「2025年宇宙の旅」 02
2025.5.30 11:00(約1ヶ月前の会議) 東京・真理の研究室
「宮崎県だって?」
マイクの声が一際高く室内に響いた。
「そうよ。予想が当たって嬉しい?」
麗蘭は平然とフルーツタルトに手を伸ばしながらマイクに尋ねる。マイクは何事か考え込み、やがて口を開いた。
「以前言ってた日本へのバケーションなんだが・・・その行き先が宮崎なんだ」
これには一同がびっくりした。
「宮崎?何でまたそんなところに?」
マイクが少し照れくさそうに言う。
「日向灘に面した街に“日向宇宙工科大学”というのがあってね。宇宙開発に関する人材を育成する事を目的に作られた学校なんだが」
マイクは一度そこで言葉を切る。
「その学校の名物プロジェクトとして、学生主体のロケット開発事業というのがある。講義でもありサークルでもあるという不思議な立ち位置なんだが、年1回アドバイザー兼プロジェクトのお披露目という名目で3週間ほど滞在することにしている。無論、それだけに時間を割くわけでは無いけど」
学生たちにとっては何とも羨ましい環境だ。
「で、いつ来るの?夏頃って言ってたけど」
真理が以前の記憶を辿りながら尋ねる。
「今年は来月、6月22日に東京へ着いて、翌朝から現地に向かう予定だよ」
「そういう事ね。AI教の指示もその時期に行動を起こすことを示唆しているわ」
「今度は何をやらかすつもりなの?」
「こちらは知らないふりをした方が良さそうな内容だから、今のところは秘密。安心して。誰かが刺されるようなことでは無いから」
「そう言われると余計に気になる・・・」
「真理。特にあなたたち日本人は腹芸が下手だから、知らない方がいいのよ」
「すいませんねえ、擦れた大人に成長してなくて」
拗ねた顔を見ながらそういうところがねえ、と思ったが麗蘭は微笑を返すに止めた。
「じゃあ、せっかくだから宮崎までの移動はマイクのプライベートジェットを使わせてもらいましょうか。そこから日向市内のホテルを本拠地にしてマイクはロケット遊び、私たちは天岩戸の調査」
「ロケット遊びって・・・まあ、否定はしないけど」
自らバケーション・ボランティアと言った手前マイクの歯切れも悪い。
「それまでにも出来る情報分析と準備は進めましょう。宮本と南は東京に残ってもらうけど、桐生は特別に同行する栄誉を与えてあげるわ」
「俺、現場に欠席したことないんすけど・・・」
言いかけた桐生だが大富豪のプライベートジェットに乗る栄誉を妬ましげに睨んでくる二人の視線を感じて言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、宮崎組は6月23日の朝に空港集合で。いいわね?」
麗蘭の言葉で会議が終わろうとしたその時。
「REZON3者会議による解析が1mmも進んでないんだけど?」
真理の冷めた一言で皆がハッと現実に戻った。
「宮本さんも南さんも、ちゃんといてなきゃダメですよ?」
真理ににっこりと釘を刺され、宮本は当初とは別の意味でやりにくくなったと渋い顔をした。
◇◇◇
2025.6.23(マイク来日翌日) 12:00 宮崎県日向市・日向宇宙工科大学
黒塗りのリムジンと庶民的なレンタカーが続いて大学の正門前に止まった。前者にはマイクと真理・麗蘭。後者には桐生が一人ハンドルを握っている。降り立った一行にマイクがサングラスをつけながら言った。
「せっかくだから、皆を紹介するよ。特に桐生君。3年生の女子で面白い研究をしてる子がいてね。僕のお気に入りなんだ。可愛い子だから、きっと君も気にいるよ」
という甘言に唆され、桐生は込み上げる期待感を隠すことができずにニヤつき真理の蹴りをスネで受ける羽目になった。
正門前には既に学長以下大学のお歴々が背筋を伸ばして待ち構えており、日本人特有の曖昧な笑顔を全開にして一同を出迎えた。
「Mr.イーサン。ご無沙汰しております。本年もよろしくお願いします」
「永野学長、いつも言ってるがそんなに畏まらないでくれ。学生が緊張してしまう」
マイクは笑いながら学長と握手を交わし、隣の男に親しげな笑顔を向けた。
「Dr.楠。1年ぶりだね。今年も挑戦を楽しもう!」
楠と呼ばれた男は親友に対するような笑顔を返し、マイクと自然にハグをした。
「マイク、こちらこそ頼りにしているよ。いつも通り、遠慮なくやってくれ」
いつも通り?遠慮なく?何故か不穏なワードに聞こえるのは気のせいだろうか。
真理たちの不審な顔を気にする事もなく、マイクは楠の隣に立つ男に声をかける。
「Dr.真田。その後、例の研究はどうだい?」
真田と呼ばれたインテリっぽい雰囲気の男は大人の余裕を感じさせる笑顔でマイクに応じる。その隣には大きめのメガネをかけた小柄な女子が緊張の面持ちで固まっている。
「マイク、おかげさまで順調だよ。比嘉君の成長ぶりを是非見てやってくれ」
比嘉と呼ばれた小柄な女性が緊張に引き攣りながら精一杯の笑顔でマイクに挨拶する。
「マイクさん、ご無沙汰しております。お越しいただきありがとうございます・・・」
比嘉の言葉は最後の方で、マイクによる熱烈なハグにかき消された。
「初音!君に会うのをどれだけ楽しみにしていた事か!またいっそうチャーミングになったんじゃないか?」
初音は顔を真っ赤にし、マイクの腕の中で固まっている。
「・・・セクハラで訴えられるわよ。それよりそろそろ私たちの紹介もしていただけないかしら?」
クールにのたまう麗蘭の言葉に気づき、マイクがはいはい、と初音を解放する。
「こちらは李・麗蘭。学生時代の共同研究者で、今も色々と助けてもらってる。面白サイトで有名な“TRUTH”のエンジニア兼ライターをやっている」
「TRUTH!」
聞いた方の反応は綺麗に別れた。永野学長は生粋の科学者なので、憶測やカルトを含む内容を好まないため少し渋い表情になった。一般的に理系脳を持つ人はそういった傾向があるのだが、楠以下の3名は違った。ロジカルな思考をするが、発明は突拍子もない発想から生まれると考えるタイプなのでむしろTRUTHの記事を楽しんでいる。
「次にこちらが御堂・真理。同じく学生時代の共同研究者で、今は先端AI研究所の研究員をやっている」
「あなたが、あの有名な!お会いできて光栄です!」
真理の名はその筋ではそれなりに通っている。麗蘭とは違った可愛らしい美人に男性陣の顔も自然と綻んでいる。
「そしてこちらは桐生君。真理のアシスタントをしている」
「桐生です。よろしくお願いいたします」
中身はアレだが、外面はそれなりに好青年をこなせる桐生。男性陣はともかく、初音が少し潤んだ瞳でぼーっと見ている。桐生が内心ガッツポーズを取っている事はマイク・真理・麗蘭の3人にはバレバレだったが。
「じゃあ、僕らは一旦ここでお別れしよう。彼女たちは別の用事がメインだからね」
残念そうな教授陣に告げ、マイクが真理たちにウインクする。
「では、ちょこちょこ寄らせていただくかもしれませんので、その際はよろしくお願いします!」
「マイクが面倒をかけると思いますが、大目に見てやってください」
真理と麗蘭が優雅にお辞儀をし、桐生の車に向かう。
「では、今年の進捗から伺いましょうか」
マイクは学者たちに先導され、SPに背後をガードされながら学舎に入っていった。
「じゃ、私たちも天岩戸へ向かうわよ。桐生君、安全運転でよろしく!」
「イエス、マアーム!」
こうして誰も予測できない、怒涛の3週間が幕を開けた。




