「古都の夢」 01
2025.7.14 7:00 東京・桐生の住むマンション
高千穂から戻った翌日の早朝。桐生は自宅のフローリングに正座して項垂れていた。相対するのはベッドに腰掛けてクズを見下す視線の麗蘭。
「で?」
桐生が正座のままビクッとする。
「何なのあの体たらくは?”漢桐生蓮一世一代の大勝負”って何?」
桐生はまた切腹したくなっていた。
「イッツ・ジャイアニーズム!・・・ふふふ、馬鹿にしてんの?」
真悟、今すぐ介錯してくれ。桐生は出雲の空に願った。
はぁ、とため息をついて麗蘭が続ける。
「もうあんたたちはねえ、自力じゃどうしようもないの。分かる?ヘタレとヘタレが組み合わさっても、救いようのない結果になるだけなのよ!」
それについては全く反論の余地がない。
「だから、強行手段に出ることにしたわ」
え?桐生が上を向く。麗蘭の目が据わっているのが怖い。麗蘭は高級そうなバッグから何かを取り出し、桐生に手渡した。
「・・・これは?」
「京都にある超高級旅館の宿泊券。祇園祭の宵山から3泊取ってあるから、二人で行ってきなさい」
「お、お代はいかほど・・・?」
麗蘭はそんな事はどうでもいい、といった感じで答えた。
「私からの二人への純粋なプレゼントよ。ありがたく受け取りなさい」
「ふ、二部屋ありますが・・・?」
麗蘭がベッドから降り、目線を据えたまま桐生ににじり寄った。
「夜這え」
「はひ?」
「理由なんかどうでもいい。酒飲ませて夜這え」
「そ、それって最近流行りの不同意・・・」
麗蘭が無言で桐生の首元を掴み上げる。
「じゃあ、代案出してみな」
「・・・ありません・・・」
「簡単なミッションよ。今日出勤したらすぐ誘う→有給取る→来週行く→そこで決める。出来るわよね?」
にっこり笑う麗蘭。コクコクと頷く桐生。
「次のヘタレは絶対許さない」
目の奥が笑ってないよ麗蘭さん。ブンブンと頷く桐生。
「フォローぐらいしてあげるから、一緒にいきましょうか?」
かくして史上最も危険な香り漂う同伴出勤が始まった。
◇◇◇
2025.7.14 8:30 東京・真理の研究室
「あら、おはよう!珍しいわね、二人一緒なんて」
白衣を着ながら声をかける真理。機嫌は良さそうだ。
「おはよう、真理!さっきそこで偶然会ってね」
麗蘭も輝かんばかりの笑顔で答える。桐生はプレッシャーからか
「おはようございます・・・」
と覇気がない。荷物をロッカーにしまい、麗蘭から渡された封筒を取り出す。自然に、自然に・・・
「あの、先生!」
「ん?」
SOPHIAを立ち上げてメールチェックを始めた真理に桐生が声をかける。すでに額には脂汗が浮かんでいるが真理は気づかない。麗蘭が「行け!」と無言で促す。
「実はですねえ、今京都では祇園祭が行われておりまして・・・」
「ああ、ニュースでもやってたわね。すごい人混みになるやつでしょ?」
「はい、それはもう」
「わざわざ人混みの中に行かなくてもねえ。涼しい部屋でビールでも飲みながら観ればいいと思うけど、まあそこは人それぞれだし」
視線は画面に固定したまま、世間話として軽く流される。
「いやあ、本当にそうですよねえ。わざわざ暑い思いをしに行かなくても・・・」
雑談に雑談で答えるなこのヘタレ!
声には出ずとも聞こえてきた麗蘭の叱責に桐生の表情が一瞬で固くなる。
「その、祇園祭で一番盛り上がる“宵山”というのが来週23日にありまして・・・」
「行きたいの?いいわよ。有給申請は出してね」
「いや、その、一人でというわけではなく・・・」
「ご家族で?いいわねえ。じゃあ、ちゃんと親孝行しなきゃ」
社交辞令的に答える真理に、桐生が更に言い淀む。
「その、ですねえ、家族ではないんです」
真理が画面から目を離し、桐生に目を合わせる。
「・・・ひょっとして、麗蘭?つまり、そういう事?」
それでか、と勝手に納得した真理のトーンが1オクターブ低くなる。
「私が桐生と?行くわけないでしょ」
このヘタレコンビが。麗蘭がイライラし始めた。さすがにそれはないか、とさしもの真理も気付き脳内ファイルを整理する。桐生君に付き合ってくれそうな子と言えば・・・名探偵真理の灰色の頭脳がピン!と答えを弾き出した。
「初音さんね?まあ、怪しいとは思ってたけど」
勝手になさい、と不機嫌に画面チェックに戻した視線からは何の情報も頭に入ってこないほど動揺しているが、死ぬ気でクールを装う真理。このヘタレ迷探偵が。麗蘭はもはや自ら実力行使に出るしかないと腹を括った。その時。
「・・・家族でも初音ちゃんでもなく、僕は先生と行きたいんです!」
桐生の切羽詰まった声が研究室に響いた。
「わ・・・私?」
あり得ないけどあったらいいな、と心の内で思っていた訳ではない。そして正面から来られると真理の城壁は脆い。見る見る真っ赤になり、何かモゴモゴ言おうとしている。桐生はここぞとばかりに畳み掛けた。
「ここに宿泊券があります」
そんな・・・いきなりお泊まり?真理の嬉し恥ずかしの困惑を悟って桐生が続ける。
「ちゃんと二部屋とっていますので、ご安心ください」
そ、そりゃそうよね。持ち直しかけた真理に桐生がとどめを刺す。
「だから、京都の3日を僕にください!」
これは効いた。真理の脳内がピンク色に染まったのが傍目にも分かる。
「そ、そういう事なら・・・」
初めて告白された女子中学生のような真理と意外な漢気を見せた桐生に、麗蘭は「これが、“親鳥が雛の巣立つ瞬間を見守る気持ち”というやつね」と涙ぐんでいた。もう、あとは若い二人に任せよう。お見合いの仲人のような事を考えながら部屋を去ろうとした時、インターフォンがなった。誰だ!こんな最悪のタイミングで来る馬鹿は!
「はい、こちら御堂研究室!」
一番近くにいた麗蘭が八つ当たり気味に対応する。と、一気に怒気が去り困惑の表情に変わった。
「あら、お久しぶり。麗蘭よ。真理じゃなくてごめんなさいね。すぐ代わるわ」
「誰?」
真理と桐生も思い当たる節がないらしく、キョトンとこちらを見ている。
「・・・熊野の恵さん。何の用かしら?」




