「2025年宇宙の旅」 13
2025.7.12 4:30 日向ロケット発射場
「“宴”、終わっちゃいましたね」
桐生が余韻の残る夜空を眺めながらアマテラスに呟く。
「うむ。非の打ちどころなく完璧であった」
管制塔から、高台から、人の波が押し寄せてきた。
「アマテラス様万歳!」
「マイクさんありがとう!」
「教授、やりましたよ!」
涙を流しながら口々に飛びついてくる。マイクは大木のように学生を受け止め、楠は胴上げされ、アマテラスは人並みに飲まれて姿が見えなくなっていた。
「ええい、鬱陶しい!妾を潰す気か!」
アマテラスらしい一括に笑い転げながら、学生は節度ある距離をとった。
「改めて言おう。見事な“宴”であった!天晴である!」
誰からともなく始まった万歳の大合唱はしばらく続いた。
「さて、皆に告げねばならん」
アマテラスの一言に興奮がピタッとおさまる。
「妾が此度顕現したのはこの“宴”のためである。であるからして、間も無く妾はこの依代に体を返す事となる」
分かっていた事とはいえ、いざ言葉にされると胸にくるものがある。
「じゃが心配するな。妾に会いとうなったら近くの神社に参れ。何せ日の本では“人も歩けば妾にあたる”と言われとるぐらいだからのう」
「そうなの?」
「んなわけないっしょ」
半ば真剣に聞いてきた麗蘭に桐生がため息混じりに返す。
「妾はいつでも皆のことを見守っておるよ。じゃから安心して、自分の思う道を進むが良い」
アマテラスの髪色が茶色から黒に変わり、徐々に元の真理に変わっていく。
「あと桐生殿、必要な事はSOPHIAに伝えておる故、真理殿が戻られたら共に見ておくが良い。では皆、いつまでも壮健での」
アマテラスは現れた時と同じ眩い光を放ち、誰もが同じように膝をつき首を垂れた。
光が収まり、ガクッと崩れる真理。桐生がサッとその身を支える。
「・・・ここは・・・?」
「日向のロケット発射場っす」
「・・・何で?私たち天安河原宮にいたはずじゃ・・・」
「お!姉御!元に戻ったんだな?」
「真悟君?何で君がここに・・・?それにその背中の真理至天の真理ってもしかして・・・!」
「あ、気失っちゃった」
「情報が溢れすぎたからねえ。ま、ホテルに戻ってゆっくり説明してあげようか」
桐生に抱き抱えられた真理をリムジンに乗せ、マイク・麗蘭・初音が乗り込む。マイクは乗り込む間際に楠と固い抱擁を交わし、「また来年楽しもうぜ!」と笑って別れた。
ロケットの発射場には、残された学生たちによるロケット談義の笑い声がいつまでも響いていた。
◇◇◇
2025.7.12 9:00 日向市内のホテル
天岩戸が閉じられた。しかも今回は電子ロック付きだ。
ホテルに戻り意識を取り戻した真理はアマテラスに憑依されていたこと、巫女姿ではしゃぎ回っていたことなどを聞かされ、その時点で既に蒼白になっていた顔は麗蘭からの「部屋の清掃修繕費と影武者代」の請求書を渡され死人のような真っ白になった、そして
「ごめん、今、ちょっと無理・・・」
の一言を残しフラフラと部屋に篭ってしまった。布団を被り、
「恥ずかしい・・・消えたい・・・」
と呟いた声は真理本人にしか聞こえていなかった。
◇◇◇
「さて、どうしたもんかな」
マイクが珍しく真理の扱いに困っている。
「お腹空いたら出てくるんじゃない?」
と麗蘭。
「そんな、子供じゃないんですから・・・」
と初音。
「ま、何とかするんでとりあえず飯食いません?」
そういえば長時間何も食べていなかった。桐生の一言に反対するものもなく、4人は優雅にホテルのブッフェを楽しんだ。
食事の席で麗蘭がそっと桐生に囁く。
「・・・桐生。やるなら、真理が弱ってる今がチャンスよ」
「・・・あれ、ですか?」
「これで落ちない女なんていないから。あとは根性見せるだけよ!」
「・・・よし、漢桐生蓮、一世一代の大勝負に出ます!」
小声で話しているので分からないが、傍目にも麗蘭がワクテカしているのと桐生がピンク気味のオーラを出していることは分かった。
◇◇◇
コンコン、ドアがノックされる。桐生は一息吸ってドア越しに話しかけた。
「も〜い〜か〜い?」
返事がない。麗蘭も初音も「何やってんだこいつ?」という目で見ている。桐生は動じない。もう一度ドアをノックして
「も〜い〜か〜い?」
と間抜けな声で続ける。見かねたマイクが
「さすがにそれはないんじゃ・・・」
と言いかけた時バタン!と勢いよく扉が開き
「まだだって言ってんでしょうが!」
と不機嫌全開の真理が鬼の形相で立っていた。
「まさか、こんな事で・・・」
マイクと初音が同時にこぼしたのは桐生の手腕か真里のチョロさか。いずれにしても天岩戸は開いた。麗蘭が「今!」と桐生に目で合図を送る。桐生が唾を飲み込み、意を決して壁をドン!として真理に向き合った。予想外の行動に目を丸くする真理。
「な・・・何よ?」
桐生は視線を逸らさず、殺し文句を言おうとした。
「お、俺の・・・」
頑張れ、桐生!あと五文字!期待に満ちた麗蘭の視線。
「お、俺のものは俺のもの!」
「お前のものも俺のもの?」
笑みを交わす二人。
「「YES、イッツ、ジャイアニーズム!」」
ハイタッチを交わす真理と桐生。どうやら機嫌も直ったようだ。
「ま、いつまでも気にしても仕方ないし。あそこでジャイアンとはさすが桐生君、分かってるわね。じゃ、帰ろっか?30分後にロビー集合ね!」
「イエス、マアーム!」
にこやかに答える桐生とすっかり立ち直ってドアを閉める真理。良かった良かった。万事解決。
・・・な訳なかった。麗蘭が般若のような上目遣いで人差し指をちょいちょいと動かし、無言で「こっち来いやコラ」と桐生を威嚇している。マイクと初音は見て見ぬ振りをして去っていった。桐生の部屋の扉が閉まる音が、断頭台の落ちる音に聞こえたというのはあくまでも噂である。
◇◇◇
30分後。ロビーに集まった一行の中で1名、見知らぬ人物が混じっていた。
「あの・・・どちら様ですか?」
真理が話しかけた男の顔は試合後のボクサーのように腫れ上がり、目は元の形を判別できない。唇はタラコが細く見えるほどのボリュームがあり、胸ポケットにはグシャグシャに変形した眼鏡であったらしきものが収められている。
「・・・ふぇんふぇい、ふぃりゅうへふ」
「はい?」
「ふゎはら、ふぃりゅうへふ!」
「・・・警察とお医者さん、どっちを呼んで欲しいですか?」
「どっちもいらないわよ」
麗蘭が涼しい顔で言う。心なし拳に血の跡が滲んでいるような気もする。
「それ、桐生よ。あの後階段から転げ落ちたんですって。顔面を集中的に」
「そうなの?ホントに桐生君なの?」
精一杯頷いて肯定する桐生。
「どんな落ち方したらこうなるのよ・・・」
本気で心配する真理に、マイクと初音は不自然なほど目を合わさない。
「で、最後にアマテラス様から何かメッセージを預かったって聞いたんだけど・・・」
無惨に変形してまともに喋れない桐生の顔を見てため息をつく。
「ま、東京に帰ってからね。あと初音さん」
「はいっ!」
ビクッと反応するところはまだまだ成長しきっていないらしい。
「今回、本当に助けられたみたいね。本当にありがとう」
「いえ、私は大したことは・・・それに・・・」
「桐生君の件は本当に気にしないで。悪いのはAI教だし、さらにいえば脇が甘い桐生君のせいでもあるんだから」
「本当にすみませんでした。もう、あんな事はしません!」
言い切る初音の力強さに笑みを返す真理。
「今回私、日向の記憶が殆ど無いからまた来た時には案内してもらえる?」
「是非!お待ちしています!」
「それじゃ、そろそろ行こうか」
マイクに促され、空港に向かうべく一行は黒塗りのリムジンに乗り込んだ。
◇◇◇
同時刻。某所。篝火に照らされた男がフードの教主に平伏し、その言葉を聞いていた。
「・・・約束の時は近い」
第4章 完




