「古都の夢」 03
2025.7.14 10:00 東京・真理の研究室
相変わらず曖昧なメッセージしか残さないSOPHIAのヒントを解析するため、REZON3者会議を開こうとした真理。しかし麗蘭は全く連絡がつかず、マイクもなかなか呼び出しに応じなかった。ようやく繋がった画面には疲弊し切ったマイクが弱々しい笑顔を見せている。
「マイク・・・どした?何かあった?」
心配そうに聞く真理への答えは予想以上に深刻だった。
「いや、先日のロケットね・・・社内でも極秘に類する部品を勢いで使ったことが問題視されて、会社を追い出されそうなんだ・・・」
「それは・・・大変ね・・・」
まあ、社長自ら娯楽で機密を海外に漏らしたんだから仕方ないと言えば仕方ないが・・・
「さらに悪い事に、国家プロジェクトにも関わる事だったんでね。会社どころか国を追い出されかねない・・・」
かける言葉も見つからない、とはこの事か。押し黙る真理たちにマイクが再度弱々しい微笑みを見せる。
「と言うことで、しばらく真理たちに協力はできない。通信自体監視されてるから、A2Zだけでも、という手も封じられた。なるべく早く復帰できるよう善処するので、今は許しておくれ・・・分かったよ、もう切るから」
最後は会社の偉いさんに向けた言葉だろうか。通信が切れ、やるせない空気が残された。
「さっきのって、MMRのマイケル・イーサンですか?」
恵が信じられないものを見た目で聞いてくる。
「ああ、そうだよ。で、さっき話した日向ロケットプロジェクトの件でえらい事になったらしい、って話だ」
当時のマイクの張り切りようと美しい結果を知っているだけに桐生の返事も重い。
「せめて麗蘭に相談できれば・・・」
真理のスマートフォンに着信があったのはその時だった。
「麗蘭!全然出てくれないから心配してたのよ!今どこに、って、え?それどう言う事?」
真理の表情が真剣なそれに変わる。
「分かった。私達も恵さんたちを送ったらすぐに向かうわ」
電話を終えた真理に桐生が尋ねる。
「何かあったんすか?」
真理が怒りを湛えた目で桐生に告げる。
「南刑事が刺されたわ・・・AI教に!」
◇◇◇
2025.7.14 12:00 東京・警察病院
明るい木目調の暖色で統一された警察病院。ベッドには腹部を包帯で巻かれた南刑事が横たわり、点滴が音もなく雫を垂らしている。
俯いて椅子に座る麗蘭の背後でドアが開く音がし、真理と桐生が入ってきた。
「麗蘭・・・」
振り向かない麗蘭。泣いているようだ。真理は麗蘭の隣に腰掛け、背中をさすりながら「何があったの?」と小声で話しかけた。
麗蘭はしばらく声も立てず涙を流していたが、ハンカチで拭うとポツリと呟いた。
「私の・・・私のせいなの・・・」
堪えきれなくなったのか、再び涙を流す麗蘭。桐生は南を見ながら、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
◇◇◇
2時間ほど前。覆面パトカーの後部座席では麗蘭が宮本と南に毒を吐きまくっていた。
「何なのあの二人?やる気あんの?というか、何で私がここまでやっても後ろに進むわけ?あーもう、疲れた。脳に上質な糖分を与えてあげないと死にそう」
宮本も南も暇なわけではないが、一連の事件への協力度合いの高さから麗蘭を大事に扱っている。それに、暴君のようには振る舞うがそれが優しさの裏返しである事も理解しているので何だかんだ言いながら麗蘭の我儘に付き合うことで彼女の抱えるものが少しでも軽くなれば、と考えて行動している。
「じゃ、ここで停めて。エスコートは南にお願いするわ」
へいへい、と宮本は助手席で待機する。麗蘭に付き合うと出費はかなりのものになるが、変な店の悪い女に貢ぐよりはマシだろう・・・いや、似たようなもんか?
宮本がそんな事を考えている由を知るはずもなく、麗蘭はいつも通り背筋を伸ばしてスタスタと歩いていく。すれ違う男がほぼ振り返るモデルのような美女。南はご一緒できる事に少しばかりの優越感を感じていた。
と、羨望の目で麗蘭を追う視線の中に違和感を感じた。あれは・・・欲望ではなく、ある明確な目的を持った視線。南はそれを“殺意”と呼ぶことを知っていた。麗蘭との距離は相手の方が近い。間に合うか?南は瞬時に駆け出した。
麗蘭の頭の中は混乱していた。ヘタレコンビの事、これから補給する高級チョコレートから選ぶべきラインナップの事、いっそ自分もどこかの高級ホテルでパーっとやってやろうかと言う半ばヤケになった心。だから、その男が目の前に立ち塞がるまで気付けなかった。
「李・・・麗蘭だな?」
ポケットから取り出された青銅の剣が突き上げられる。しまった、と思った時にはもう遅かった。ギュッと目を瞑り、痛みに備える。が、麗蘭が感じたのは何かが自分を突き飛ばす衝撃だけだった。
「?!」
目を開けると、さっきまで自分が立っていたところに南の姿がある。相手の右手に握られたナイフは南の脇腹に食い込み、鮮血を滴らせている。男が激昂した。
「何故!何故邪魔をする!この邪教徒が!」
南は相手の右手を押さえながら、自分の左胸に手を差し込んだ。38口径の拳銃が引き抜かれ、男が一瞬怯む。
「・・・殺しはしないよ。君と一緒にしないでくれ」
冷静に導線を確認し、人がいない場所を探る。同時に発砲音が鳴り、男の左肩から血が吹き出した。男はナイフを手放し、「痛い、痛い!」と叫びながらのたうち回っている。
「南!」
叫びながら走り寄る麗蘭。その向こう側に髪を振り乱しながら駆けてくる宮本の姿を認め、南は安心したように目を閉じた。
◇◇◇
再び病室。一命は取り留めたものの、南の状態は決して楽観視できるものではない。ここまでの経緯を話し終えた麗蘭がようやく真理の顔を見た。誰もが息を呑む輝きは失せ、精巧に造られた人形のような造形の美しさだけが異様に際立っていた。
「今は・・・何ができるわけでもないけど、南のそばにいてあげたい。だから・・・」
最後まで言わせず、真理は強く麗蘭を抱きしめた。
「心配しないで。私にはSOPHIAと、桐生君がいる。だから、大丈夫!」
「真理・・・」
こんなに弱った麗蘭を見るのは初めてだった。桐生の中で、何かが変わりつつあった。




