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第二話 ルーツを辿って

 新年会が滞りなく幕を閉じた翌日。

 一月二日の昼下がり。


 六月は自室のソファに座ったまま、タブレットの画面を睨みつけていた。

 連絡先一覧から詩織の名前を探し出し、通話ボタンを押す。

 呼び出し音が二回、三回と続いた後、画面に詩織の姿が映し出された。


『……もしもし?』


「あ、詩織? 六月だけど」


『な、なんでいきなり電話してくるのよ!』


 ツインテールが揺れている。


 画面越しの詩織は、心なしかテンションが高いように見える。

 背景はプライバシーモードになっていて、磨りガラスを通しているような感じだった。


「昨日の件、覚えてるだろ? 睦月と関係あるんじゃっ、ていう話」


『あ……ああ、あれね』


 声のトーンが少し落ち着く。


『あんたが本当に睦月家と関係あるとか、そういうんじゃなくてさ。あたし、なんとなく思っただけで――』


「いいから、詳しく聞かせてくれよ」


 六月が促すと詩織はしばらく黙り込んだ。

 それから周囲を気にするような素振りを見せる。


『……あのさ。これ、あまり大声で話せる内容じゃないんだけど』


 詩織は声を一段下げた。


「何かいい方法ってないか?」


『秘匿回線が使えたら安心なんだけど。あんたのタブレットにその機能ないでしょ?』


 その通りだった。

 六月が使っているタブレットは、保護対象に与えられる一般的な仕様のものだ。

 凛や隼斗が使っているような、秘匿回線などが使える旧月家仕様とは違う。


「そうだよなあ〜」


 六月が困った顔をしていると、隣に座っていた凛がタブレットを差し出してきた。


「楓さん。この端末を使って下さい」


「いいのか?」


「ええ。この画面でここをタップすると秘匿通話が使えます」


 凛は慣れた操作で画面をいくつか操作する。

 通話画面に秘匿通話と表示されていた。


「ありがとう、助かるよ凛」


「いえ」


 凛は微笑で返した。


「詩織。一回電話切ってから凛のタブレットでかけ直す」


「りょうかーい」

 

 通話を切ると凛のタブレットで詩織の連絡先を呼び出した。


 コールが一回鳴りきる前に、詩織が応答する。


『は、早すぎない?』


「凛が教えてくれたからな」


『ふーん、そう……』


 詩織の声が僅かに沈んだ。

 けれども、すぐに気を取り直したように話を続けた。


『それで昨日の件だけど。あたしが子供の頃、長月本家でアルバムを見た時に写真が一枚だけあったの。すごく綺麗な女の人の写真。母さんに聞いたら、それが先代の睦月当主だって』


「睦月当主……」


『詳しいことは知らないわよ。あたしが生まれる前に長月家って堕天させられてるから。でも、その女の人とあんたの顔立ちが……、特に目元なんかがすごくそっくりに見えたのよ』


 詩織の声は真剣だった。

 普段のからかうような口調は感じられない。


「その写真、まだ実家にあるのか?」


『分からない。でも持ち出す理由なんてないんじゃない』


「見てみたい」


 六月の言葉に画面の向こうで詩織が息を呑む気配があった。


『……本気で言ってる? 四区だよ。あんたが気軽に行ける場所じゃないから』


「それでも確かめておきたい」


 自分がどこから来たのか。

 睦月家とはどういう存在だったのか。

 巌の告白だけでは分からない事ばかりだ。


 その写真が、自分の知らない何かと繋がっているのだとしたら――。


 しばらくの沈黙の後、詩織が口を開いた。


『……分かったわよ。じゃあ、一週間後でどう? こっちも色々準備がいるし』


「一週間後、了解」


『四区に来るなら目立たない格好にしてね。彼処は二区や三区と違って本当に治安が悪いんだから。ザコおじは弱いから攫われちゃうかもね』


 その言葉に六月は苦笑した。


「分かってる。できるだけ目立たないようにするよ」


 そう約束を交わし通話を終えた。


   ☆


 六月がタブレットを返すと、凛はしばらく黙ったまま、その画面を見つめていた。


「凛?」


「わたしも行きます」


 その言葉に六月は思わず動きを止めた。


「四区に?」


「はい」


 凛の声には、迷いは感じられなかった。


「いや、待ってくれ。四区がどういう場所か凛も知ってるだろ。治安も良くないって詩織も言ってたし、それに――」


「それに何ですか」


「俺は凛を危険な目に遭わせたくない」


 六月がそう言うと凛の眉が少し動いた。


「わたしは楓さんの妻です」


「凛」


「わたしは貴方の事を少しでも多く知りたいんです」


 凛の低く抑えた声が六月を穿つ。


「……危険かもしれない」


「危険だからこそ、一緒に行きたいのです」


 凛の瞳は揺らぐことなく六月を見つめていた。

 その眼差しに六月は何も言い返せなかった。


 結局、六月が折れる形になった。


「――分かった。一緒に行こう。ただし無理はしないでくれ」


「はい」


 凛の口元が僅かに緩んだ。


   ☆


 その日の夜、六月は宮司隼斗に連絡を入れた。


「宮司さん、お願いがあるんですけど」


『あら、珍しいわね。何かしら?』


「一月九日に、四区へ行きたいんです。凛も一緒に」


 しばらくの沈黙があった。


『四区、ねえ……。理由を聞いても?』


「詩織――長月の本家で少し確かめたいことがあって」


 六月は新年会での出来事と、詩織から聞いた写真の話を簡単に伝えた。

 隼斗はそれを黙って聞いていたが、話が終わると静かに息を吐く気配があった。


『……四区はね、三区と同じ感覚で歩かない方がいいわ』


「そんなに危ないんですか?」


『ええ。魔術師だから安全、なんて保証もないわ』


「それなら、なおさら宮司さんに来てもらいたいです」


 六月は食い気味で隼斗にお願いする。


『……分かったわ。あたしが同行するわ。四区は三区とは勝手が違うから』


 隼斗からヤレヤレという小言が聞こえてきそうな返事だった。


「ありがとうございます」


『一月九日ね。予定入れておくわ』


 通話を切った後、隼斗は暗くなった画面を見つめていた。


(長月本家、ねえ……)


 三十年前、炎に包まれた屋敷。

 その中から救い出した赤ん坊を抱いていた隼。


『あの赤ん坊は火傷が酷くてな。俺の目の前で息を引き取った』


 隼の言葉が頭の中で繰り返される。


 隼斗はゆっくりと目を閉じた。


(……本当に亡くなったのかしらね)


 低く呟いた声が静かな部屋に消えていった。

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