「古都の夢」 02
2025.7.14 8:50 東京・真理の研究室
「お久しぶりです!ご無沙汰してますっ!」
元気一杯の恵の声が研究室に響き渡る。先ほどまでのピンクな空気はどこかへ消え失せ、爽やかな青春の風に吹き飛ばされてしまった。
「お二人さん、それに麗蘭さんも、先度ぶりやな」
恵に続いて入ってきたのは雲龍。相変わらず怪しいサングラスにアロハだが、短パンとサンダルがスラックスと革靴に変わっているのはせめてもの外出仕様か。
「雲龍さんまで・・・どうされたんですか?」
不思議そうに答える真理に二人が逆に不思議そうな声で答える。
「え?インターンのご相談って、今日じゃなかったでしたっけ?」
真理と桐生の視線が麗蘭に向く。そう言えばそんな話もあったわね・・・影武者をしている時に相談を受けていたのだが、リマインダーに入れるのをすっかり忘れていたようだ。ごめん!とゼスチャーで伝える麗蘭から全てを察した真理は
「いえ、今日で合ってますよ。少し早かったので、びっくりしちゃいました。どうぞこちらへ!」
と応接スペースに二人を促す。
「ここが真理さんの研究室かあ・・・」
物珍しそうに見回る恵の姿が初々しい。二人がけのソファに恵と雲龍が座り、テーブルを挟んで真理が恵の前に腰掛ける。桐生は自然な流れでコーヒーの準備を始め、麗蘭はデスクの椅子で気持ち居心地悪そうにしている。
「あまり広くはないんだけどね。研究はそこのデスクでやってるわ。窓際の席が私で、右前の席が桐生君。恵さんには今麗蘭が座ってるデスクを使ってもらう予定よ」
「う〜楽しみっ!ちょっと座ってみてもいいですか?」
「いいわよ。せっかくだから私と桐生君も座ってみましょうか。麗蘭、ごめんね」
いいわよ、と麗蘭が席を立ち3人がそれぞれの席に着座する。恵は興奮を隠しきれないようだ。
「何か、偉い学者さんになったみたいやなあ」
少し離れたところから麗蘭と並んで恵の姿を眺めながら雲龍が感慨深げに言う。
「せやな、近い将来そないなるで!」
恵もまんざらではなさそうだ。
「それで真理さん」
「なあに?」
「熊野を出てからどんな事があったんですか?メールでは“今度あった時に話すわ”とだけ書かれてたんで、もう楽しみで楽しみで!」
麗蘭・・・投げっぱなしたわね・・・明後日の方を見ている麗蘭とは対照的に目をキラキラさせている恵。どうやらインターンの話は後回しにせざるを得なさそうだ。
「分かったわ。教えてあげる。あの後私達は出雲に向かって・・・」
◇◇◇
「・・・という訳なの。これで4つの“門”が開いたわ。次のヒントがSOPHIAに書かれてるみたいなんだけど、実はまだ見れてないの」
「じゃ、それも見なきゃですね!でも、すごいですね。八岐大蛇の謎を解き!反す刀で天岩戸の宴を再現する!真理さんたち、もう神話の世界の人じゃないですか?」
「そうかもね。いずれ本物の神様に会える日が来るかもしれないわ」
真理が悪戯っぽく笑う。アマテラスの件はうまく誤魔化したので、恵は彼らが本物の神に会った事は知らない。
「そっちはその後いかがですか?」
真理の問いかけに雲龍が答える。
「兄ちゃんのレビューが良うてな。“豪運君”ほどやないけど、どれもええ感じに回っとるわ。これ、ほんの気持ちな」
手渡された紙袋には虎屋の羊羹と“惚れルーン13世”が数袋入っていた。
「これからも頼りにしてるで!何なら、恵の婿に来るか?」
「やだもうお父ちゃん、私はお嫁さんに行く方やで!」
和やかな親子のじゃれあいに見せかけているが、桐生を取り込む下地を固めつつある。真理と桐生は気付いていないが、麗蘭の脳内には限りなく赤に近い危険信号が鳴り始めていた。
「で、話を戻してインターンの話なんだけど」
「せっかくなんで、次の“門”にご一緒させてもらえませんか?」
「へ?」
「だって出雲の鐘巻君は出雲と高千穂、2度もご一緒したんでしょ?私は熊野の1回だけ。不公平じゃないかなー」
「ば、場所と日程によるかな?ちょっと待ってね。SOPHIAに聞いてみるわ」
憑依している間にアマテラスが色々いじったらしく、見慣れないプログラムやフォルダがやたらと増えている。その中から“第伍之門”と書かれたフォルダを開く。同時に何かのプログラムがSOPHIAの中で動き始めたようだ。それも気になるが、“門之場所”と名付けられた文書ファイルの方が気になる。そこには一言こう書かれていた。
“夜ヲ司リシ古都之竜宮庵”
「・・・?京都にある竜宮庵ってこと?聞いたことないわね。桐生君、調べてくれる?」
「イエス、マアーム!」
いつものノリで調べ始める桐生に「やめろ!」と念じる麗蘭だが時すでに遅し、だった。
「“竜宮庵”って名前なのに鞍馬と貴船の間ぐらいにあるお高そうな旅館ですね。口コミでは平均評価4.8。宿自体の評判もさることながら、“不思議な夢”に関する投稿が多いっす」
「不思議な夢?」
「多くの人が“予知夢を見た”って書いてます。それが結構当たる、っていうのもまた評判につながってるみたいですね」
「何か恵さんの時の事を思い出すわね・・・」
「でも鎌倉時代から続いてるみたいですし、夢で有名なのは昔からなんでその線は薄いんじゃないっすかね」
「お高そうだけど、一泊いくらぐらい?」
「安いところで1泊2食付き3万円台から。最高級になると20万越えっすね」
「うわ、所長が出してくれると思えない」
真理が頭を抱える隣で、恵が何かに気付く。高級な和紙を使った封筒がデスクに置かれていた。麗蘭が顔に手を当てて天を仰ぐ。
「・・・これって、“竜宮庵”のチケットですか?ほら、隅っこに箔が押してある」
確かに2枚の封筒には美しい金箔で“竜宮庵”と押された刻印が見える。真理と桐生の顔色が見る見る悪くなる。
「なんだあ、真理さんたち行く気満々じゃないですか!ちなみに期間は、っと」
恵が中身を取り出し宿泊期間を見る。桐生は蒼白になり、麗蘭はすでにどこかに電話をかけ始めている。
「来週!しかも祇園祭じゃないですか!ツインが二部屋、って事は私もお邪魔していいですか?」
「いや、恵さん、これはね・・・」
「そうか、この事だったんだ。実は昔、私達家族でここに泊まった事があるんですよ」
「へ?」
「10年前なんですけど、その時見た夢で10年後にまたここに戻って来なさい、ってお告げがあったの。ご一緒させていただけるんなら、もっと詳しくお話ししますけど?」
やられた。この情報を逃すわけにはいかない。真理は残念さ90%、申し訳なささ10%で桐生に「ごめんね」とアイコンタクトした。桐生は怖くて麗蘭の方を向けない。と、どこかに電話していた麗蘭が通話を終え満面の笑みで振り返った。
「じゃあ、3人で行ってくれば良いじゃない。私は仕事があるから行けないけど、どんなだったかまた感想を聞かせてね」
「ワシも行きたいとこやけど、さっき言うた通り雲龍堂が手ぇ離せんさかいなあ。兄ちゃんと姉ちゃんやったら大丈夫やろ。よろしく頼むわ」
「お父ちゃん、任せといて!私はやるで!」
と、パトカーのサイレンが近づいてきた。
「何や、事件か?」
雲龍が眉間に皺を寄せる。
「違うわ。私が南を呼んだの。メゾン・ド・ショコラの気分だって言ったら喜んでお供しますって」
ごめん、南刑事。このとばっちりの埋め合わせはいつか必ず・・・桐生は心の中で同志に土下座した。
「じゃ、良い京都旅行を!」
去っていく麗蘭は誰よりも美しく、誰よりも恐ろしかった。




