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REZON 完全版 コトノハノ鏡 -秘められた神話の旅-  作者: 壇 瑠維
第1部 「神話の門」 第3章 

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「八岐大蛇と伝説の剣」 08

2025.5.27 5:00 鐘巻家・真悟の部屋


 御堂真理は先日の訪問のあと、


「諸事情があるから2日後の18時に八重垣神社で会いましょう。その時、8本の剣を忘れないように」


と言い残し去っていった。掴みどころのない女だな、とあくびをしながら剣を抱え、真悟は自分の部屋に帰った。その日は興奮でなかなか寝付けなかった。

 翌日、学校が終わるといつものように龍神峠までバイクを走らせた。小さな祠に手を合わせ、「やっとアンタらの真実に向き合えそうだ」と伝え、その日も鈍く光る剣を眺めながら眠りに落ちた。そして明け方近く。慎吾は夢を見た。


 視線を感じ目を開けると、見た事もない黒装束の男が自分を見下ろしている。あまりの威厳に「こりゃ人間じゃねえな」と思いながら起き上がると、さらに7人の青装束の男たちも自分を見下ろしていた。皆、威厳に溢れてはいるが威圧はない。黒装束の男が口火を切った。


「断ち切るものよ」


 真悟は直感的にそれが自分を指していることを悟った。


「一族を代表して、まずは我らを探し当ててくれた事に礼を述べる」


 黒装束の男に倣い、他の7人も同様に頭を下げた。


「いや、実際に探し当てたのは親父であって、俺じゃねえ」

「それでも我らはお主に礼を述べたかったのだ」

「ま、そう言うんなら・・・いいって事よ」

「神代に封印されてより長き時が過ぎた。今宵“門”が開かれる事により、我らは再び天に還る事になろう」

「だが、それだけでは我らが神の座に戻ることは出来ぬ」


 青装束の男たちが変わるがわる真悟に語りかける。再び黒装束の男が口を開いた。


「我らがあるべき神の座に戻るにあたり足りぬもの。それはお主の口から“真の言の葉”として紡がれねばならん。それはお主の生き方すら変えてしまう事ゆえ、軽々に我らから申すことは出来ん。しかし」


 男たちが再び、一様に頭を下げる。


「それでも良いとお主が思えたのであれば、心に浮かんだ思いを言の葉に乗せて欲しい。その時初めて、我らを縛る鎖は断ち切られ、真の姿を取り戻すだろう」


 俺の人生が変わるほどの・・・何だろう?真悟にはまだ見当もつかなかった。


「時が来た。それでは今宵、また会おう」


 言葉と共に8人の姿は消えた。上半身を起こしていたはずの真悟はいつの間にか横になっており、目覚めた頭の奥に夢の残照がはっきりと残されていた。



◇◇◇



2025.5.27 18:00 島根県・八重垣神社


 社務所には鷹村宮司を筆頭に真理。桐生・鐘巻・真悟の5人が集まっていた。鐘巻は最後まで「俺が行って何すんの?」と渋っていたが、真悟の


「これは俺とテメエで追いかけた夢だろ!最後までキッチリ付き合いやがれ」


の一言で渋々同行したという。その割に表情から何とも言えない嬉しさが滲み出ている事には、誰もあえて触れなかった。


 鷹村宮司と鐘巻親子が対面するのは久しぶりらしく、「おう、あの小さかった子がますます素戔嗚尊に似てきなさったな」と真悟を讃え、鐘巻には「一路・・・不摂生もほどほどにの」と説教を喰らわしていた。


 その後真理から鷹村に「鳴金」について説明し、少し不思議な事が起こるかもしれないので特に鏡の池には誰も近づいてほしくない旨を伝えた。


「大丈夫ですよ。あそこは普段から夜間立ち入り禁止ですから。私が同行すれば問題ないでしょう」

 笑顔で答える鷹村に例を述べ、一行は社務所を後にした。



◇◇◇



 奥の院・鏡の池。八重垣神社の境内を抜け、緩やかな砂利道を過ぎた先に小さな池が姿を見せる。垣根で囲まれた池の淵は手前の1箇所が口を開けており、しめ縄をまとう竹が結界のように左右の柱を繋いでいる。


「・・・これが“鏡の池”・・・」


 思ったより小ぶりなその姿に、真理が嘆息する。


「これって、“八重垣のうちの一つ”なんすかね」


 池を囲む垣根を神話に結びつける桐生。


「ここに入るまで、小さな門を潜ったでしょ?あれもその一つと考えると、少なくとも2重の垣根を超えてきたことになるわね」

「それがあと六つ。かぐや姫も真っ青の厳重警備っすね」

「多重門。実際に体験してみると、真悟君の言ってた“蛇は一匹なのに八つの垣根はおかしい”という主張にも頷けるところはあるわね」

「だろ?」


 真悟が満面の笑みで答える。


「それじゃ、始めましょう。桐生君、鏡出して」

「イエス、マアーム!」


 MMR印のアタッシュケースから桐生が“コトノハノ鏡”を取り出す。真理が説明を加えた。


「この鏡は、現世と天を結ぶ“門”を開く鍵のような役割をします。抽象的な表現で恐縮なのですが、その時に鏡に選ばれた人が正しく“真実の言の葉”を紡ぐ事によって“門”が開きます」

「選ばれたのが誰か、ってのはどうやったら分かるんだ?」


 鐘巻の疑問に真理が答える。


「その人が手にした時だけ、鏡の中心にある水晶が光ります。今、何も起こっていないので私でないことは分かっています」

「じゃ、他の誰かか。順番に持ってみる?」

「いや、親父。それは多分俺だ」


 真悟が決意を固めた目で真理に近づく。真理は微笑し、“コトノハノ鏡”を真悟に手渡した。瞬間、中央の“豪運君”が眩しく光る。


「マジかよ・・・」


 鐘巻の呟きは“豪運君”が光った事に対してなのか、選ばれしものが真悟だった事への驚きなのか。当の真悟は落ち着いた表情で鏡を眺めている。


「で、持ってきた剣はどうすりゃいいんだ?」


「そうね・・・鏡の池に捧げるように、縁石に並べてもらえるかしら?鐘巻さん、桐生君お願い」


 真理の指示で二人が丁寧に8本の剣を鏡の池の前に並べる。その間に真悟が鷹村に質問した。


「おっちゃん、一つ教えて欲しい事があるんだ」

「おう、お前さんからの質問とは懐かしいの。どんな事じゃ?」

「神様が神様たる理由、ってのは何だ?」

「ふむ。なかなか難しい質問だのう。日本には八百万の神がおられると言われておる。大きなものから小さなものまで、全てに神は宿っておる。それらは大自然が我々人間に与えてくれた恩恵とも言える」

「じゃあ、人に感謝される事が条件なのか?」

「それだけだと善人と変わらんじゃろうな。人の力では出来ない、しかし有難いことをお与えくださる感謝に対して人が名をつけたもの、それが神と呼ばれる存在ではないだろうかの」

「その名前ってのは誰がつけたんだ?」

「多くの神の名は、天皇家に連なる系譜の中でその成し遂げた古事に基づき命名されたものが多い。その系譜に含まれなくとも、道祖神や氏神様などその地をお守りくださる神に対しても飢饉を救った、洪水を収めたなどの古事にちなんで名付けられとる」

「つまり、適当な名前じゃねえ、ってわけだな」

「そうじゃ。言の葉には全て意味がある。まして神の名となれば、それだけの信仰という重みを背負っておる」

「・・・そうか。ありがとよ」

「真悟君、何でそんな事が気になったの?」


 真悟は真理に向き直り、ニカっと笑った。


「俺の腹を括るためだ」

「?」


 鏡の池に捧げるよう、整然と並べられた8本の剣。真悟はその前に立ち、“コトノハノ鏡”を掲げ彼の心に定まった言の葉を紡いだ。


「人に理解されず、長き時を邪神として蔑まれてきた八柱の龍神を再び天に。失われた神の座は、俺が生涯をかけてその功績と真名を取り戻し、必ず奴らに取り返す!」


 “コトノハノ鏡”が輝きを増し、同時に美しい高音と不気味な低音が入り混じった鐘の音が体の奥から響き始めた。

 目の前の池は金色に光り、ハスの花を幾重にも重ねたような波紋が湧き出すように広がる。捧げられた8本の剣は喜びに打ち震えるように舞い上がり、池の真上で切先を中心に円を描くように集まると、そのまま金色の波紋に吸い込まれていった。


いつしか鐘の音はわずかな響きを残して消えていったが、金色の波紋は変わらず湧き続けている。その中心から、一人の黒装束の男が現れた。神の威厳と、それを超える喜びを湛えて。


「断ち切るものよ」


 男が真悟に語りかけた。


「よくぞ、その言の葉を紡いでくれた。だが、その道のりは決して平坦なものではない」

「上等だ!」


 男はにっこりと笑い、真悟に一つのヒントを与えた。


「お主のおかげで、今私は真名を取り戻した。天黒龍叢雲主あめのこくりゅうむらくものぬしと言う。残る七柱は持っていた剣自体に銘がないので全く異なる真名を持っているが、彼らの為したことは完全にこの出雲から消え去ったわけではない。地を巡り、人に会い、忘れられた書物の中から彼らを見つけ出してやってくれ」

「おうよ!そん時ぁまた、皆で会いにきてくれや!」


 男は微笑みを残したまま、静かに池に戻っていった。同時に光と波紋は失われ、闇に染まった水面だけが彼らを見返していた。



◇◇◇



2025.5.27 20:00 鐘巻家・リビング


 鐘巻家のリビングは相変わらず散らかっているものの、達成感に満ちた4人の表情がまるでパーティー会場のような雰囲気を醸し出していた。

 鐘巻は相変わらずの缶チューハイで祝杯をあげ、真悟と真理は桐生が入れたコーヒーで乾杯している。そんな中、真悟が改めて真理への感謝を口にした。


「アンタには本当に感謝している。思ってたとおり、いやそれ以上だった!」

「私は特に何もしてないわよ。頑張ったのは君たち親子二人。それが実ったのよ」

「だが、アンタ無しに俺は龍神達に会うことは出来なかった。本当に感謝しても仕切れねえ。だから、これからはアンタのことをこう呼ばせてくれ。“姉御”!」

「それは嫌―――っ!」


 真理が叫び、桐生は腹を抱えて笑っている。真悟は気にする事もなく続けた。


「いつか・・・いつかきっと、姉御の役に立つ漢になる!楽しみに待っててくれ!」


 息ができないぐらい笑い転げている桐生に一撃を加えた後そういえば、と真理が気になっていた事を口にした。


「真悟君さあ。毎日龍神峠にお参りしてたって言ってたけど、もし私がずっと来なかったらどうするつもりだったの?」


 それもそうだ、と鐘巻と桐生が興味津々な顔で真悟の顔を見る。真悟は何だそんな事か、と軽く言い放った。


「そりゃ、姉御が会いたくなるような漢になればいいだけの話だ」


 格闘家か何かか・・・?怪訝な顔で真悟を見る3人に真悟がフフン、と付け足した。


「俺はこんなナリしてるがなあ・・・学年10位を切ったことがないぐらいには賢いんだぜ?」


 嘘だ!(鐘巻)

 嘘よ!(真理)

 嘘だ!(桐生)

 心の声が聞こえたのだろう。しかし真悟は余裕で棚からあるものを取り出す。


「このバカ親父は俺の事なんか興味なかったから知らねえが、ここに動かねえ証拠がある!」


 出てきたのは模試の結果と成績表。10位どころか教科によっては1位の数字もちらほら見える。


「お前、まさか・・・」


 鐘巻が真っ青な顔をする。


「偽造じゃねえ!」


「真悟君、あなた・・・」


 真理が鎮痛な顔をする。


「不正じゃねえ!」


「真悟・・・」


「もういい、テメエは何も言うな!」


 桐生がオチを付けられなかった事に不満そうな顔を見せる。


「まあ、どう転んでも俺はこの道に進むつもりだったんだ。出雲古代史のスペシャリストとして俺の名前を全国に轟かせる!そうすりゃ、必ず姉御の目に留まる。そこにどれだけ早く辿り着けるかは俺の努力次第、ってわけよ!」

「・・・お前、やっぱ大物だわ」


 満足そうに語る鐘巻の言葉は全員の気持ちを代弁していた。


「それじゃ、俺もちゃんとした仕事探さなきゃな」


 一瞬真理の目がキラリと光ったのを桐生は見逃さなかった。


「その事なんですが・・・」

「何?」

「実は私の研究室で増員の予定がありまして・・・」

「ほう?」

「古代史関係の調査依頼も増えてきたんですが、私も桐生君もコンピューター関連には強いんですけど修復や復元、真贋といったところはまだまだ知見が甘く・・・」

「で、その手の専門家を探してると?」

「し、審査はきちんと公募して然るべき面接を経て、という事になるんですが、そうそうレベルの高い方が来るかどうかは疑わしいなあ、なんて・・・」

「その公募っていつ頃?」

「まだ決まってないんですよねー。今すぐ、ってわけじゃなくて来年の3月ぐらいかしら。あら偶然。ちょうどその頃に大学の合格発表が重なりそうだわ。いやだ桐生君、どうしましょー」

「何その棒読み・・・」


 真理と桐生のやりとりに笑いを堪えきれず、鐘巻が乗っかった。


「へえ、そりゃすごい偶然だ。真悟の受験に花が咲いたら、とりあえず報告させてもらっていいかい?」

「そりゃあもう、お待ちしてます。多分、その次の日ぐらいに公募が始まるような気がするんで、万が一そんな偶然が重なったらご案内してもいいですか?」

「そうだな。じゃ、その偶然を願って俺も今日から龍神峠に詣でるか」

「・・・さっきから、何の話をしてんだ?」


 鐘巻が真悟を見てニヤリと言い放った。


「ガキにゃ少し早い、大人のお話さ」

「テメエ!いつまでも俺をガキ扱いしてんじゃねえ!」


 それはまるで、どこにでもある有りふれた家庭のリビングにおけるワンシーンそのものだった。



◇◇◇



 同じ頃。男は上りの寝台特急の中で考え込んでいた。


「第3の門も予言通りに開いた・・・しかし次のこの指令は、一体どういう事だ?」


 鐘巻から受け取った懐の包みが与えてくれる重さを感じながら、軽く頭を振る。


「・・・神の御言葉に疑問を持つなど。やるべきを遂行せねば」


 寝台特急は来た時と同じように、赤い尾灯を静かな夜に頼りなく、徐々にその姿を消していった。


第3章 完

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