「古都の夢」 05
2015.8.1(10年前) 午後/竜宮庵
夏休みに入り、久保山家は京都へ家族旅行に来ていた。ちょっと奮発し、恵が最近ハマっているアニメのモデルになった宿を取ってみたところ、恵は
「すごい、本当にお城がある〜!」
と感激した様子だった。食後は貴船を散策し、敷かれた布団で川の字になりながら宿の逸話に花が咲く。
「ここで寝たら、未来に起こることが夢に出てくるらしいで」
「恵は、どんな夢を見んのかな?」
「お姫さまー!だって、お城があんねんで?私絶対お姫さまやろ!」
「竜宮城やから、乙姫様かな?」
「それ、海のお話やん?ここ山やで!」
「はは、やられたな。これは恵が正しいわ」
「はいはい。ほな、起きたら教えてな」
「うん!」
目を瞑ると、恵はすぐ眠りに落ちた。ふかふかの布団と、両親の優しい気配。ゆっくり、ゆっくりと夢の世界に落ちていく感触。そして・・・
目を開けた恵の目に飛び込んできたのは旅館の部屋ではなく、アニメで見たお姫さまのお部屋。
「・・・嘘やん。ほんまにお姫さまになっとる!」
恵はベッドを飛び出し、部屋の外に出てみた。白壁に赤い柱。緑色の瓦は竜宮庵と似ているが、廊下はどこまでも続いている。見上げると、建物の一番上は見えないほど高く聳えていた。
と、近づいてくる足音。振り返ると、綺麗な着物を着た女の人が立っている。
「あなたが・・・そうなの?お名前は何と仰るの?」
「ええっと、私?私の名前は久保山恵と言います。八歳です」
「久保山・・・お母様の旧姓は?」
「お母ちゃんは結婚する前、有楽って言うてました」
「有楽・・・そう、あなたなのね。でも、まだ早い・・・」
「早いって、何が?」
「あなたはこの城の姫君となり、全てを手にするお方・・・」
「そうなん?ほんまに?」
「これより十の歳月を待ちましょう。あなたが十八となるその時、再びここに招かれるでしょう」
「十年?長いわー。十秒にまからへん?」
「時が、必要なのです。その時にまた、お会いしましょう・・・」
白い霧がかかったように、すべてが消えていく。
「待って〜!せめて十日〜!」
「何がや」
答えたのは父の野太い声。気付くと、恵は両親に挟まれた布団の上で手を伸ばしていた。
「十日ってあんた、どんな夢見たん?」
「夢?今の夢やったん?」
恵はキョロキョロと辺りを見回す。
「何か、ええ夢見たみたいやな。お父ちゃんらにも教えてくれるか?」
笑っている両親の顔を見て、恵は今見た夢の興奮を思い出した。
「うん、聞いて!あのな!」
◇◇◇
2025.7.23(現在) 午後/竜宮庵・竜宮の間
「・・・何度聞いても不思議な話ね」
「今年がちょうどその十年目。だから真理さん達が京都の、しかも竜宮庵に行くって言うから、あの時は心臓止まるかと思いました」
「それが予知夢だとしたら、恵ちゃんはその“お城”の姫君になるんだよね?場所は心当たりがあったりする?」
桐生の問いに恵が頭を振る。
「全然。あんな大きな建物、少なくとも日本には無いと思います。中国や韓国でも、あれだけ大きな建物だったら観光地とかで話題になってると思います」
「もしくは、スケール感が違うだけで“竜宮庵”の女将になるって事かも?」
桐生の軽口に、恵が露骨に嫌そうな顔をする。
「それってあの腹黒の嫁になるって事でしょ?絶対嫌です」
「だよねえ。だったら、俺のほうがまだいいよね?」
恵がフッと鼻で笑い、ドスの効いた声で答えた。
「・・・煩悩洗い流してから出直してこいや」
桐生の脳裏に“常闇の壁”での悪夢がフラッシュバックする。
「・・・はい、すみませんでした・・・」
「まあまあ、恵さんも桐生君をいじめるのはそれぐらいにして。桐生君も、デリカシーのないことはあまり言わないように」
「はーい!」
「・・・りょーかい、です」
「それじゃ、これからの事だけど。せっかくなんで祇園祭を見て、帰って夕食をいただいたらゆっくり休みましょう。部屋割りは和室に桐生君、洋室に私と恵さん。内風呂は桐生君が露天風呂で、私と恵さんは檜風呂。明日は貴船神社に伺うので、各自しっかり睡眠をとること。これでいい?」
「異議なーし!」
「オッケーっす!」
「では、いざ祇園へ!」
◇◇◇
同時刻。篝火に照らされた男が社の前に立つ教主に伏していた。
「彼の者が、参りました。全ては、御心のままに……」
風が吹き、篝火が揺れた。何かの意思に応えるように。
◇◇◇
2025.7.24 夜明け前/竜宮庵・竜宮の間
夢を見ていた。
ここは・・・山の中?でも、海の音が聞こえる。
玉砂利の上に、大きな輪っかのようなものと、それを挟んで向かい合う男女の像。奥に小さな本殿。鳥居の前ではためいている幟 (のぼり)の文字が見える。
“浦嶋神社”
ここに、探している答えがある。それは直感と言うよりも、確信だった。
場面が変わり、目の前には白装束の男性。大黒天を思わせる恰幅の良さ。真理と向かい合い、何かを語りかけている。声は聞こえない。しかし、核心に迫る情報だという事は分かる。声を聞こうとするが、どうしても聞こえない。そして場面は変わり・・・
場面が溶け込むように消え、ゆっくりと目が覚めた。目の前には柔らかな間接照明に照らされた天井。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
「おはようございます!」
意識を覚醒させる元気な声。恵も起きたところのようで、ベッドから上半身を起こしてこちらに笑いかけている。
「・・・おはよう、恵さん」
真理はゆっくり起き上がり、夢の内容を反芻する。まるで体験した記憶のように、鮮明に映像が甦る。
「何か面白い夢見れました?私は特に見なかったんですけど」
「・・・見た、と言うより“見せられた”ような・・・はっきりしすぎてて、逆に現実味がないの」
「え、どんな夢ですか?」
「ある場所で何かが起こってる夢。ちょっと頭の中を整理したいから、朝食の後桐生君も一緒の時にお話ししてもいい?」
「いいですよ!じゃあ、ささっと支度しましょうか?」
「そうね。先に洗面台使わせてもらってもいい?」
「了解です!」
カーテンの向こうでは、見事な竹林が朝日を浴びて輝いている。これが予知夢だとしたら・・・真理は軽く頭を振り、浴室に向かった。
◇◇◇
2025.7.24 午後/京都府与謝郡・伊根町の山中
日本三景の一つ、天橋立から海沿いに進むと“舟屋”で有名な町、伊根町に至る。海に直接面した家屋が並ぶ光景は外国人にも人気で、オーバーツーリズムのニュースでもよく取り上げられている。
そしてこの町はもう一つ、誰もが知る童話の一つ“浦島太郎”ゆかりの地としても知られている。主人公の浦島太郎が竜宮城に旅立ったとされる“本庄浜”があり、後に浦島太郎を祀ったのが“浦嶋神社”と言うわけだ。
朝食の後、真理は桐生と恵に今朝見た夢の話をした。あまりに示唆的なその内容は午後の予定を変えるに十分であり、三人は貴船神社の訪問を終えるとすぐさまハイエースに乗り込み一路日本海を目指した。
貴船神社での聞き取りは思わしくなく、“門”や“鳴金”に関する情報を得ることは出来なかった。宮司は申し訳なさそうに
「そういった伝承などであれば、一度“京都国立博物館”に行ってみるのがいいかもしれません」
と教えてくれた。もし午後の浦嶋神社が空振りだった場合、明日はそこを訪問する予定だ。
長らく続いた海辺の道から山中に入り10分が過ぎる頃、ナビが目的地に着いたことを告げる。道沿いの駐車場から看板が指し示す方角に、それはあった。夢の中で見た、輪っかのようなオブジェ。間違いない、ここだ。真理は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
「初めまして、宮司の宇良 (うら)と申します。お電話をくださった御堂さんですね?」
三人を出迎えてくれたのは“白装束を纏った大黒天”という表現が似合う初老の男性だった。丸刈りに福耳、下がった目尻が何とも福々しい。それは真理が夢で見た姿そのまま。特徴を聞いていた桐生と恵も驚きを隠せないようだ。
「突然のご連絡にて恐縮です。東京の“先端AI開発研究所”から参りました御堂と申します」
「同じく桐生と申します」
名刺を持ってない恵に変わり、真理が紹介する。
「こちらは和歌山からインターンで来られている有楽恵さんです」
「有楽です。よろしくお願いします。私は“有る”に“楽”とかいてうらと読みます」
「私は“宇宙が良い”と書きます。同じうら同士、よろしくお願いします。それで御堂さん、本日はどういったご用件で?」
「実は、今朝不思議な夢を見まして・・・」
真理は夢の話から、ここに至るまでの経緯を説明した。
「この神社も、宇良さんも本当に夢に見た通りで。馬鹿げた話ではあるのですが、厚かましくもお伺いさせて頂いたという次第です」
宇良は何事か考え込むように聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「・・・浦島太郎の伝説と夢には、実は深い関係があるのです。一般的には知られていないことなのですが・・・我々はそれを“竜宮の夢”と呼んでいます」
「「「“竜宮の夢”?」」」
「ここに来られたのも何かのご縁。お話しさせていただきましょう」
宇良の口から、“もう一つの浦島伝説”が語られた。




