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第三話 目を覚まさない勇者

 魔王城を後にエドは必死に走っていた。


 腕の中には勇者アカネ。


 息は荒い。


 足はもう限界だった。


 森の中をどれだけ走っただろう。


 ようやく朽ちかけた小屋を見つけた。


 屋根は半分崩れ、壁も穴だらけ。


 それでも雨風はしのげそうだった。


 エドは小屋へ駆け込む。


 床の埃を払い、アカネを静かに寝かせた。


 胸は上下しない。


 体は冷たい。


「勇者様……」


 返事はない。


(なんで俺はこんなに必死なんだろう)


 エドは壁にもたれかかる。


 そして昔のことを思い出していた。



 俺には前世の記憶がある。


 日本という国で生きていた。


 どんな人生だったのか。


 細かなことはもう思い出せない。


 だが、気がつけばこの世界のスラムで生きていた。


 両親の顔は知らない。


 名前も知らない。


 それでも生き残れたのは前世の知識があったからだ。


 転生の恩恵なのか、幸いにも力には恵まれていた。


 怪力。


 それが俺の唯一の才能だった。


 力と要領だけで冒険者になった。


 必死に働いた。


 コツコツ依頼をこなし、気がつけば三十六歳。


 ソロの冒険者としてBランクまで上り詰めていた。


 そろそろ引退しよう。


 どこか田舎で静かに暮らそう。


 そんなことを考えていた。


 だが。


 王城から呼び出しが来た。


 断れる雰囲気ではなかった。


 通されたのは宰相の執務室。


 豪華な部屋だった。


 平民の冒険者が入るような場所ではない。


 白髪の老人が机の向こうからエドを見下ろしていた。


「お前が冒険者エドか」


「はい」


「Bランクのソロ冒険者だそうだな」


「運が良かっただけです」


 宰相は鼻で笑った。


「謙遜するな」


「いや、冒険者など元より運任せの稼業か」


 その言葉には明らかな侮蔑が混じっていた。


「これから話す内容は国家機密だ」


「口外した場合、王国への反逆とみなす」


「その意味は理解できるな?」


 エドは静かに頷く。


「魔王が復活した」


「近く勇者を召喚し、討伐隊を派遣する」


「お前にはその勇者の補助要員になってもらう」


「荷物を持て」


「雑事をこなせ」


「命令があれば従え」


「以上だ」


 あまりに簡潔だった。


「……私に戦えということでしょうか」


 宰相は冷たい目を向ける。


「勘違いするな」


「お前のような平民冒険者に勇者の護衛など期待しておらん」


「王国騎士と宮廷魔術師がいる」


「お前は荷物持ちだ」


「それ以上でもそれ以下でもない」


 エドは言葉を飲み込んだ。


「断ることは……」


「できると思うか?」


 宰相の目が細くなる。


「王命だ」


「従えば褒賞を与える」


「拒めば王命への反逆として扱う」


「冒険者ギルドもお前を守らん」


「お前一人が消えたところで困る者もいない」


 静かな声だった。


 だが脅しとしては十分だった。


「……承知しました」


「賢明だ」


 宰相は興味を失ったように書類へ視線を落とした。


「では下がれ」


「勇者の荷物持ちとして、せいぜい役目を果たせ」


 エドは深く頭を下げる。


 そして部屋を後にした。

 

 断れば、たぶん俺は消される。


 だから従った。


 そして数日後。


 再び王城へ呼ばれた。


 今度は謁見の間だった。


 勇者パーティとの顔合わせ。


 そこにいた。


 黒髪。


 黒い瞳。


 どこか懐かしい顔立ち。


 異世界から召喚された勇者。


 西谷アカネ。


 年齢は高校生くらいだろうか。


 周囲の貴族たちは微妙な顔をしていた。


 噂は聞いていた。


 異世界人は醜い。


 この世界ではそう言われている。


 この世界の人間は総じて顔立ちが整っている。


 そのせいか、日本人のような顔立ちは、この世界では受け入れられないらしい。


 アカネはエドの前に歩いてくる。


 柔らかな笑顔だった。


「あなたが同行していただける冒険者のエドさんですね」


「私は勇者として召喚された西谷アカネです」


「こちらだとアカネ・ニシタニかな?」


「これからよろしくお願いします!」


 エドは少し驚いた。


 貴族でもない。


 平民の荷物持ちだ。


 普通なら話しかけもしない。


「冒険者のエドだ」


「雑事を任されている。遠慮なく言ってくれ」


 無難に答えた。


 他のメンバーは違った。


 男騎士。


 女宮廷魔術師。


 女僧侶。


 女斥候。


 女戦士。


 誰も平民のエドなど見ていなかった。


 国王が現れる。


「皆、よく集まってくれた」


「ここにいる者たちを魔王討伐隊として派遣する」


「明日の朝、選抜された二千の兵と共に出発してもらう」


「今宵は出発式だ。英気を養い、明日に備えよ」


 そうして解散となった。



 そして現在。


 エドはアカネの冷たい手を握る。


「勇者様、死なないでくれ……」


 静かな小屋に、その声だけが響いていた。

 

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