「八岐大蛇と伝説の剣」 07
2025.5.25 20:00 鐘巻家・リビング
表情ひとつ変えず、鐘巻は空になった缶をテーブルに転がした。
「むしろ、最初からそのために来たのかと思ってたからさ。ちょっと拍子抜けしてたんだよ」
「えらくあっさりと白状しましたね?」
桐生が意外な表情で尋ねるのを、平然と受け止める。
「初めは適当にはぐらかそうかと思ってたんだけどさ。思ったより核心をついた話になっちまったし、俺自身もう作るのやめようと決めてたのもある」
「それは、鐘巻さんが作った剣が人の命を奪うことに罪悪感を感じたから?」
真理がやや厳しい目で尋ねる。
「・・・その罪悪感はない。確かに作ったのは俺だが、それを誰がどう使うかは別の話だ。そもそも祭祀に使う精巧な剣を作ってくれと言うのが依頼で報酬も良かったから、断る理由も無かった」
「じゃ、なぜ作るのを止めようと決めたんですか?」
「本当に祭祀に使ってくれるのなら良かった。でも、そうじゃ無かった。それらしい言葉でうまく利用された、ってのが気に食わなくてね。元々7本の依頼を受けてたんだけど先行して出来た6本と、仕上がったばかりの最後の1本は既に依頼主に渡した。契約が終わった、それだけの話だ」
「えらく他人事ですね」
桐生が納得のいかない表情で詰め寄る。
「他人事だろ?俺は“人を殺しまくりたいから最適な剣を作ってくれ”とは頼まれていない。逆だ。神に捧げるために俺の知識と技術を頼ってくれたんなら、喜んで作るさ。それを相手が勝手に裏切った。そこに俺の責任が入る余地はない」
「桐生君、鐘巻さんの言うとおりよ」
真理にたしなめられ、桐生が唇をかむ。
「御堂さんがさっき、“罪悪感はないのか”って聞いたけど、言ったとおり俺に罪悪感はない。しかし」
鐘巻が新しい缶を開け、ぐいっと流し込んだ。
「またか、という他人への絶望感は半端じゃ無かった。それは言っとくよ」
鐘巻とその家から感じるどこか投げやりな感じは、鐘巻自身の内面を反映しているのかもしれない。真理も桐生も言葉を返す事ができなかった。
と、何かを抱えて階段を降りてくる騒がしい音が聞こえてきた。
「待たせたな!持ってきたぜ!」
机上に広がる空き缶をガラガラ音をさせながら押しのけ、作ったスペースに真悟が8本の剣を並べた。磨き上げられたように美しい銅剣に混じった漆黒の1本だけが、明らかに他のそれとは違う圧倒的なオーラを醸し出していた。
◇◇◇
2025.5.25 20:10 鐘巻家・リビング
テーブルに並べられた8本の剣は、重々しい輝きを放ち、安っぽいアルミ缶の山の中で一際異質に光っていた。真理も桐生もその圧倒的な存在感に目を奪われる。
その中でも一振りだけ、漆黒の輝きを放ち他とは明らかに異なる形状をした1本を取り上げて真悟が真理に手渡す。
「これが俺の思う、最強の龍神の剣だ。気は遣わなくていい。思ったことを言ってくれ」
鐘巻は値踏みするような視線で真理と剣を眺めている。
「・・・今は炭素測定などの器具が揃ってないので断言は難しいんだけど、やれることはやってみるわね」
真理はバッグからSOPHIAがインストールされたノートPCを取り出し、画像処理と並行して出土条件などの情報を入力していく。程なくSOPHIAから回答があり、素材の詳細を知りたいので専用のガジェットを接続するよう要請が来た。
「珍しく積極的ね。フェイクなら憎まれ口と一緒にもう判定が済んでる頃だけど・・・」
真理が指定されたガジェットをSOPHIAに接続し、漆黒の剣に当てがう。SOPHIAは熟考しているようで、結果が表示されるエリアには縦線が一本点滅を続けている。
「ど、どうなんだ?」
真悟が不安げな表情で尋ねる。
「今、一生懸命考えてくれてるところ。もう少し待って」
「アンタ自身は今の段階でどう見てる?」
「私?目に言える事実だけを言うのなら状態が良すぎる。弥生時代の鉄剣って、ほとんど錆びるか朽ちるかしてるの。あと、この形状。ある剣と似すぎていてそれが真実味を失わせている。一番気になるのは材質。鉄にしては滑らかかつ艶やかすぎて、現代的な雰囲気を隠しきれていない。つまり、見た目だけの特徴で言うならばすごく出来の良いある剣のレプリカと考えるのが妥当」
真悟が目に見えて落胆した。
「でも、その程度のことならSOPHIAには数秒あれば分かること。この子がこんなに時間をかけているからには、目にみえる以外に重要な何かが秘められている可能性は少なくない」
「そ、そうなのか?」
「・・・結果が出たようね。読み上げるわ」
真理がSOPHIAのディスプレイに表示された解析結果を読み上げる。
・製造年代:不明。極めて古く、現存するいかなる年代区分とも一致しない
・素材:主成分は鉄。未知の成分が含まれており解析不可
・形状:草薙の剣に酷似。一致率99%以上
・上記結果より、本剣は“天叢雲”であると推定される。確定には尚詳細な調査を要する
「天叢雲・・・!」
真悟のみならず桐生も声を上げた。天叢雲とは草薙剣の別名であり、近年ではゲームの強力武器としても有名な伝説の剣である。
「でも、そうすると天照大神から伝わる熱田神宮の草薙剣はどうなるの?」
真理が呈した疑問に真悟と桐生が固まった。どっちかが偽物、なんて結果は誰の得にもならない。と、鐘巻が少し呆れた感じで真悟に問いかけた。
「お前、小学生の時より頭固くなったんじゃね?」
「どう言う意味だよ?」
「どうもこうも。ここに2本の剣があります。剣の名前が2つあります。普通に考えたら答えは1個じゃね?」
「草薙剣と天叢雲は別物ってことか?」
「お前の説だと、初めに八岐大蛇を退治した素戔嗚尊は尾から取り出した鉄の剣を天照大神に献上したんだよな?」
「おう」
「その後、誰だかは知らんがまた櫛名田比売を狙う輩から彼女を守るために、素戔嗚尊は八重垣を作ってそこに八岐大蛇=八柱の龍神を置いたんだよな?」
「そうだ」
「じゃあ質問。お前が言う最強の龍神、黒龍はどんな武器を持って戦ったでしょうか?」
「そりゃやっぱり、鉄の剣・・・」
「だろ?それが“天叢雲”と呼ばれる鉄剣だ。長い歴史の中で、2つの同じ形を持つ剣が同じ一つの剣して伝えられた、と考えたらおかしな話じゃないだろ?」
面白い仮説だ。だが、一笑に付すレベルでもない。
「じゃあ、ついでなんで他の剣も見てくれねえか!」
興奮した真悟が銅剣の鑑定を依頼する。結果は天叢雲と同じく古代に製造され、銅以外の未知の成分を含んだオーパーツであった。
「やった・・・やっぱりそうだったんだ!俺も親父も、何も間違って無かったんだ!」
涙ぐむ真悟。鐘巻は未だに信じられない顔でSOPHIAの結果表示を見つめている。
「これで、全てがうまくいくんだ!御堂真理、やっぱりアンタは俺の女神だった!」
「いや、私普通の人だし。褒めてくれるのは嬉しいんだけど、神様ってキーワードは正直好きじゃないの」
真悟をいなしつつ、AI教への嫌悪を滲ませる真理の心中を桐生だけは正確に受け取った。
「あれ、何か追加の文が出てきてるぞ?」
鐘巻が眺めていたディスプレイの変化に気づいた。
「すみません、こっち向けます!」
律儀に断り真理が自分の方にSOPHIAを向ける。そこには新たなメッセージが刻まれていた。
“神の剣を、あるべき時にあるべき場所へ。開いた門が真実の歴史を語る“




