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第十五話 霜月魔術祭 本戦 中編

 観客席を埋め尽くしている視線が、一斉に舞台へと注がれていた。

 Aクラス以外――会場にいる観客は何が起きたのか分からなかった。


 バトルロイヤルは、何事もなかったように九人対一人で始まる。


 洸介がおもむろに両手を掲げた。


 淡い緑色の光が渦を巻きながら、Aクラスの前の空間に風を滞留させた。

 Aクラスから六月へと向かう追い風が発生する。

 この空間の上では魔法が加速するようだ。

 

「行くぞ!」


 誰かの号令とともに、八人から一斉に魔法が放たれた。


 炎の弾丸、鋭利な水の刃、渦を巻く風の刃、地を這う岩塊。

 属性の異なる攻撃が?六月めがけて殺到した。

 その数は瞬く間に十を超える。

 観客席から悲鳴のようなどよめきが上がった。


「六月さん!」


 凛らしくない戸惑った表情を六月に向けていた。

 声のトーンから競技を止めようとする気配が伝わってくる。


「多分、大丈夫です」


 六月の声に気負いはない。


 放たれた魔法の軌道を一つずつ追う。

 魔術師は魔法を発動した後、その軌道を演算しながら制御している。

 つまり、放った瞬間から着弾までの間、術者自身はほとんど動けない。

 FPSをかじってきた六月からすれば、これは初心者の射線そのものだった。

 狙いが単調でフェイントもなければ、着弾点の予測も容易い。

 ゲームでは雑魚敵ですら、もう少し複雑な弾幕を組んでくる。


 六月は半歩だけ横にずれた。


 その動きを追尾できたのはわずか数個だけだった。

 六月の横を通り過ぎた魔法は障壁に当たって消滅した。


(よし、いける)


 追尾してきた数個の魔法に対して、六月は指先に小さな靄を展開した。


(展開、受ける、消す。展開、受ける、消す、と)


 昨夜の感覚を思い出していた。

 追いかけてくる魔法を、リズムゲームのノーツを捌くよう潰していく。

 黒い靄に当たった魔法は音も立てずに消えていく。

 再び放たれた第二波も同じ要領で躱していく。


 凛は六月の動きを見て、視線を外せないでいた。


(……綺麗な魔法)


 見た目は地味な魔法。

 けれども、その使い方は芸術品のような繊細さと閃きが同居している。

 自身が微笑んでいることに、凛は気づいていない。


「な、なんで当たらないんだ!」


 洸介が焦りながら声を張り上げた。


 その時、六月はすでに次の動きに移っていた。

 躱しながら、相殺しながら、掌から黒い靄を放つ。

 三つの輪郭が空中で不規則に舞い、Aクラスへと殺到していく。

 黒いコウモリが直撃した場所は、衣服だけが闇に飲まれたように抉れていた。

 Aクラスの生徒は、魔法が当たって服を抉られると棄権していった。


   ☆


 観客席の中段で、宮司隼斗は身を乗り出したまま、フィールドの様子を凝視していた。


「……あの子、無属性だったのね」


「わたしも昨日の録画を見て驚いたよ。何のために凛を付けていたのか……」


 隣に座る流星が、腕を組んだまま静かに答える。


 元々は凛をスサノオに異動させたのは、校長からの依頼があったからだ。

 流星は、その背後の存在を感じながらも許可を出した。

 理由は三十を過ぎて検査に引っ掛かった男がいたから。

 その男の担任という条件で、凛のスサノオ行きが確定した。

 

「そう言わないの。凛ちゃんだって、慣れない職場で大変なんでしょ。それより六月くんの魔法って面白いわねえ」


「アレは魔法というより曲芸じゃないかい?」


 流星はおどけたような仕草を見せる。


「あの子、ゲームばっかりやってたしね。あたし達と見え方が違うんでしょうね」


「彼の事、詳しいんだね。隼斗」


「ま、色々とね」


 言葉を濁しながら、隼斗はフィールドの六月の姿を見つめ続けた。

 魔法の制御力も判断の速さも、Cクラスの域を大きく超えている。


 戦いを見ながら、流星には気になっている事があった。

 何故、皐月の御曹司が参戦しているのか。

 何故、上級魔術師がスサノオのイベントに参加しているのか。

 何故、凛が感情を見せているのか。


(上級魔術師は手を抜いているので問題はなさそうだけれど、この茶番を見たお祖父様がどう思うのだろうね。凛はきっと自覚はないのだろうね……)


 流星ガラス張りの部屋を見つめると、小さくため息をついた。

 

 闘技場では脱落者の数がさらに増えていく。

 九人中六人が五分とかからず、棄権して舞台から降りていた。


   ☆


 VIPルームから、巌は冷めた視線で舞台の上を見ていた。


「雄介、貴様の倅は俺をバカにしているのか?」


 獰猛な笑みで問いかける。


「そんな事はない」


 雄介は喉の奥が干上がるのを感じた。


「霜月魔術祭は魔術師の芽を育てるイベントなのは貴殿も知っているだろう。それに上級魔術師が混じっているのは何故だ?」


「わ、わたしは知らん!」


 声が大きくなっている事に気が付かない。


「ならば倅の独断という事だな。それはそうと、あの青年の魔法は面白いと思わないか?」


「ま、まあ、確かに。わたしに言わせれば、魔法というより道化だが」


「ククッ、確かに。手品みたいな魔法だ。手を抜いているとはいえ、上級魔術師の魔法に対抗しているのだからな」


 少し熱を帯びているような声だった。


「う、うむ」


「あの男がどこの馬の骨でなかったら、凛と縁を結ばせたんだがな」


「巌殿、それはどういう……?」


 雄介の言葉尻は小さくなる。

 言外に洸介と凛の婚約破棄を仄めかされたのだから。

 雄介は霜月家との縁は重要視していない、だが息子の気持ちを考えると無碍にはできなかった。


「俺はな雄介。魔術師の未来を憂いているのだ。貴殿の提案で造ったこの学術院だけでは将来を担保できん。もっと強い基盤が必要になってくるだろう」

 

「……確かに」


「ならば分かるだろう? 貴殿の倅はそれを担うには役者としての技量が足りなさすぎる」


 それを聞いた雄介は視線を闘技場に向ける。

 舞台の上では洸介が一人で立っていた。


   ☆


「うわ、無双してるじゃん……」


 舞台の袖で詩織が呆然と呟いた。

 両手で口元を覆いながら、瞬きすら忘れて舞台を見つめている。


「おっさん、予選は抜いてたんだな」


 遊も苦笑しながらそう返す。


「あいつ、ほんとに一週間前まで一般人だったの?」


「さあ。でも僕達って、これまで何を習ってたんだろうなって思うよ」


 二人の視線の先で、次々と舞台を降りていくAクラス。

 闘技場全体はどよめきに包まれていた。

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