第七話 偽りの英雄
魔王城。
崩れ落ちた玉座の間に残されたのは第三王子セシリオと宮廷魔術師ミーアの二人だけだった。
勇者アカネの姿はない。
荷物持ちのエドが抱えて逃げたからだ。
魔王は床に倒れている。
完全に動かない。
静寂。
そして。
「おのれエドめ……!」
セシリオが壁を殴りつけた。
「よくも俺の前から勇者の死体を盗みおった!」
怒りで顔を真っ赤にしている。
ミーアはそんなセシリオへ静かに近づいた。
「セシリオ様」
「何だ!」
「落ち着いてくださいませ」
セシリオは荒い息を吐く。
「あの平民め……!」
「勇者の死体さえあれば……!」
「国へ戻っても説明が面倒になる!」
ミーアは小さく笑う。
「ですが、これはこれで都合がよろしいのではありませんか?」
「何?」
「勇者様は魔王との戦いで命を落としました」
「エドは勇者の遺体を盗み逃亡しました」
「そして……」
ミーアは魔王の死体を見る。
「魔王は死んでおります」
セシリオは眉をひそめる。
「それがどうした」
「ここで何が起きたのか知っているのは私たち二人だけです」
セシリオは黙る。
ミーアはゆっくりと言葉を続けた。
「勇者様は魔王の攻撃で死亡した」
「エドは勇者の遺体を盗んで逃げた」
「そして最後に魔王を倒したのは……」
セシリオの目が見開かれる。
「俺……か」
「はい」
「セシリオ様です」
しばらく沈黙が流れた。
やがて。
セシリオの口元がゆっくりと歪む。
「なるほどな……」
「死人は喋らない」
「エドもただの平民だ」
ミーアが腕にしなだれかかる。
「魔王を討った英雄はセシリオ様です」
「勇者様は尊い犠牲となったのです」
セシリオは魔王の角を見る。
ゆっくりと剣を抜く。
そして。
魔王の角を切り落とした。
「これで討伐の証になるな」
「ええ」
聖剣はそのまま。
魔王の死体もそのまま。
二人だけでは運べない。
後日、兵を送ればいい。
「帰るぞ」
「はい、セシリオ様」
◇
数日後。
王城。
玉座の間。
国王は戻った二人を見つめていた。
「セシリオよ」
「魔王討伐はどうなった」
セシリオは膝をつく。
「勇者アカネは魔王との戦いで命を落としました」
玉座の間が静まり返る。
王妃が口元を押さえた。
「しかし」
セシリオは顔を上げる。
「勇者の犠牲によって生まれた隙を突き、私が聖剣を用いて魔王を討ち取りました」
ざわめきが起きる。
「おお……!」
「第三王子殿下が!」
「魔王を!」
国王は目を見開く。
「真か!」
「間違いありません」
そしてセシリオは苦々しい表情を浮かべる。
「ですが……」
「荷物持ちのエドが勇者の遺体を持ち去りました」
「何だと!」
国王が立ち上がる。
「勇者様のご遺体を……!」
「私も止めようとしましたが間に合いませんでした」
「エドはそのまま逃走しております」
貴族たちが騒ぎ始める。
「許せん!」
「勇者を冒涜したのか!」
「なんという男だ!」
国王は怒りを露わにした。
「冒険者エドを逆賊として指名手配する!」
「勇者の遺体を取り戻せ!」
「生死は問わん!」
こうして。
第三王子セシリオは魔王を討った英雄となった。
そして。
荷物持ちのエドは王国全土の罪人となった。
誰も知らない。
勇者アカネがまだ生きていることを。
森の小さな廃小屋で。
本当の勇者が静かに息をしていることを。




