「先端AI研究所の御堂真理」 07
2025.4.28 11:30 都内雑居ビルの一室
「一応、変な仕掛けが無いかどうかだけ見ておくわね」
教主が残したノートPCの電源を入れる前に、麗蘭が何やら調べ始めた。
「痕跡を消すのが上手い奴だから、何か仕掛けてる可能性もあるからね」
麗蘭がゴソゴソしている横で、真理が桐生の手にしている鏡に目をやった。
「その中央にはまってるのってもしかして、“豪運君”?」
「です。見てくださいよ。まるで前からそこにあったかのようなフィット感」
「そうか、じゃあこれが最後の啓示ね」
「どゆこと?」
「SOPHIAから桐生君に当てて2つの指示があったように、私にも1つやらなきゃいけない事が示されたのよ。それも今」
真理が示したSOPHIAの携帯端末にはまたしても謎かけのようなメッセージが表示されていた。
“諏訪大社に伝わる古代鏡の伝説をなぞりなさい。誰が何をすべきかは、自ずと明らかになります。急いで”
「・・・これって、今から長野県に行けって事すかね?」
「奇遇ね。私にもそう読めるわ」
「私は行かないわよ」
教主のPCを一通り調べ終えた麗蘭がはっきりと言い放った。
「ただでさえ寝てたところを叩き起こされて特殊メイクして変なもの見せられて獲物には逃げられるなんて目に遭ってるのに、今から長野?冗談じゃないわ。私は帰って寝る。誰が何と言っても寝る!今度こそ起こさないでね!」
ノートPCを宮本に預け、麗蘭は後ろを振り返ることもなく去っていった。
「美容の敵は人類の敵、を地で行く子だからなあ・・・ま、仕方ないか」
「俺たちも行ったほうがいいか?」
「いえ、宮本刑事と南刑事は急ぎ警視庁に戻ってPCの情報分析を進めてもらってください。ひょっとすると金曜日に既に指示を受けてしまっている信徒がいないとも限りません。それと」
「何だ?」
「この鏡をお借りしていってもいいでしょうか?大切な証拠品であることは重々承知なのですが・・・」
宮本は一瞬だけ考え込んだが、すぐに答えを出した。
「御堂さんのAIが弾き出した答えだ。今は分からないが、きっと大切な意味があるんだろう。承知した」
「ありがとうございます。お願いついでに、諏訪大社の方に私たちの身元保障をいただけるようお手配いただくとありがたいのですが・・・」
「それも承知した。極秘操作の一環で協力をいただいている研究者の方だから丁重に対応いただくよう伝えておこう」
「助かります!よろしくお願いします!」
「じゃ、また何かあったらいつでも連絡をくれ」
「私も皆さんのためなら、いつでも駆けつけます!」
宮本は真理の勢いに楽しげな笑みを浮かべ、南と共に去っていった。
「さて、諏訪大社だけど。ここから車でどれぐらいかかる?」
「順調に行けば4時間半から5時間てとこですね」
「何とか常識的な時間には着きそうね。先方へのアポ取りと説明、マイクへの情報共有と諏訪大社に伝わる古代鏡の謎でヒットするものについてはギリギリまで調べてみるから、運転お願いできる?」
「イエス、マアーム!」
二人は乗ってきたハイエースが置いてある駐車場に向かって走り出した。
◇◇◇
2025.4.28 16:00 長野県・諏訪神社本宮
宮司の八重垣は落ち着かない様子で訪問者を待っていた。昼過ぎに突然かかってきた警視庁捜査一課の刑事と名乗る男からの電話を皮切りに、紹介された御堂と名乗る女性からの依頼。「古代の鏡に関する文献や言い伝えがあれば是非教えて欲しい。夕方には着くと思うのでご協力をお願いする」という旨の内容だった。
捜査一課と言えば殺人事件を担当する部署のはず。暴力とは無縁に近い人生を送ってきた八重垣にとっては晴天の霹靂だった。知らないうちに何かの事件に巻き込まれるようなことをしてしまったのだろうか?そして鏡に関する伝説?一体何の関係が?
最も有名なのは御神体でもある“真澄鏡”である。祭神諏訪明神が携えたものとされる神宝で、一般公開される事はなく宝物殿に安置されている。これの事か?と思ったが念のため八重垣は宝物庫の目録に他の鏡の記載を探した。
ある。しかも結構いわくつきの品だ。関連する古文書に記載されている内容は、今話題になっている連続猟奇事件を想像させるような血生臭い記述に彩られている。それゆえこちらも一般公開はされず宝物庫の奥に封印されるように収められていた。不安を感じた八重垣が向かった宝物庫に“真澄鏡”の姿を確認した八重垣はホッと胸を撫で下ろす。が、次の瞬間身体中の血液が凍りつくような衝撃に襲われた。もう一つの鏡。封印されていたはずのそれがかつて鎮座していたであろう場所に残されていたのは、埃が薄く積もる円形の跡であった。
◇◇◇
2025.4.28 17:00 長野県・諏訪神社本宮
陽が落ち始めたとはいえ日没にはまだ少し早い17時。真理と桐生が乗った白いハイエースが諏訪大社の駐車場に姿を現した。
「さあ、急ぐわよ!」
真理の言葉に桐生が無言で頷く。道中オンラインで諏訪の古代鏡に関する情報を調べまくってはみたものの、殆どが“真澄鏡”に関する考察と記録であった。残念ながら今真理が持っている鏡とはその特徴が一致しない。
「頼むわよ・・・」
一縷の望みをかけ、一礼ののち鳥居をくぐる。と、真理たちの姿を見つけた宮司と思わしき壮年の男性が小走りに寄ってきた。その表情に余裕はなく、追い詰められた感さえある。
「宮司の八重垣と申します。御堂さんとお連れ様ですか?」
「はい、私が連絡をさせていただいた御堂と申します。こちらは助手の桐生」
「桐生と申します。よろしくお願いします」
「早速なのですが、古代鏡についてのお話をお伺いできれば幸いです。“真澄鏡”以外に諏訪大社に伝わる言い伝えなどはございますか?」
「ええ、ありました。それが御堂さんたちがお探しになっているものと同一のものを指しているのかは分かりませんが・・・」
「あるんですね?是非、お話をお聞かせ願えますか?」
「それはやぶさかではないのですが一つ問題がございまして・・・」
「問題?」
「ここでは何なので、社務所へお越しいただけますか?」
八重垣の様子にただならぬものを感じた真理は一瞬桐生に目配せし、八重垣の目を見ながら答えた。
「承知しました。ご案内願えますか?」
カラスがひと泣きし、何処かへ羽ばたいていった。陽は落ち始め、夕闇が不安を増すように広がり始めていた。




