第十一話 チーム結成
【六月視点】
翌日。
また教室へ続く廊下に差し掛かったところで、行く手を阻むように人影が立っていた。
昨日と寸分違わぬ場所、寸分違わぬ仁王立ちで待ち構えていたのは、やはり詩織だった
「おう、おはようさん」
「おはよう、おザコさん。チームの事なんだけど?」
口調はこれまでと一緒だが少し違って聞こえた。
いつもの絡むような軽さではなく、どこか固さを含んだ声色。
廊下の窓から差し込む朝の光が、詩織の横顔を薄く照らしている。
「ああ、組もうか。返事が遅くなって悪かった」
俺は自分でも意外なほど、迷いなく答えていた。
「もう〜組もうよ……え? びっくりした。組むって聞こえた」
「言ったよ。それでどうしたらいい?」
昨日から考え続けていたが、いつの間にか答えは出ていた。
仲間、という言葉が、まだ自分の中でまとまっていない。
それでも、二人からの誘いを断る理由が見当たらなかった。
「おー、詩織。どうせ、また断られてるんだろ」
廊下の向こうから、遊が片手を上げてのんびりと近づいてくる。
「組んでくれるって」
「ん? 組んでくれるって聞こえたんだけど?」
「お前らうるさいよ。それで俺はどうしたらいいんだ?」
俺は先に教室へ入り、自分の席へ着いた。
ほどなく詩織が隣に座る。
その顔には隠しきれないニヤつきが浮かんでいた。
「やっぱり、おザコはあたしの事が大好きなんだね〜」
何を言っているんだ、と思いながらも取り合わず、タブレットの準備を始める。
くだらない軽口に付き合っていては、俺の時間がいくらあっても足りない。
そのとき教室の入り口でガタリと音が響いた。
視線を向けると、霜月さんが書類を床に落としたところだった。
数枚の紙が白い床の上に散らばっている。
俺は反射的に立ち上がり、歩み寄って拾い集めた。
「霜月さん、大丈夫ですか?」
「え、えぇ。大丈夫です。何かに躓いたみたいです」
「それは大丈夫じゃないでしょう? 念のため、医務室に行きましょうか」
「いえ、お気になさらず」
その返答と同時に、凛の右の眉がほんの少しだけ下がるのが見えた。
(もしかすると恥ずかしいのかもしれないな)
普段はあまり表情を変えないので、何か心境の変化があったのかも知れない。
「無理しないで下さいね」
「はい。ありがとうございます」
凛は上品な仕草でスカートの裾を払うと、拾い集めた書類を受け取り、静かに立ち上がった。
俺も自分の席へ戻る。
戻る道すがら、クラスの男子たちから突き刺さるような視線を感じた。
理由は分からないが、妙な圧を感じる朝だった。
☆
午前の魔法講座は、昨日とほとんど変わらない内容で進んでいった。
大型モニターに映し出されたのは、パンダの生態を追ったドキュメンタリーだった。
丸々とした身体で笹を頬張る姿や、飼育員に懐いて甘える仕草に、教室のあちこちから小さな歓声が上がる。
俺自身、画面の中で子パンダが母親に寄り添う場面に、思わず目頭が熱くなった。
☆
二コマの講座を終え、食堂に足を運ぶ。
今日はパンダを見た流れで、なんとなく中華の献立を選んだ。
トレイを持って窓際の席に着き、ひとりで食事を進めていく。
しばらくすると、近くの席にクラスメイトの三人組が座った。二十歳前後だろうか、いつも連れ立って行動している顔ぶれだった。
「今日の霜月さん、ヤバかったよな」
「最近、特に綺麗だよな」
「男でもできたんじゃね」
若いな、と他人事のようにその会話を聞き流しながら、俺はぷりぷりとした肉汁の弾ける餃子を口に運んだ。
「おザコー」
餃子を口に入れた瞬間、詩織がトレイを持って歩いてきた。
そして俺のいる場所に座ろうとする。仕方がないので横にずれた。
「お、ちょうど良いところにおっさんがいる」
遊は器用にトレイを持ちながら片手を上げている。
この二人はいつも一緒にいるような気がするな。
「二人揃ってどうした?」
「あたし達ってチームの登録してないじゃん。その……もう決まってるんだから、早くやっちゃいたいなと思って」
「おっさんは年だからさ。気づいたら期限切れとか有り得そうだろ?」
遊も俺のいる場所に座ろうとした。
面倒くさかったので向かいの席に座った。
「た、確かにあり得る。それでどうしたらできるんだ?」
「知らないんだ? やっぱザコザコだね〜」
嬉しそうにツインテールを揺らす詩織。
俺はタブレットを立ち上げた。
「お、お、お、おっさん!?」
表示された画面を見ていると、遊が焦りを帯びた声をあげた。
「何だそれ。丁寧語が増えてるぞ?」
「違う違う! 後ろ!!」
詩織が慌てながら指差した。
今どきのネタではない気がする。
「後ろ?」
「失礼します」
振り向くと、凛がトレイを持って立っていた。
相変わらず料理は多国籍だ。
「なんで霜月先生が来るんだよ」
遊の動揺が半端ない。
詩織は居心地が悪そうな顔になっている。
「食事に決まってるだろ? 霜月さん、こちらにどうぞ」
俺は横にずれる。
「ありがとうございます」
霜月さんは静かに腰を下ろした。
☆
食事中は午前の講義の話で花が咲いた。
俺はひたすらパンダを推したけれど、三人には全く響かなかった。
遊はイルカの超音波を、そして詩織はサバンナの夕陽が魔法に活かせないかを考えていたらしい。
霜月さんは特に何かを言うわけでなく、静かに会話を聞いていた。
全員が食器を置いくと、遊が霜月さんに声をかけた。
「先生、どうやったら魔術祭の登録ってできるんだ?」
「どうした遊。声が震えているぞ?」
明らかに恐れている声音に興味が湧いた。
「ばっ! そ、そんな事あるわけないだろ?」
「何で疑問系なんだよ」
「旧月家の人間に素で話かけるなんてできないって。特に霜月家はぜーったいに逆らえないんだから」
「そうなんですか? 霜月さん」
「ええ……そうかも知れません」
「だって、逆らったら家が無くなっちゃうんだよ」
「おい! 長月!?」
「良いじゃん、事実なんだから。そうでしょ? 霜月先生」
霜月さんは少し俯いた。
表情は変わらない。
俺に分かるのは霜月という家が凄いと言う事だ。
「とりあえず詩織はグラウンド百周な」
「はあっ!? なんであたしが!」
「お前は霜月さんに当たってるけど、それってお門違いじゃないか?」
「そんな事――」
「あるよ。俺は詳しい事情を知らない。でも霜月さん個人が、お前に何かしたわけじゃないんだろ?」
「そ、それは……」
「さっき言ったよな、霜月家って。それは霜月さん個人に向けて良い感情じゃないだろ? 坊主憎けりゃ袈裟までってか。それは違うだろ」
「う……ゴメンなさい」
「お、偉いじゃないか。よーしよし」
頭を撫でてやると、詩織は顔を真っ赤に染めた。
「遊は問題なさそうか?」
「元々怖くねえよ。なあ、霜月の姉ちゃん」
そう言いながら視線は挙動不審に揺れている。
「ちゃんと話せるじゃないか。霜月さん、登録の方法を教えて下さい」
霜月さんは俺のタブレットの画面を指差した。
「承知しました。まずはここを押して下さい」
「押しました」
「それで相手を選べば申請完了です」
教えられた通りに操作していく。
「ザコおじ、こっちは完了」
「おっさん、僕もオーケー」
俺の画面にチーム登録が完了したと表示された。
「ちょっと待て。俺がリーダーになってるじゃないか」
「リーダーは年寄りが良いに決まってるだろ」
「あたしもさんせーい」
「全員一致のようですね。六月さん、左上の申請ボタンを押して下さい」
俺は言われるままにボタンを押した。
すぐに受付完了と表示される。
リーダーという立場には納得できないが、申請を終えてひとまずは安心だ。
「なあ、チーム名どうするよ?」
「ザコハンターズ!」
「却下」
霜月さんの口元が一瞬動いたような気がした。
「霜月さん、ありがとうございました」
「いえ、気になさらないで下さい」
霜月さんはそう言って、立ち上がった。
そろそろ午後からの授業が始まる時間のようだ。
ふと見ると霜月さんの装いが普段と違う事に気がついた。
「ところで今日はスカートだったんですね。とても似合っています」
「あ、ありがとうござい、ます」
声が僅かに上ずったのを、俺は聞き逃さなかった。
もしかして困っていたらどうしよう。
「詩織、遊。俺たちもそろそろ行くか」
そう言い残し、食べ終えたトレイを持って席を立つ。
背後から、聞こえるか聞こえないかの声がいくつか届いた。
「勇者だ」
「ナチュラルジゴロ」
「霜月さん可愛い」
その言葉の意味を深く考える余裕もないまま、俺は食堂を後にした。
☆
午後の授業も鬼難易度だった。
それから俺たちは毎日、 授業が終わるたびに三人で集まり、 魔術祭へ向けて練習を重ねた。
それから五日が経過した。
霜月さんが考案したゲーム形式の訓練は、Cクラスの雰囲気を大きく変えていた。
最初は当てることさえできなかった生徒たちも、今では余裕で標的を撃ち落としている。
魔法は苦しいものではなく、上手くなるほど面白いものへと変わっていた。
そして――霜月魔術祭当日。
俺たちは初めて、一つのチームとして戦場へ足を踏み入れた。




