第七話 講師、六月楓の憂鬱
午後の廊下は講義へ向かう生徒たちで賑わっていた。
それぞれが選んだ教室へと向かって行く。
その中で詩織も第一実技訓練場へと歩いていた。
ツインテールをリズミカルに揺らしながら。
「何だかご機嫌だよなー」
隣から遊の声がかかった。
「うっさいわね。何で遊も一緒の講義なのよ」
「僕の勝手だろ」
「そうだけどさ」
詩織はぼそりと言い返しながらも足取りを緩めない。
前方の廊下を歩く集団が目についた。
「ところで遊」
「なに?」
「――あれ、どう思う?」
詩織が目で示した先には、プラチナブロンドのショートボブが揺れていた。
すらりとした長身でモデルのようなプロポーション。
自然と目を引く見た目をしている。
「ああー、ヴィクトリアさん。美人だよね」
遊は小さく口笛を吹いてみせた。
「そうじゃなくって。何か雰囲気が変じゃない?」
「そういう詩織も最近、変だよ〜」
「うっさい!」
二人はじゃれながら廊下を進んでいった。
☆
(……面倒くさいわ)
ヴィクトリアは内心、ゲンナリしていた。
「ヴィクトリアさんは何処から来たんですか?」
「おいくつなんですか?」
「彼氏はいるんですか?」
教室を出た直後から五人の男子に取り囲まれていた。
廊下を歩き始めてからずっと同じような質問を繰り返されている。
「アメリカです」
「十八です」
「いません」
それでも律儀に返していた。
一応は留学生という建前でスサノオに来ている。
普段の仕事を考えれば同級生の対応など子供の遊びに等しい。
「アメリカですか! かっけえ」
「俺、同じ年です! 運命感じるわ〜」
「俺、彼女募集中でっす!」
(……面倒くさいわ)
ヴィクトリアは心の内でため息をついた。
感情を表に出すことは仕事の邪魔になる。
だから今も表情は穏やかなままだ。
タブレットの地図では第一実技訓練場は近いはずだ。
ヴィクトリアはさりげなく周囲を確認していた。
建物の配置や通路の広さ、そして窓の場所。
これらの情報は万が一の時に役に立つ。
ヴィクトリアの周囲では相変わらず男性陣が騒がしいままだ。
(……それにしても、面倒くさいわ)
ヴィクトリアは笑顔を振りまきながら人知れず毒を吐いた。
☆
第一実技訓練場で待機していた六月は、タブレットの画面を眺めながら額に手を当てていた。
(おいおい……一体どうなってるんだ?)
受講者が想定よりも多い。
多いどころの話では無くなっていた。
タブレットの画面には生徒名が所狭しと表示されている。
それは定員まで埋まったという事だった。
六月の頬から一筋の汗がポタリとテーブルに落ちた。
実践上級魔法という講義は発展的なカリキュラムだ。
ある程度の実力がある生徒が対象なので、受講者は集まらないと考えていた。
どうしてこういう事態になっているのか。
六月が頭を抱えていると訓練場の扉が静かに開いた。
「失礼します」
最初の受講者が入ってきた。
六月はその姿を見て思わず三度見してしまった。
「凛!? なんで!?」
凛は不思議そうにコテリと首を傾げた。
「講義を受講しに来ただけです」
「凛の講義はどうなってるの?!」
「校長と話し合って楓さんの講義と時間が被らないように調整してもらいました」
「そんな事できるの?!」
「まあ、少しお顔が引きつっていたような気もしますが……」
六月は少しの間、黙り込んだ。
(……なるほど)
旧月家のパワーバランスというのは、こういう場面でも働くのだろう。
文月家の立場からすれば、霜月凛からのお願いは絶対に断れない命令みたいなものに違いない。
「楓さんの講義、楽しみです」
凛は無邪気に微笑んだ。
「俺はめちゃくちゃ緊張するんだけど」
「普段通りで大丈夫ですよ。旦那さま」
入り口から疎らに生徒が入ってきた。
凛は柔らかい笑顔で手を振りながら離れていく。
六月は手を振り返すと再び受講者リストに目を落とした。
☆
それから訓練場に人が集まり出した。
「霜月さんとヴィクトリアさんが並ぶとヤバいな」
「生きてて良かった。我が生涯に悔いなし」
「ヴィクトリアさんと霜月さんか……選べない」
(……コイツら何を言ってるんだ)
六月は静かに目を閉じた。
これまで誰かに何かを教えるという経験は、ほとんど記憶にはなかった。
向陽サービスで新人の指導担当になったことがあったが、その時も背中を見せるというよりは並走するだけの指導だった。
(人に教えることなんて俺にできるのだろうか。魔法を使えるようになったのもほんの少し前のことだ)
そんな六月が上級魔法を教える。
どう考えても無茶な話だった。
今、目の前には六月の講義を期待する受講者たちが並んでいる。
そう思って視線を戻すと凛がまっすぐにこちらを向いている。
生徒達を見渡すと見知った顔があった。
(凛が見てる。ちゃんとしないといけない。それから詩織と遊もいる)
六月はゆっくりと息を吐いた。
「それじゃあ始めようか」
何とも言えない環境の中で、六月の初講義が幕を開けようとしていた。




