表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月隠の魔術師  〜健康診断で魔力が見つかった社畜のおっさんがゲームで鍛えた発想力で最強の魔術師と呼ばれるまで〜  作者: ねこぱんだ
月隠の魔術師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/27

第七話 二人

  【六月視点】 


 エントランスに入ると、廊下の照明が足元を照らす。

 雨足は既に強くなっており、降りしきる雨の音でこの場所にまで聞こえてくる。

 エレベーターを待つ間も、霜月さんは俺の少し後ろに立ったまま無言だ。

 時折、静かに咳をしていたのが気になった。


 玄関の前に立ったところで、俺はふと自分の部屋の状態を思い出した。


「少し散らかっているので、片付けてきます」


「わたしは気にしません」


 躊躇いを寄せ付けない即答だった。

 霜月さんの言葉に迷いがないのは知っていたが、それでも俺は一瞬だけ扉の前で固まった。


(気にしない……か。俺が気にしすぎているのか)


 俺はドアに手のひらをかざすと、小さな電子音と共に施錠が解かれた。


   ☆


「何もないですが、ソファへどうぞ」


 部屋に入りながら、俺はそう案内した。


 テーブルの上にはゲー厶ミングパソコンと、ゲームのパッケージが積み上がったままだった。

 とりあえず、テーブルの上に鎮座していた箱の山を床に置いた。

 これで一先ずは大丈夫だと思う。

 

 霜月さんは部屋の中を一渡り見回してから、ソファに腰を下ろした。綺麗な姿勢で座る彼女に、この豪奢なソファがとても様になってるように思える。


「飲み物買ってきます」


 俺は冷蔵庫を中を確認して絶望した。

 中にはチューハイの缶しか入っていない。

 一週間の学術院生活で食材を買ったりしていたが、他人を部屋に招待するのは想定外だった。


「気にしないで下さい。それよりも、げえむというものが見たいです」


「……はい」


 ゲームの催促に、俺はおとなしく頷いた。

 まずパソコンの前の床に座り電源を立ち上げる。

 霜月さんはソファに座ったままだ。


 ゲームが起動するして、タイトルが表示された。


「これが……げえむ」


 画面を見つめる霜月さんの横顔が、チラリと視界の端に映る。

 このゲームは剣や魔法を使いながら敵を倒していく、一般的なアクションRPGだ。

 ただグラフィックへのこだわりが飛び抜けていて、専門誌でもゲームの内容以上に映像美が高く評価されている。


 セーブデータを呼び出すと、俺のキャラクターが画面に表示される。


「どうして女性なんですか?」


 霜月さんに指摘されてマウス操作がブレる。


「あ、えっと、その、女性キャラクターの方が見た目がキレイだから、ですね」


「このような姿で戦えるのでしょうか?」


 キャラクターの衣装は露出を優先した設計になっていた。

 胸元や背中が大きく開いており、足元は薄い布で辛うじて覆われている程度だ。


「け、軽装の方が動きやすいですから……」


 必殺技(ウルト)を誤爆した。


「凄く綺麗な人ですよね。六月さんもそう思いませんか?」


 淡々とした声で放たれる質問が容赦なく刺さる。

 けれども、霜月さんにとっては純粋な疑問だったのだろう。


 その時、強い敵に囲まれてしまった。


「ゲームのキャラも綺麗ですけど、霜月さんの方が綺麗ですよ」


 俺は画面を凝視しながらキーボードとマウスを操作する。

 普段では上手く出来なかった絶妙なパリイとスキルを駆使して、何とか戦闘を切り抜けた。


 その後、霜月さんから答えに困る質問は来なかった。

 俺は必死にキーボードとマウスを動かし続けた。


   ☆


「霜月さん、見てください」


 十分ほどゲー厶を続けたところで、俺はそう声をかけた。


 彼女が今日の実習で使っていたのは水球だった。

 水属性が得意なのだろうと考えて、俺は数種類の水魔法をスキルスロットにセットした。

 スキルのアイコンを押すと、水球が二つに分裂し、それぞれが鋭い氷柱へと変化して、敵へと向かっていく。

 再生されるエフェクトは、グラフィックが売りのゲー厶らしく迫力のあるリアルな映像だった。


 水が光を受けて複雑に屈折しながら砕け散る瞬間は、このゲームの中でも特に美しいエフェクトの一つだと、俺は思っている。


 振り返ると、霜月さんは画面を凝視していた。


 真剣な瞳だった。

 ゲームを凝視しているというよりも、そこに映し出された魔法の動きを逃さない、という強い眼差しだった。

 水球が分裂する瞬間、氷柱に変化する様子、着弾した時の砕け散り方。

 それを全て記憶してやる、そんな様子だった。


「この動き方は現実には有り得ません」


 しばらくして、凛はぽつりとそう言った。


「え?」


「水はあのように角度を変えず一直線に凍りません。氷柱を作るには、まず内部の温度を段階的に下げる必要があります。あの速度では、砕けるのではなく飛沫のまま凍りつくはずです」


 あまりに具体的な指摘に、俺は思わずキーボードから手を離した。


「ですが……」


 霜月さんは、少し間を置いてから続けた。


「綺麗だとは思います。現実の水はこんなふうに光りません」


 その言葉にはどこか羨むような響きが混じっていた。

 俺は何も言えず色々な水魔法を撃ち続けた。それを二人でしばらく黙って眺めていた。


   ☆


「少し喉が渇きましたよね」


 俺は立ち上がって、冷蔵庫からチューハイの缶を取り出した。


「霜月さんってお酒はイケるほうですか?」


「いえ、わたしは未成年ですので……」


 霜月さんは、画面を見つめたまま答えた。

 俺はその返答を聞いてチューハイを落としてしまった。

 スーツの着こなしや漂う雰囲気は、どう見ての歴戦のバリキャリウーマンのソレだからだ。


「それは絶対にダメですね。何か飲みたい物はありますか?」


「わたしはお水で結構です」


「本当に申し訳ない。今度は何か用意しておきます」


「…………はい」


 俺は項垂れながらコップを二つ用意して水を注ぐ。

 気の利いたものを用意できなかったことを心の中で詫びながら、テーブルにコップを置く。

 コツンとコップの中の氷が触れ合った。


「本当に気になさらないで下さい」


 顔に出ていたのだろう、凛はそう言いながらコップを口元に運んだ。

 俺もそれに合わせて喉を潤す。

 普通の水だけれど、何故かほのかに甘さを感じた。


「それではゲー厶を再開しますね」


「はい、お願いします」


 一息ついたところで、俺は再び床に座り直し、ゲームの画面に向かった。


   ☆


 水魔法を一度、また一度と放つ。

 エフェクトの異なる技を意識して選びながら、連続して発動する。

 水球が渦を巻くもの、直線に走るもの、地面を這うように広がるもの。水の表現がそれぞれ違った表情を見せる。


 感想を求めようと振り返った瞬間、霜月さんの異変に気がついた。


 彼女の頬がいつもよりわずかに赤い。

 ソファに座る姿勢も、心なしか傾いている。

 背筋を伸ばすことを崩さなかったはずの霜月さんが、肘掛けに軽く体重を預けていた。


「霜月さん、大丈夫ですか」


「……問題ありません」


 答える声にいつもの平坦さがなかった。

 わずかに聞こえてくる呼吸が浅く感じる。

 俺が腰を上げかけたところで、霜月さんの身体が緩やかに横へと傾いていった。


「霜月さん?」


 俺が肩に手を添えた瞬間、彼女は立ち上がろうした。

 けれども、脱力したように体勢を崩す。


「霜月さん!」


 俺は霜月さんを抱きかかえながら、頬に手の甲で触れた。

 焼けるように熱いというほどではないが、明らかに常温ではない。

 荒い息の合間に、霜月さんの唇からかすかな声が漏れた。


「……少し、疲れたのでしょう」


「大丈夫ですか?」


「わたしは……基礎体温が、低いので……少しの熱でも……」


 言葉が途切れる。

 低体温体質だという話は初耳だったが、平熱が人より低い分、発熱時にどれほどの負荷になるのか、俺には見当もつかなかった。

 ともかく今は、彼女の容態が心配だった。


 俺は霜月さんをソファから抱え上げると、寝室のベッドまで運ぶ。廊下を歩くわずかな距離が、やけに長く感じられた。


 布団の上に横たえると、彼女は薄く目を開け、それでもすぐに閉じてしまった。

 額に浮かんだ汗を見て、俺は傘も持たずに部屋を飛び出した。


 コンビニに着くと、熱冷ましのシートと氷を数個購入した。

 それを抱えて部屋に戻る。

 タオルで全身を拭き上げると、氷枕を用意して寝室に向かった。


   ☆


 霜月さんの発熱対策が終わった頃、雨はさらに強さを増していた。窓ガラスを叩く音が、まるで急かすように鳴り続けている。

 彼女は目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返していた。


 ベッドの上で眠る霜月さんは、いつもの氷のような表情とは違って、どこか年相応の少女に見えた


(どうすればいい? 俺には何ができる?)


 このまま様子を見るべきか、それとも今すぐ誰かを呼ぶべきか。

 判断がつかないまま、俺は結局タブレットの通信回線を開いた。


 こんな時に頼れるのは一人しかいない。


 呼び出し音が二度鳴っただけで、相手はすぐに出た。


「はあい宮司さんよお。どうしたの? こんな時間に電話だなんて」


 その声を聞いて、俺は肩の力が抜けるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ