第六話 長月詩織の選択講義のすゝめ
六月の教員報告とヴィクトリアの紹介が終わった後、臨時講師から今学期からの変更点が告げられた。
「皆さん、二学期からはカリキュラムに変更があります」
ざわついていた教室が少しだけ静まる。
「これまでは時間割が固定されていました。ですが今学期からは一日四コマの授業を各自で選択して頂きます」
臨時講師がタブレットを操作すると、全員の画面に講義の一覧を映し出された。
魔法基礎、実践魔法、魔法理論、応用魔法と並んでいる。
全ての項目に初級、中級、上級が設定されていた。
「得意な講義を取って長所を伸ばすのも良いですし、苦手な部分を補うのも良いと思います。これはあくまで皆さん自身が考えて組み立てるカリキュラムです」
臨時講師は少し声のトーンを和らげて続けた。
「なお学期の途中でも変更は可能ですので、気になる講義を試してみるという選び方もあります。最初から完璧に組む必要はありません」
「あと、もう一点」
臨時講師は一覧の下の方を指した。
「受講前に各講義の教室へ移動する必要がありますので、教室の位置も選択の参考にしてみてください。遠い教室だと移動だけで時間を取られることもありますので」
「それではタブレットを開いて選択を始めてください。まずは見学という方法もあります。一週間以内に決めれば大丈夫なので、急ぐ必要は全くありません」
そう言い残すと臨時講師は静かに教室を後にした。
☆
扉が閉まった瞬間、教室の空気が一変した。
「えっ、全部自分で決めるの?」
「どれ選べばいいか全然分かんない」
「実践上級魔法って六月さんだよな。またとんでもない事をしそうだよな」
あちこちから戸惑いと興味が入り混じった声が上がる。
隣の席の生徒同士で相談を始める者、一人でうんうん唸りながらタブレットを眺める者、友人を捕まえて情報交換を始める者。
教室の空気は一気に騒々しくなっていた。
詩織と遊もタブレットを見つめていた。
遊は講義の一覧を読みながら隣の詩織の様子をちらりと窺う。
(……あれ? 詩織は何やってるんだ)
詩織の指の動きが速すぎる。
タブレットの画面を次々とタップしていた。
明らかに読んでいるように見えない。
遊がまだ三行目を読んでいる間に詩織は選び終えようとしていた。
「詩織、ちょっと早くね?」
「そんなことないと思うけど」
「いやいや、周りを見てみなよ」
遊が目配せをすると詩織もしぶしぶ顔を上げた。
「……どれが役に立つんだろ」
「これ全部取れるのかな」
「先生誰が担当してるの」
周囲からは悩む声ばかりが聞こえてくる。
「……まあ、他の人はそうかもしれないけど」
「そうかもじゃないって。詩織、もう全部選び終えたの?」
「あたし、もう決まってるから」
詩織はそう言ってタブレットの画面を消した。
その動作が何かを隠しているように見えた。
「何だよそれ。ちょっと僕に見せてよ」
「ダメ。絶対に見せないから」
「なんで。別にいいじゃん」
「ダメなものはダメ!」
二人は声を潜めながらもいつも通りじゃれ合い始めた。
遊がタブレットを取ろうと手を伸ばし詩織がそれを阻もうとする。
押し問答が続く中、ふとした拍子に詩織の指がタブレットの画面に触れた。
消えていた画面が再び灯る。
そこには詩織が選んだ講義がきっちりと並んでいた。
遊は画面を見た。
そして黙った。
二秒ほどの沈黙の後、遊は静かに口を開いた。
「詩織…………お前…………さすがに引くわ」
「だから見せたくなかったのよおおぉぉぉ!」
詩織は両手で顔を覆った。
その耳の先まで見事に赤く染まっている。
タブレットの画面には同じ講義名が並んでいた。
『実践上級魔法(担当:六月楓)』
「四コマ全部これって、どういうことだよ?」
「見なかった事にして」
「いや、無理」
「お願い遊ぅ」
「これだと単位落とすから止めたほうがいいって。詩織が堕天なんてしたら絶対に悲しむから」
遊がそう指摘すると詩織はびくりと肩を震わせた。
「あたし、その、別に特別な理由とかじゃなくて、ただ実践系の授業の方が自分に合ってると思っただけで――」
「四コマ全部?」
「…………」
詩織の言い訳が途切れた。
「……もしかしてさ」
「何よ?」
「六月さんの授業って魔法の使い方そのものじゃなくて、考え方を教えてくれるから?」
「……そうかも」
遊はタブレットを自分の方に向け直して、ゆっくりと選択画面を眺めた。
「応用魔法とかも合ってると思うけどね、詩織には」
「う……そうかもしれないけど」
「魔法理論とか、詩織がロジック覚えたら強そう」
「……分かってるけど」
「でも全コマ実践上級魔法にした」
「……うん」
「六月さんが担当だから?」
「…………別に」
「別には別にじゃないよ」
遊は呆れたように肩をすくめる。
「詩織さ、一応ちゃんと選び直した方がいいと思うけど」
「……分かってる」
詩織はおずおずとタブレットを操作し始めた。
さっきまでの凄まじいスピードとは違って、今度は他の講義を眺めながら選んでいる。
遊はそれを横目で見ながら自分の選択に戻った。
(全コマ全部はドン引きだったけど、まあ詩織らしいっちゃらしいよな)
周囲の声はまだ悩んでいる者が多い。
誰もがタブレットの画面と格闘している。
詩織の視線が実践上級魔法の欄を凝視しているのを遊はしっかりと見ていた。
教室が騒然としている中、ヴィクトリアは静かにタブレットを眺めていた。
(実践上級魔法……)
ヴィクトリアの指が、その項目の上で止まる。
担当講師――六月楓。
その名前を見つめ、彼女は小さく笑った。
「……なるほど」
そして迷うことなく講義を選択した。




