「先端AI研究所の御堂真理」 02
2025.4.26 12:00 警視庁近くの食堂
「はい、カツ丼セットお待ち〜!」
昭和の香りが残るこの古い食堂は警視庁の常連も多く、「あそこに入るバカな泥棒はいない」と言われている。
それはさておき、宮本と南は箸を進めながら御堂智香の事件を思い返していた。
事の起こりは10年前。
当時14歳だった真理の妹・智香が都内にあるラブホテルの1室で自らナイフで喉を突き、凄惨な死を遂げた。
同じ部屋にいた複数の少年は智香の返り血を浴びて腰を抜かしながら叫んでいるところを保護され、彼らのスマホや携帯からは見るに堪えない智香のあられも無い姿が収められた写真と動画が多数押収された。しかし2015年当時はまだ少年法改正前であり、20歳に満たない彼らが裁かれることはなかった。その背景として、智香の自殺原因は当時彼女が使用していたパソコンに搭載されていた黎明期の対話型AIにあり、少年たちに負わされた体と心の傷、繰り返される屈辱的な要求に対する回答として彼らの目の前で死ぬ事をAIが繰り返し示唆していた事が判決の決め手となった。
同様に若年層のAI示唆による死亡事件が先進国で問題となるにあたり、徐々にそういった部分への規制が強化されるきっかけとなった。今は一部の闇サイトを除き、死を明示するような回答をAIが示唆することはほぼ無くなっている。
「・・・何ともやるせない事件ですねえ・・・」
「・・・ああ、怒りのぶつけどころが多すぎる。そしてその殆どがどうしようもないと来たもんだ」
「調べてみたんですけど、御堂真理ってそれまでは割と普通の、ちょっと成績が良いぐらいの女の子だったそうです。だけどそこから取り憑かれたようにAIの勉強を重ね、アメリカの大学に進学する頃には既にオリジナルシステムの理論を構築してたみたいですよ」
「18歳でか?」
「はい。で、同級生に二人同じような天才がいて、あの3人にかかれば解けない問題はない、とかいう称賛も込めて“REZONの3賢者”と呼ばれていたそうです」
「別世界の住人だな・・・」
「こうなると、どちらにも取れてしまうんですよね。御堂真理はAIを使って当時の関係者に復讐をしているといったベタなストーリー、逆にAIによる殺人教唆を生理的に嫌悪するがゆえの妄執的な追跡」
「あの目が何に対して怨念めいた光を放っているのか、そこは慎重に見極める必要がある。いずれにしても虎穴に入る覚悟は必要だな」
「研究所に待つのは死の魔女か、救いの聖女か」
南の芝居がかった軽口に、宮本はしばし考え込んで言葉を絞り出した。
「いずれにしても美人である事には違いないさ」
二人は勘定を終え、曇り空の下を歩き始めた。
◇◇◇
2025.4.26 19:50 東京・真理の研究室
朝と同じように玄関のインターホンを鳴らした宮本。対応した桐生は
「先生は今ちょっと手が離せないので・・・」
と恐縮しながら二人を研究室に案内した。
研究室のドアを開けようと桐生がドアノブに手を伸ばしたところ、中から真理の怒鳴り声が聞こえてきた。
「だ・か・ら!今どこにいるの、って、何回言わせるの!笑ってちゃわからないでしょ!いい加減にしなさい!」
恐る恐るドアを開けながら桐生が小声で真理に告げる。
「・・・先生、お二人をお連れしました・・・」
真理はスマホを片手に桐生の方を見る事もなく、手振りで応接に案内しろと指示する。
「・・・お取り込み中かい?」
「いや、昔ながらのご友人なんですけどいつもあんな感じで・・・」
答える桐生の言葉を聞きながら、宮本は初めて真理の人間らしい部分を見たような気がした。
「何?サプライズ?いらないわよそんなもん!とっとと来なさい、って言ってんの!」
その瞬間、研究室の扉が勢いよく開いた。
「ジャーン!実はとっくに着いてましたー!驚いた?」
入ってきたのは研究室よりも銀座の高級クラブが似合いそうな美女。軽くウエーブのかかった髪にやや濃いめのメイク。いかにも高級品と分かる白を基調としたパンツスーツはスタイルの良さを強調しており、然るべきお店でお相手された日にはいくら請求されるか分からない、というオーラを撒き散らしていた。
「麗蘭!あんたのそういうとこがねえ!」
「も〜真理ったら今日も可愛いんだから〜。怒っちゃメッ!」
にっこりと鼻先をつつかれ、どっと疲れたように霧散する真理の怒気。男たちは思った。この麗蘭って人、ただ者じゃない。
「もう分かったから、あんたはこのデスクに座ってTRUTHの準備よろしく。あ、紹介するわね。この子は私の大学時代の同級生で李・麗蘭。TRUTHっていう情報サイトのエンジニアで、世界中をあちこち飛び回っているわ。麗蘭、桐生君はおいといて、こちらのお二人が警視庁からいらっしゃった宮本刑事と南刑事。例のAI教の件で起こしいただいたわ」
「李麗蘭です。お二方、本日はよろしくお願いいたします」
麗蘭の優雅な挨拶に宮本と南はしどろもどろになる。と、南が何かに気づいた。
「今、TRUTHに関わっておられると仰いました?」
「そうよ。ご存じ?」
「知ってるも何も!世界中のネタをあれだけもっともらしく取り上げるサイトはTRUTHを置いて他にないですよ!特に先日の“日本最大の謎・富士と江ノ島を繋ぐ異次元回廊の謎”は目から鱗でした!」
「楽しんでもらえたようで何よりだわ。今後もTRUTHをご贔屓にね!」
「承知いたしました!」
なぜそこで敬礼をする。宮本はこめかみに手を当てた。
「で、本日はもう一人ゲストをお招きしているの。残念ながら日本にいないので、オンラインでの参加になるわ」
ワークスペースと応接スペースの仕切りは脇に寄せられ、壁面には大型のディスプレイが鎮座している。
「ひょっとしてマイクも参加するの?」
麗蘭の声が一段弾む。
「久しぶりでしょ、顔見るの」
真理がやや得意げな顔をしながらオンライン接続を開始する。やがて通信がつながり、マイクと呼ばれる男性の姿が映し出された。瞬間、宮本と南は目を疑う。てっきり知らない外人が出てくると思っていたが、彼らでも見覚えがありすぎる有名人の姿がそこにあった。
「お久しぶり、マイク。忙しいとこ悪いわね。ちゃんと麗蘭も来てるわよ」
「マイク〜また一段といい男になったわね。結婚する?」
「・・・相変わらずの熱烈歓迎感謝するよ、麗蘭。そして真理、桐生君もお元気そうで」
桐生がにこやかに頭を下げる。
「マイク、こちらのお二人が話してた警視庁の宮本刑事と南刑事。あなたも自己紹介する?」
「そうだね。初めまして、お二方。マイケル・イーサンと申します。どうかマイクと呼んでください。真理と麗蘭は大学時代の同期で、今はアメリカを拠点にMMRという会社を経営しています」
南が震える小声で桐生に尋ねた。
「MMRのマイケル・イーサンって、あの、例の、本物?」
桐生はクスリと笑って答えた。
「WEBからロケットまで。世界有数の資産家として有名な、あのマイケル・イーサンですよ」
宮本は思った。どうやら俺は魔女の集会に招かれてしまったらしい。




