「先端AI研究所の御堂真理」 05
2025.4.28 都内雑居ビルの一室
うずくまる女に立ち尽くす教主。対峙する真理と宮本、その後ろに桐生。趨勢は決したかに見えた。刹那。教主が祭壇の後ろへ素早く回り込んだ。
「ここに来て悪あがきってのも感心しないな。撃たれる前に両手をあげろ」
宮本が油断無く拳銃を構えながら警告する。こいつは絶対野放しに出来ない。
「それは困った。言う通りにするから撃つのは勘弁いただきたい」
教主はゆっくりと両手をあげ、落ち着いた口調で答える。真理は憎しみのこもった厳しい視線を送り、うずくまっている女性の方をチラッと見た。ショッキングな事が続き混乱しているのかも知れない。と、教主が変わらず落ち着いた声で続けた。
「お二人にお伺いしたい。この世に罪を犯す事なく生きている人を見た事がありますか?」
「何が言いたい?」
「いや、まるで正義の味方のようなあなた方は人を裁けるほどに清らかな人生を送ってこられたのか、ほんのちょっとした興味ですよ」
「そういうあなた自身はどうなの?」
「私ですか?あなた方の基準で言えば罪に塗れているんでしょうなあ。しかし、それを上回る救済が私自身を救っているという自覚はある」
「これ以上言いたいことがあるなら法廷で好きなだけ言えばいい。今は大人しく投降しろ」
「それについてはやぶさかでは無いのですが、先の質問にお答えいただきたい。あなた方は罪を犯した事は無いのですか?」
「そんな人間がいる訳ないでしょう!意図せず人を傷つける事なんて誰にでもあるわ!」
「刑事さんもそう思われますか?」
「この商売やってて、人様に恨みを買わないなんて事はあり得ないんでな」
「そうですか。では良い頃合いでしょう。この鏡にあなた方の犯してきた罪、最もあなた方を苦しめているものが映し出されているはずです」
「ダメだ、見ちゃいけない!」
危険を察知した桐生の声は少しばかり遅かった。まず宮本の目から力が失われ、構えていた拳銃はだらりと垂れ下がった。
「違うんだ。そうじゃないんだ。俺は絶対に捕まえてやるつもりだったんだ。時効さえなければ・・・奴を追い込めたはずなんだ!そしたらあのガキも笑ってくれたはずだったのに・・・」
ガックリと膝をつき、自責の念に苛まされているのが分かる。教主が追い打ちをかけた。
「そう、あなたは真摯に向き合ったんですよ。だが犯人を逃したという事実は変わらない。しかしよく考えてみてください。悪いのはあなたですか?罪を犯しながら逃げ切れる時効という間違った仕組みがあなたを苦しめているのです」
次いで真理が両手で顔を覆いながら涙声で話し始めた。
「智香・・・お姉ちゃんを許して・・・あなたの苦しみを理解してあげられなかったお姉ちゃんを許して・・・」
泣きじゃくる真理に教主が優しく残酷に声をかける。
「妹さんはずっと心の中で叫んでいたんでしょうね。お姉ちゃん、助けてって。残念ながらあなたはその声を聞くことが出来なかった。もう、取り返しは効かない」
へたり込んだ真理を見て教主は満足そうな表情を浮かべる。これで二人を無効化した。後はついてきただけに見える単純そうな若者だけだ。教主は勝利を確信した。
「そこのあなたには何が見えますか?」
殊更優しい声で桐生に問いかける。桐生は素直に鏡を見つめ、やがて彼の口から素直な気持ちが打ち明けられた。
「うっすらと俺が映ってます」
教主はやや拍子抜けしたが、気を取り直してもう一度訪ねた。
「よくご覧なさい。あなたの背負う業が見えてくるはずです」
桐生はツカツカと鏡に歩み寄り、鼻先がつくほどに覗き込んだ。
「やっぱ俺の顔しか見えないっす」
そんなバカな!こいつには罪の意識ってもんがないのか?教主の背に嫌な汗が流れた。
「ひょっとしてこれの事を言ってたのかな?」
桐生は軽くいうと無造作に鏡を手に取って眺め始めた。
「き、貴様、神聖なる鏡に何をしている!」
明らかに狼狽える教主を気にする事もなく、桐生は鏡を裏返した。
「あるべき所にあるべき物を・・・ここか?」
桐生は左手に付けていた安っぽい水晶の数珠が連なったネックレスからひときわ大きな物を台座から取り外し、鏡の裏側に施された丸い窪みに当てがった。
「おっ、ミラクルフィット!」
その瞬間それまで鏡が醸し出していたおどろおどろしい気配が消え去り、幻覚を見せられていた3人の目に光が戻り始める。
「ふざけるな!貴様のせいで、救われるべき魂が救われなくなったのだぞ!」
桐生は大して興味のなさそうな顔で教主に答えた。
「あなたは罪を犯しました。でももっとひどい奴を懲らしめたら神様が救ってくれます。って、そんなうまい話あるわけないっしょ?先生たちもいい加減立ち直ってくださいよ」
正気に戻りつつある真理たちに先んじて行動を起こしたのはうずくまっていた女性だった。
「よくもこんなしょうもないもんで・・・しょうもないもん見せてくれたわね!」
見た目からは想像できない鋭い拳が教主を襲い、カーテンの向こうに吹っ飛ばされた。腰を伸ばし、髪をかき上げた麗蘭が追撃しようとカーテンの向こうに消えた教主を追う。が、そこには開かれた窓と向かいのショッピングモールにつながっていたであろうロープが今まさに断ち切られる所だった。悠々と立ち去る教主を苦々しげに見つめながら、
「で、例のものは見つかった?」
と麗蘭が真理を振り返る。真理は祭壇のあたりをゴソゴソ探り、目当てのものを見つけたようだ。
「流石にこれを持って逃げる余裕はなかったみたいね」
その手にはAI教に関する情報が収められていると思しきノートPCが禍々しい姿を見せていた。




