第十二話 霜月魔術祭 予選
【六月視点】
駅の改札を抜けると、いつもの場所に宮司さんの姿があった。
黒のパンツスーツに身を包み、腕を組んで柱に寄りかかる立ち姿は朝の雑踏の中でも一際目を引く。
俺に気が付いたようで、宮司さんは軽く手を上げてみせた。
「おはようさん。いよいよ、という感じね」
「十一月二十九日……ですよね」
「ええ、ついに霜月魔術祭の開幕よ」
並んで歩き出しながら、宮司さんは慣れた調子で説明を続けた。
「各クラスから三人一組のチームが出て、優勝チームには百万トークン。今日が予選、明日が本戦って流れね」
「予選ではどんな事をするんですか」
「的に向かって魔法をぶつけるだけの単純な競技よ。派手さはないけど地力が試される競技ね」
チームが決まってから、頭の中ではずっとこの日のことを考えていた。
競技の内容を考えると、ゲーマーとして負けられない戦いになりそうだ。
「へえ、そんな顔もできるんだ」
宮司さんはそう言うと、悪戯っぽく肩を叩いてきた。
☆
スサノオに着くと、宮司さんとはいつもの場所で別れた。
教室の入り口に差し掛かると、案の定というべきか詩織が待ち構えていた。
「おはよ、おザコさん。今日は緊張してる?」
「別に。いつも通りだよ」
「ふーん。そういう強がり、あたし嫌いじゃないけどね」
そう言いながらも詩織の視線は、どこか落ち着かなげに揺れていた。
なんだかんだでやはり緊張しているのだろう。
「二人とも朝から騒がしいなあ」
遊が眠たげな声を上げながら近づいてくる。
「負けたら全部おっさんのせいだからな」
「それじゃあ、勝ったら俺のおかげだな」
「ちっ! 何言ってんだよ」
軽口を叩き合いながら教室へ入ると、これまで感じた事がないほどの熱気が満ちていた。
誰もが真剣な面持ちでタブレットを見つめたり、隣のチームメイトと小声で作戦を確認し合ったりしている。
昨日までとまるで違う空気が、教室全体に張り詰めていた。
九時になり扉が開いて霜月さんが入ってくる。
全員のタブレットに、今日のスケジュールが一斉に表示されたのは同時だった。
「本日の予選会場は四つの会場に分かれています。割り振られた会場をタブレットで確認の上、速やかに移動して下さい」
霜月さんはそれだけを告げると、余計な言葉を挟むことなく教室を後にした。
教員として今日は準備することが山ほどあるのだろう。
その背中を見送った後、俺は改めてタブレットに視線を落とした。
画面に示された会場は、いつもの実技訓練場だった。
☆
実技訓練場に足を踏み入れると、既に生徒たちが集まっていた。
この会場を割り当てられたCクラスは、俺たちを含めて二チーム。他クラスと合わせれば、全部で七チームがここで競うことになるらしい。
舞台の中央には半透明の板が、さまざまな大きさで無数に浮かんでいる。
何もない空中に浮かんでいるのは、魔道具という物を使っているのだろうか。
「あの板に当てればいいだけっしょ? 余裕じゃん」
詩織が腕を組みながら鼻を鳴らす。
競技の内容を見て落ち着いたようだ。
「まあ、僕らからすればね」
遊も気負う様子もなく涼しい顔でそう返した。
放課後の練習で二人の実力は、おおよそ理解している。
他クラスの生徒たちも次々と会場に姿を現し、開始の号令を待つ緊張が場内に満ちていった。
☆
競技は一チームずつ、順番に行われていく形式だった。
最初に呼ばれたのはDクラス。
三人の生徒が舞台に上がり掌を的へ向ける。
だが、いつまで経っても魔法の気配すら現れない。
ようやく小さな光の粒子が指先に灯ったかと思えば、形を作れないまま霧散していった。
数度、前方へ何かを飛ばせたようだったが、それが的に届くこともないまま時間切れの合図が鳴った。
次に呼ばれたのはCクラス――俺達とは違うチームだった。
先ほどのチームとは違い、掌の上に瞬く間に魔法を作り出していく。
その速さに周囲から驚きの声が上がった。
放たれた魔法は様々な軌道を描きながら、次々と的を撃ち抜いていく。
場内は一気に騒然となった。
最終的には魔力が足りなくて時間切れとなったが、八割ほどの的を落としていた。
続いてBクラスの番になる。
Cクラスと同程度の速さで魔法を練り上げていく様子に、再び感嘆の声が響く。
軌道こそ直線的なものだったが、魔力の量が違うのか放たれる魔法の数がCクラスとは桁違いだった。
結果として、最終的な得点はCクラスの先発チームとほぼ横並びで競技を終えた。
そして前半最後の出場はAクラスだった。
この会場に姿を見せたのは一チームのみ。
開始の合図と同時に、生徒たちは掌の上に二つずつの魔法を同時に生み出してみせた。
その瞬間、会場全体が歓声に包まれる。
放たれた魔法は緻密な軌道を描きながら次々と的を減らしていき、最後の一枚を残したところで時間切れとなった。
俺は隣で息を呑む詩織と遊を横目に、この競技の重要性を実感していた。
ここは魔術師としての技量が、明確に測られる場所なんだ。
「なによアイツら! 絶対燃やしてやるんだから!」
詩織が悔しそうに拳を握りしめた。
「燃やしちゃダメだって。それ競技違反だから」
遊が呆れたようにたしなめる。
けれども、その態度の奥に小さな動揺が垣間見えた。
☆
前半戦が終わり、昼の休憩に入る。
食堂でビュッフェを囲みながら人心地ついていると、見覚えのある巨躯が近づいてきた。
宮司さんだった。
その姿を見た瞬間、詩織と遊が同時に椅子から腰を浮かせかける。
「お、おっさんの知り合い……?」
「な、なんか、色々とヤバそうな……」
二人の反応に構うことなく、宮司さんは笑顔で口を開いた。
「あら、可愛いお友達ねえ」
その一言で詩織と遊はますます及び腰になった。
強面の見た目におネエ言葉。
二人の警戒心が、フルマックスになるのは理解できる。
「大丈夫、取って食べたりしないわよ」
宮司さんはそう言いながら、タブレットの画面をこちらへ向けてきた。
表示されていたのは午前の競技結果だった。
「各会場、今のところ一位は全部Aクラスね」
その結果に俺は納得する。
この競技は魔法の地力を測るものだ。
覚え始めてからの日が浅いとか、才能に恵まれているとかではない。
魔法がどういうモノか、理解している事が重要だと感じていた。
詩織と遊も、いつしか宮司さんとの会話にすっかり馴染んでいた。
三十一年間、他人との距離感を測りかねていた俺が、こうして誰かと肩の力を抜いて話をしている。
それが、とても不思議に感じられた。
☆
昼食を終えると、後半戦が始まった。
最初に呼ばれるはずだったDクラスは、午前の結果を受けて棄権を申し出たらしい。
そのまま順番は繰り上がり、次に名前を呼ばれたのは俺たちのチームだった。
舞台に上がると、視界の端に多くの視線が集まっているのを感じる。
審判の号令が響いた。
俺は迷わず掌を的へ向け、指先から漆黒の靄を放った。
瞬く間に三つの輪郭へ分かれると、羽ばたきの音を纏いながら空中へ躍り出た。
「何だアレ!? 気持ち悪!」
「使い魔だろ?」
「使い魔って魔法なのか!?」
会場のあちこちから、困惑とも驚きともつかない声が上がり始めた。
ざわめきは波紋のように広がり、観客席全体を包み込んでいった。
けれども、俺の意識は標的にしか向いていない。
不規則な軌道を描くコウモリの群れが、意思を持っているかのように次々と的を撃ち抜いていく。
「昨日の分、取り返すから!」
詩織が小さな炎の弾を的確に撃ち込んでいく。
無闇な大出力ではなく、狙いを絞った制御の効いた魔法だった。
「僕も負けてらんないしね」
遊が操る水色の球体が、コウモリの隙間を縫うように的へと吸い込まれていく。
三人の連携は滑らかだった。
互いの射線を無意識のうちに補い合いながら、次々と的を減らしていく。
時間を五分以上残したところで、板は一枚残らず消え去っていた。
会場が一気に熱気に包まれる。
その直後、最後に残っていたBクラスもまた棄権を申し出た。
俺達が決勝に進む事が決まった瞬間だった。
☆
こうして予選は幕を閉じた。
本戦へと駒を進めたのは、Aクラスの三チームと、俺たちCクラスの一チームのみ。
会場を後にしながら、詩織と遊の顔にはこれまでにない充実感が滲んでいた。
俺自身も確かな手応えだけは胸の内に残っている。
「優勝見えたじゃん!」
詩織が満面の笑みで両手を突き上げた。
「今日は焼肉?」
遊も珍しく浮かれた調子でそう言う。
「まだ予選だけどね」
俺が苦笑しながら返すと、二人は顔を見合わせて笑い出した。
つられて俺も笑ってしまう。
三人でスサノオからの帰り道、タブレットが小さく鳴った。
ピコン。
『本戦競技変更のお知らせ』
着信の軽い電子音の後に本文が続く。
三人の顔から笑みが消えていった。
『学術院理事会の決定により、本戦をバトルロイヤル形式へ変更します』
一瞬、意味が理解できなかった。
隣では詩織も遊も、同じ画面を見つめたまま言葉を失っている。
俺達以外全て敵という状況で、どう戦えばいいのか全く分からなかった。




