「先端AI研究所の御堂真理」 06
2025.4.27 6:00(1日前) 東京・真理の研究室
東の空が白み始める頃、A2ZとSOPHIA、TRUTHによるREZON3者会議はようやく決着を見た。途中経過ではそれこそ真理と麗蘭の代理戦争が起きそうなほど紛糾したが、桐生特製のアップルパイが刺々しい雰囲気と空腹を洗い流し、会議は血を見ることなく無事に終了した。
「じゃあ、やる事を整理するわね」
真理が総括を始める。
「まず信徒が犯行に及ぶ前段階で必須と思われるもの。これは黒幕との直接面談による最終洗脳。流石にオンライン上のやり取りだけであれだけの人数が狂信的になれるとは考えにくい。なら犯行の前に直接コンタクトを取り、指定した場所で説得なり洗脳が行われるはず。
で、その連絡方法だけど警察がいくら頑張っても足取りが掴めないことからかなり特殊な仕掛けがされている。でも電子情報である以上一瞬の形跡も残さず送受信することは不可能。という事で、これはアンダーグラウンドの情報に長けたTRUTHにお願いするわ」
麗蘭が心得た、と軽く右手を挙げる。
次に現場。指定場所と時間を確認したら、それまでに出入り口と潜入場所を確保して備える。こればかりは規模も何も今すぐには分からないので分かり次第A2Zによる内部解析と、計画の立案をマイクにお願いするわ」
「マンションの一室だった場合なんか、事前潜入できる部屋が都合よく空いてるとは限らないんだが?」
「そのための札束でしょ?何のために持ってるの?」
「真理、もう少しオブラートに包んでくれると嬉しい・・・」
マイクがやや煤けた顔で同意した。
「そして最終確保。これは家宅侵入で訴えられるリスクを避けるため、宮本刑事にお願いしたいの。事前に令状が取れそうなら良いのだけど、多分現行犯逮捕になるわ」
「そうなるだろうな。本庁にも話は通しておくよ」
「で、万が一取り逃した場合に備えて建物の入り口は南刑事にお願いします」
「了解であります!」
「で、ここからがSOPHIAの提案なんだけど」
「俺の出番っすか?」
興奮気味の桐生に頷いて真理が続ける。
「SOPHIA曰く、私と桐生君は宮本刑事と行動するように、って。あと桐生君には個別の指示が出ているわ」
「特務って奴っすか?」
「ちょっと要領を得ない文面なんだけど・・・2つあるわ。1つ目はささやかな幸運の象徴を携える事。2つ目は然るべき時に、然るべきものを然るべき場所に。これだけよ」
「本当に要領を得ないですね。前から思ってたんすけど、SOPHIAって俺のことあんま好きじゃないんすかね?」
「それはSOPHIAに聞いて」
「やめときます」
「誰がいつ、何をするのか。ほぼ決まったわね!」
「麗蘭のサーチさえハマれば、負ける理由がないね」
「私が外すはず無いでしょう。そう言うのを何て言ったっけ・・・猿も木から落ちる?」
「麗蘭さん、それ全く逆の意味っす」
かくして“魔の金曜日の終わらせ方”は実行フェーズに移行した。
◇◇◇
2025.4.28 6:30 東京・真理の研究所
「信徒の名前と落ち合う場所が分かったわ!」
麗蘭から待望の知らせが入ったのは調査開始から約24時間後の事だった。
「信徒の名前は八代ふみ。32歳の独身女性。男好きのする顔立ちで、職場の上司と不倫関係になった後上司の家庭が崩壊して二人とも解雇。それ以前にも浮き名を流していて、かなり情緒が不安定になっているみたい。もうダメだってメッセージにAI教が白羽の矢を立てたみたいね。
落ち合う場所は**町の雑居ビル8階にある“国際通商商事”で今日の10時。そこで“特別教義”を行うそうよ」
「じゃあ、位置情報をマイクに送って具体的な作戦を進めるわね!」
「流石に起きっぱなしで眠いから、私はこれから寝させてもらうわ。2日は寝たいから、夢の中で成功の連絡を待ってるわね」
「ありがとう、麗蘭。ゆっくり休んで」
「どういたしまして。じゃ、おやすみ〜」
麗蘭のログアウトから間をおかずマイクへの情報共有と協力を依頼する。
「了解した。今ざっと外観を見る限り小さな建物だから、対策はしやすいと思う。念のためその八代っていう女性の動きはトレースしておいてくれ」
「分かったわ。宮本刑事にも話して、それとなく見張ってもらうようにするわ」
「完璧だ。では、こちらも期待に添えるよう手を尽くすよ」
「お願いね。期待してるわ」
桐生が意気揚々と研究室に入ってきたのは正にマイクとの会話が終わった直後だった。
「あら、どこへ行ってたの?」
「SOPHIAからの指令ひとつ目をクリアしましたよ。見てください、これ!」
自慢げに掲げた桐生の左腕には水晶が連なった派手なブレスレットが光っている。
「ええと、その、趣味のいいブレスレットはまさか・・・?」
「苦労しましたよ!これこそ今巷で噂のスーパーアイテム“豪運君”です!特にこの中央に配置された巨大水晶球が従来比500%アップの豪運を引き寄せ、家内安全商売繁盛、安産厄除け運勢アップと異次元の効果をもたらす逸品です!」
「何でそんなのに引っかかったの?」
「失礼な!これは熊野の知られざる伝説の修験者、天雲上人がその霊力を込めた伝説の勾玉の近くにあったらしい水晶から作られたっぽい幻のお品ですぞ!」
「で、本当のところは?」
「Amazonで1980円」
「高級品ね」
「気休め程度でいいと言われたとはいえ、せっかく験を担ぐなら派手な方がいいっしょ?」
「効果のほどに期待するわ」
「そうっすね。その時は速攻で5つ星レビューを投稿しますよ」
笑いながら語る二人は知らない。それが本当に豪運をもたらすアイテムであった事を。
◇◇◇
2025.4.28 8:00 東京・麗蘭の部屋
麗蘭は夢を見ていた。彼女は必死に逃げている。追いかけてくるのはスマホの着信音。逃げても逃げても追いかけてくる。
「もう、何でこんなにしつこいのよ!」
悪態をつくが手足を生やして猛ダッシュで追いかけてくるスマホは徐々に距離を詰めてくる。待受画面にしたチューリップ畑がむしろシュールで怖い。そしてついにスマホの手が麗蘭の腕を掴んだところでハッと目を覚ました。枕元ではさっきまで夢の中にいたスマホが盛大に着信音を鳴らし続けている。
「夢・・・じゃなくて誰よこんな時間に!」
どこのどいつが、と不機嫌な顔で画面を見る。発信者はMari Mido。
「ゆっくり休んでとか言ってたくせに・・・」
寝たふりを決め込もうかと思ったが、着信音が鳴り止む気配は無い。
「重い女はモテないわよ・・・」
諦めて通話ボタンを押すと切迫した感じの真理の声が飛び込んできた。
「良かった!麗蘭!ちゃんと生きてたのね!」
「・・・何縁起の悪いこと言ってんの。2日は寝るって言ったでしょ?」
「ごめん、それどころじゃなくなったの!」
「それは私の貴重な睡眠時間を奪う価値があるぐらいの重要案件?」
「超重要!調べてもらった八代さんなんだけど」
「風邪でもひいた?」
「昨日から行方不明なの!」
「はいっ?」
「だから、肝心の八代さんが行方不明になっちゃってて、警察も調べてくれてるんだけど携帯にも出ず・・・」
「最悪ね。事件を起こす前に別の事件に巻き込まれたって事?」
「分かんない!どうしよう、麗蘭?」
「どうしようって・・・マイクやSOPHIAは何て言ってるの?」
「ええと、それが・・・」
「分かった。そういう事ね。結論が出てるんだったら初めから言いなさい」
「ごめん・・・」
「いいわ。じゃあ万が一のため外見はなるべく寄せるから、八代さんのお宅に入れるよう刑事さんに頼んでおいてくれる?9時までには着くようにする」
「分かった!麗蘭、ありがと!」
全く世話の焼ける子だこと。麗蘭は几帳面に寝具を整え、バスルームへ向かった。




