「古都の夢」 06
478.7.7(約1500年前)/丹後・本庄浜の沖合
雲龍山の麓に住む青年“浦嶋子”は船に乗り釣りをしていた。釣果はなく三日目の夜を迎える頃、五色の亀を釣り上げた。珍しくも美しい亀に見惚れていた嶋子であるが、猛烈な眠気に襲われそのまま眠ってしまう。
どれぐらい眠ったであろうか。目を覚ますとそこには五色の着物を羽織った美しい女性が立っていた。驚いた嶋子がどこから来たのかと尋ねると、美女は“亀姫と名乗り、”常世の国“から来たのだと言う。
「貴方様はその力で常世の国を治めるお方。私は貴方をお迎えにあがったのです」
亀姫の美しさと熱意に打たれ、嶋子は亀姫と共に“常世の国”へ向かう。
“常世の国”には見たこともないような巨大な宮殿が聳え、その美しさは言葉で表すことも出来ない。新たな王を迎える喜びに“常世の国”は湧き、宴は三日三晩繰り広げられた。
幸せの絶頂にいた嶋子であるが、ふと雲龍山の両親に何も告げずに来たことを思い出した。もう七日近くも家に帰っていない。さすがに心配しているだろうと、帰郷の旨を告げるが亀姫の顔色はすぐれない。
渋る亀姫を説き伏せ、「すぐ戻るから」と嶋子は本庄浜に向けて船を漕ぎ出す。その傍らには、亀姫から「“常世の国”に戻るまで、決して開けてはなりません」と念押しをされた玉手箱が置かれていた。
一昼夜船を漕ぎ、間も無く故郷の浜が見えてこようかと言う時、嶋子はまたしても急激な眠気に襲われた。少しぐらいならいいだろう、と横になった嶋子が目を覚ます頃には日は天高く昇っていた。
浜に着くと、何やら自分の記憶とは形が変わっている。不審に思いながら家路を急ぐが、あるはずの場所に家は無く草原が広がっていた。
川で洗濯をしていた老婆に話を聞くと、そこには老婆の更にお婆さんのお婆さんの時代に大きな屋敷があったそうで、跡取りの息子が行方不明になってそれっきり途絶えてしまったと言う。
嶋子はそれから何人もの村人に話しかけてみたが、誰も彼を知るものはいなかった。
失意の中、嶋子は“常世の国”へ戻ろうと決意する。そう決めると、美しく優しい亀姫に会いたくて仕方がなくなった。「開けてはいけない」と言われた玉手箱に亀姫を見た嶋子は、耐えきれずにその箱を開けてしまう。
開けた瞬間、五色の煙と共に亀姫の香りが漂った。愛しい人の香りに恍惚の表情を浮かべながら嶋子は急激に老い、やがて煙となって何処かへ消え去った。
◇◇◇
2025.7.24(現在) 午後/京都府与謝郡・浦嶋神社
「・・・と、ここまでが知られている“浦島太郎”の物語です」
宇良が一息つくように話を区切った。真理たちは瞬きを忘れたかのように聞き入っている。
「ここからが一般には知られていない話になります。浦嶋子以降も、同じような事が何回か起きているのです」
「ええっ!」
「鎌倉時代に、身元不明の男が乗った小舟が相次いで発見されました。見つかった男たちは一様に“少し眠っていただけだ”と証言していますが、皆自分がいる時代は遥か昔のように語りました。身元が分かるまで宿を貸した者もいたのですが、例外なく数日のうちには跡形もなく消えてしまったそうです」
「“常世の国”に行ったのは、嶋子さんだけではなかった・・・?」
真理の言葉に宇良が頷く。
「それらの話を一つのものとして、生み出された架空の人物が“浦島太郎”と言うわけです。この不思議な現象について、いくつかの考察がなされました。山陰や北陸の他国に攫われていたのではないか、あるいは海を渡り外国に行っていたのではないか、そもそも渡来人であったのではないか、など。しかし、いずれも決め手に欠けます。
そんな時、嶋子がこの神社の宮司の夢枕に出てきたのです。
“我らは強い睡魔に襲われてから帰って来るまで、実はずっと眠り続けていた。“常世の国”とは文字通り“この世にはない”場所で、それは所謂“夢の中”・・・今まさに自分達が語り合っているこの場所だ。そして夢の世界の一夜は、現世での百年にもなる“」
宇良の言葉が続く。
「この時の流れが異なる世界に迷い込む現象を、我々は浦島太郎の寓話にちなみ“竜宮の夢”と呼んでいます」
沈黙が空間を支配する。風に揺れる木々がさざめく中、心臓の音が異様に大きく感じられた。




