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REZON 完全版 コトノハノ鏡 -秘められた神話の旅-  作者: 壇 瑠維
第1部 「神話の門」 第1章

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「先端AI研究所の御堂真理」 01

2025.4.26 東京・有明


 曇天の有明を、1台の覆面パトカーが走っていた。徹夜明けで目の下にクマを作っている宮本に運転している南が声をかける。


「しかし当日の朝一番で、とはまたえらく急かすもんですね」


 宮本は南の問いに目を閉じたまますぐには答えず、昨晩の事を思い出していた。いただいたメールについて話を聞きたい、と返信したところ


 “承知しました。では本日9時に研究所までご足労願います。到着しましたら入り口にインターフォンがありますので受付にて御堂研究室にお繋ぎください”


 と言う極めて事務的ながら有無を言わさない回答が返ってきたのだ。


「あれですかねえ、融通の効かなそうな頑固おばさん的な」

「お前さあ、刑事なんだから下調べぐらいしとけよ・・・」


 まああれだけ現場がバタバタしてる中でそれを言うのも酷な話だが、それでもスマホに名前を入れると記事がずらりと並ぶ程度には有名人だった。


「残念ながらお前と同い年ぐらいの美人さんだ。独自に開発したAIが正倉院で1000年の間謎とされてきた碑文を解いたり、古文書から歴史の常識をひっくり返すような事実を見つけ出したりした事で“若き天才”とか呼ばれてる才媛。こんな事でもなきゃお近づきにはなれん感じのお方だよ」

「美人な上に天才ですか。でもメールの感じからするとちょっと冷たい感じかもしれないですね」

「理系女子のステレオ的な感想で恐縮だが、言葉が噛み合わん可能性はあるかもな。遅刻は絶対許してくれそうにない気がする」

「了解であります。間も無く到着するのでその心配はご無用かと」


 平凡な姿形のセダンは有明の一角にある「先端AI研究所」の駐車場に停車した。時刻は午前8時55分。


「んじゃ、行きますか」


 宮本に促され南が後に続く。土曜日のためか玄関は施錠されているが、脇にインターホンがある。受付の01を押し、御堂研究室に繋いでもらうよう伝える。保留音の後程なく低いトーンの女性が応答した。


「はい。御堂研究室です」

「おはようございます。警視庁から参りました宮本と南と申します」

「お待ちしておりました。すぐそちらに向かいます」


 相変わらず低いトーンのまま用件だけを言うと、通話はすぐに切られた。


「・・・機嫌悪いんですかね?」

「いちいち気にしてちゃご婦人のお相手なんざ出来んよ」


 そんな事を言っている間に扉の奥に人影が現れた。白衣を着た女性と男性の二人だ。

 宮本と南は姿勢を正し、解錠に備える。オートロックが外れる音がして、ガラス戸が内側に開かれた。やや小柄に見える髪の長い女性が姿を見せる。美人というよりは可愛らしい顔立ちで、なるほどメディアが取り上げたくなる気持ちもわかる。しかし宮本の印象に最も強く残ったのは、その目だった。


「初めまして。御堂と申します。こちらは助手の桐生」


 桐生と紹介された若いメガネの男性が柔和な笑顔で頭を下げる。


「初めまして。警視庁から参りました宮本です。こちらは南」

「では、研究室にご案内します」


 言うと踵を返し、スタスタと建物の中を進んで行く。桐生が少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべながらどうぞ、と二人を促した。


 南は堪えきれず小声で桐生に尋ねる。


「あの・・・御堂さんは何か不機嫌でいらっしゃるんでしょうか?」


 桐生は曖昧な笑顔を残したまま答える。


「不機嫌と言えば不機嫌ですね・・・すみません、普段はあんな明からさまな態度を取るような人ではないんですが・・・」


 そうなんですか、と恐縮する南の横で宮本は全く別の感想を抱いていた。挨拶をした時に交わした視線に込められた感情。この商売をやってると出くわすことが多いあれだ。


 怨念。


 事件の情報を聞きにきたはずなのに、あの目からは異質な闇を感じた。長期戦になりそうだと直感した宮本はせめて欠伸が出ないよう、パシッと頬を叩いて気合いを注入した。



◇◇◇



2025.4.26 9:00 東京・御堂研究室


 案内された研究室は1階の庭に面しており、天気が良ければ陽光に光る並木と芝生が窓からの眺めを彩っているのだろう。部屋自体は20畳ほどの広さで、高さ1mほどの仕切り板でワーキングスペースと応接スペースに仕切られている。仕切りの横幅は3mほどなので、左右どちらからでも行き来ができる。

 宮本と南は奥の応接スペースにあるソファに案内され、テーブルを挟んで真理が宮本の正面に座る。


「コーヒーでいいですか?」


 と尋ねる桐生に二人が同意を示すと桐生は窓際にある簡易キッチンに向かい4人分のコーヒーを準備し始めた。


「では、時間がないので要件を手短にお話しいたします。差し支えなければその前にどの程度AI教と事件との繋がりを掴んでおられるのか、既に先方から警視庁に対してのコンタクトまでが進んでしまっているのかをお教えいただけるとありがたいのですが」

「ちょ、なんであなたがそれを?」


 真理の質問に脊髄反射で答えてしまった南を嗜めるように制しながら、宮本が落ち着いて切り返す。


「やれやれ。若いのはこういうところがどうもね。失礼だが、私は御堂さんが何者なのかネットに載っている以上のことは知らんのですよ。そもそも、AI教とどういったご関係なのかも分からない方に捜査の内容をお伝えすることはリスクが高くてね。まずはそこをはっきりとさせて欲しい。その上で、あのメールをあのタイミングで送られた真意を伺いたい。いかがですかな?」


 桐生が運んできたコーヒーに口をつけ、真理が答える。


「ああ、AI教に関しては全くの無関係よ。私が一方的に憎んでいるだけで。言葉で信じられないならいくらでもお調べいただいて構わないわ。」

「憎んでいる、ね。ようく分かりました。では、メールの件についてはいかがでしょう?」

「結論から言うと、AI教が関与している可能性が高いという推測が成り立ったのがあの日だから、というのが理由です」

「推測、とは御堂さんが自らの推測の事ですか?」

「いえ、違います。私が開発している“SOPHIA”と名付けたオリジナルのAIによる推測です」

「それって、チャット**みたいな?」


 南の質問に冷めた視線を返す真理。


「見た目は同じようなものをイメージしていただいて構いませんが、中身は全く異なります。何が違うのかを説明するのは企業秘密に類する部分なので詳しくお伝え出来ませんが、一般的なAIとは全く異なる思考で問題にアプローチする、とだけお答えしておきます」

「それが今回の一連の事件とAI教の関連を示唆したと?」

「あくまで可能性が高い、という推測結果です」

「で、警視庁へのコンタクトの有無は?」

「得られた推測から今後予想される警視庁とAI教の行動パターンをシミュレートしました。もしAI教の関連が示唆される証拠を掴み、すぐに私に連絡が来ている場合。これは相手に悟られず対策を練る時間が与えられたことを意味します。次に証拠は掴んだものの、警視庁が独自でAI教に迫ろうとした場合。恐らく何の尻尾も掴めないまま動きは相手に悟られ、挑発するようなコンタクトを取ってくる可能性が非常に高い。これは相手がすでに対応策を講じ切るところまで事態が進んでしまっている事を意味します」


 真理は再びコーヒーで喉を潤し、厳しい表情のまま続けた。


「それが最初の質問の意図です。南刑事が素直にお答えくださったので、悪い方に事が進んでいると確信できました。ちなみに5人目の加害者は自ら命を絶ったのではありませんか?」

「そんな事まで分かるもんなんですか?」

「当たってほしくはない予測でしたけどね」

「だから、ずっと不機嫌なわけですか?」

「それだけが理由ではありませんけど。まずあなた方は私がなんらかの形で犯行に関与していると疑っている。そこまで出来るAIを使えるのなら、憎んでいるとまで言い切るAI教に罪をなすりつけるための工作をしている可能性も捨てがたい。違いますか?」

「普通は本人の前でこう言うことは言わないんですが・・・」


 宮本が髪をかきながら申し訳なさそうに続けた。


「我々が重視するのは“犯人のみが知り得る情報”なのですよ。数多ある情報提供の中で、あなただけがAI教に言及していた。また、5人目の加害者についての情報も然り。これは完璧な情報規制を行っているので、報道機関すら知りません。その意味であなたが重要参考人であるという立ち位置は今のところ揺るいでいません」

「その誤解はすぐに解くことが出来ると思います。お帰りになって、“御堂智香”の事件についてお調べください。それでご納得いただければ、次の犯行を食い止めるための手段を講じておりますので今夜20時に再びお越しください。連行したければ従いますが、事件を止める手立ては遠のきますよ」

「御堂智香さん・・・お名前から察するにお身内ですかな?」

「私からは話したくありません。どうぞご自身でお調べください」

「・・・分かった。今はこれでお暇することにします。その上でどうするかについては、改めてメールの連絡でよろしいですか?」

「ええ、お待ちしていますわ」


 4人は立ち上がり、宮本と南は小雨の降る駐車場を小走りに車に向かった。


「宮本さん、どう思われました?」

「今の段階では・・・限りなく黒に近いグレーだ。まあ、せっかくの情報提供だし御堂智香についての資料を準備しておくよう伝えておこう」

「何が出てきますかね・・・」


 宮本は真理の印象的な目を思い出しながら呟いた。


「少なくとも、軽い事件ではないだろうな」

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