
「昨日までCクラスの生徒として在籍していました。初めましての方も多いと思いますが、よろしくお願いします」
六月は気にする素振りも見せなかった。
所々から「お願いします」という返事が返ってくる。
Cクラスの生徒達は安堵したような表情を浮かべていた。
それに対して他のクラスの生徒は、どこか疑うような目つきをしている。
昨日まで同じ生徒だった人間が教壇に立っているというのは、やはり奇妙に感じるのだろう。
「それでは早速始めましょうか」
六月はそう言うと右の掌を天井へ向けた。
指先から漆黒の靄が三筋伸びる。
瞬く間に輪郭を持ち、羽ばたきの音を纏いながら空中へ躍り出た。
三匹のコウモリが訓練場の空を自在に舞い始める。
☆
Cクラスの生徒は慣れた光景を見た瞬間、体が動いていた。
「コウモリ、きた!」
誰かがそう叫んで炎の弾を生み出している。
別の生徒が水球を展開していた。
この一ヶ月で何度も遊んだゲームが始まって、獲物を落とそうと身体が勝手に動いていた。
一方、他のクラスから来た生徒達は初めて見る光景にポカンとしていた。
「え、あれ追いかけるの?」
「どうすればいいんだ」
困惑の声が上がり始めた。
しかし、Cクラスの生徒が魔法を放ち始めるのを見て、何をすべきか理解し始める。
次々と魔法を構築していく生徒達。
訓練場は魔法の光と音で満たされていった。
無数の魔法にさらされても、コウモリは涼しい顔で飛んでいた。
急旋回、急停止、フェイント、そして急上昇に急降下。
三匹が互いの動きを補うようにして、放たれる魔法の雨の中をかわし続ける。
直撃するかと思いきや寸前で向きを変え、追いかければ反転し、囲い込めば上へ抜ける。
しばらくして、顔色が悪くなり立てなくなる生徒が現れだした。
膝から崩れ落ちて地面に手をついている。
魔法を高出力で使い続けた事で魔力枯渇を起こしたのだった。
「体調が悪くなった方は無理をせずに休んで下さい。魔力が回復してから参加をお願いします」
六月が告げると数名が座り込んだ。
それを見ていた他の生徒も出力を落とすようになる。
十分が過ぎる頃、立っている生徒の数が半分を切っていた。
☆
(おっさん、一段上がってね?)
遊は額に汗を浮かべながら内心で毒づいていた。
昨年のCクラスでの実習の時とは明らかに違っていた。
あの時のコウモリも手強かったが、今日は更に動きに磨きがかかっている。
先読みしても魔法が到達する寸前に加速するので間に合わない。
急に静止したと思えば規則性がない動きで翻弄される。
魔法が掠る気配すら感じられなかった。
横では詩織も息を整えながら炎の弾を放ち続けていた。
その顔には疲れが見え始めている。
それでも諦めた様子はなく、どうにかしてコウモリに当てようと努力していた。
生徒の端に視線を移すと凛がいた。
涼しい顔で水球を展開しているが、明らかに他の人に比べておかしい。
(……あれって魔法で遊んでいるだけじゃ?)
一つの水球を縦横無尽に動かしてコウモリへ放っていた。
その精度は普通の生徒とは比べものにならない。
何故かコウモリに当てる気がないようにも見える。
(なんで当てようとしていない? もしかして……)
遊は凛の動きを見ながら、ある考えが浮上してきた。
それは、いつでも落とせるという結論。
(いやいや、それは無い……のか?)
さっきの魔法制御を考えると完全に否定できない。
その時、遊の後ろから何かが高速でコウモリに向かっていく。
振り返った先で、ヴィクトリアが黒い弾丸を高速で放っていた。
一発一発が小さく、速い。
疲れた様子は見当たらない。
淡々と弾丸を放ち続けていた。
それでもコウモリは華麗な動きで躱していく。
(一体、何が違うっていうんだよ!)
遊は歯を食いしばりながら構築した水球に意識を集中させた。
これまでで最も大きく曲げる。
コウモリの軌道を読み、先回りする。
水球が大きく弧を描いて、コウモリの進行方向へと回り込む。
その瞬間、ヴィクトリアの放った弾丸が同じ場所へと迫っていた。
二つの魔法が、コウモリの直ぐ側で衝突した。
弾けた水と黒い光が混ざり合い、小さな衝撃が広がる。
コウモリはその隙に上昇し、難なく逃げ去った。
遊は床に膝をついた。
荒い呼吸をしながら天井を見上げる。
(惜しかった……)
六月に目を向けると指を鳴らす仕草をしている。
(惜しいってか! それって、おっさんに誘導されてたってことじゃん……)
だが、それ以上は身体が動かなかった。
☆
終了のチャイムが鳴った時、訓練場には立っていられる生徒はほとんどいなかった。
あちこちに座り込む生徒、壁にもたれかかる生徒、床の上に大の字になっている生徒。
誰一人として不満そうな顔はしていない。
疲れ果ててはいるが、手応えを感じているような表情だった。
「お疲れ様でした」
六月が静かにそう声をかけた。
「それでは三十分の休憩を入れて、次の講義を始めます。各自、水分補給と魔力の回復を優先して下さい」
その言葉を合図に生徒達は水筒を取り出したり、床に倒れ込んだりし始めた。
遊も壁際まで移動して、ずるずると背中を預ける。
詩織は膝に手をついて立ち上がろうとしていた。
「詩織、休んだ方がいいって。後が大変だからさ」
「うるさ……い」
気力だけで立ったその顔には、いつもの強がりとは違う色を帯びていた。
☆
六月はコウモリを解除すると訓練場の端にいた凛に近づいた。
「凛、大丈夫?」
「はい。普段の楓さんとの訓練に比べるまでもありません」
凛は涼しい顔で頷いた。
「確かに。毎晩、こんなもんじゃないよね」
六月は楽しそうに笑う。
「ええ、ですが楓さんとの訓練が……、その……凄く楽しくて……」
凛は恥ずかしげに俯いた。
「じゃあ今晩もよろしくね」
「はい! それとは別に今日のゲームは少し趣向を変えていましたよね?」
「そうかな」
「終盤に気が付きました。コウモリの軌道に一定のルールが存在していましたよね」
「よく見てたな」
「ずっと見てますから」
凛はそう言ってわずかに目を細めた。
右の整った眉が少しだけ上がった。
「次の講義は座学にしようと思ってるんだけど」
六月はタブレットの画面を凛に見せる。
「これは面白そうですね。楽しみにしています」
「それを聞いて安心した。凛、少し休憩に行こうか」
「はい」
二人は並んで訓練場の扉へと歩いていった。
残った生徒たちが二人の背中を見ながら、ため息をついていた。
「……何あれ、仲良すぎだろ。ていうか霜月先生が可愛いんだが」
「見た目的には絵になるな……六月さん、許すまじ」
「どうして俺達はこんなに疲れてんのに、二人だけあんなに普通なんだ……」
☆
遊は床に寝転がったまま、ゆっくりと腕で目を覆った。
(次の講義まで三十分ある。ちょっとだけ寝よっと)
その隣で詩織は、立ったまま扉の方を眺めていた。
六月と凛の背中が扉の向こうに消えていく。
ツインテールが、いつもより少しだけ静かに揺れていた。




