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REZON 完全版 コトノハノ鏡 -秘められた神話の旅-  作者: 壇 瑠維
第1部 「神話の門」 第3章 

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「八岐大蛇と伝説の剣」 06

2025.5.25 19:00 鐘巻家前


 空き地に数台のバイクが集結していた。ヘッドライトの光が交差し、白い煙が舞う。円の中心には一際目を引く巨大な族車。派手なカラーリングとロケットカウルが日章旗を描く。車体に負けじと大柄なライダーの背中には荒ぶる神の姿。金色の刺繍が天に唾する。刻まれた名前は、“雄呂血おろち

 中心の男はバイクを降り、乱れたリーゼントを整えながら気合いを入れた。


「天滅栄羅 (てめえらー)!」

「押忍 (おっす)!」

「凶喪砕威光駄津咫是 (きょうもさいこうだったぜ)!」

「魚 (うおー)!」

「悪夜聞、砕威光 (おやぶん、さいこー)!」

「欧世 (おうよ)!」

「・・・親分」

「難堕、翔平(なんだ、しょうへい)!」

「・・・読みにくいんで、普通に喋ってもらっていいですか?」

「ふっ、いいだろう、聞いてやらあ。ロッケンロール!」

「魚 (うおー)!」

「テメエらもだ!」

「ういーっす」


 言われた面々は素直に言葉を戻し、めいめいバイクを降りる。玄関の扉が開き、鐘巻がだるそうに頭をかきながら“親分”に話しかける


「・・・うるせえよ、真悟」

「ああ?何だテメエ。喧嘩売ってんのか?」

「ガキに売る喧嘩はねえよ。それよりお客さん来てんだ。マジ静かにしろ」

「客?テメエに?どこの物好きだよ?」


 ひょこっ、と真理が顔を出す。


「・・・東京から来ました、御堂と申します」

「何だテメエ、コイツの女か?」

「お・・・!」


 何故か桐生が絶句する。


「違うよ。東京でAI使った考古学やってる偉い人だ」

「東京?AI?御堂・・・?テメエもしかして、御堂真理か!」

「へ?なんで私の名前知ってるの?」

「そうか・・・ここで会ったが百年目、ケジメ取らせてもらうぜ!」

「え?何?どう言うこと?」


 のしのしと近づいてくる真悟に狼狽えながらも、さりげなく桐生を盾にする。


「な、何すんの先生?まさかホントにやると思わなかった!」


 恨み節を言う桐生の首根っこを掴み、真悟がポイと投げ捨てた。目の前で対峙した真理はこりゃ素戔嗚尊と言うより金剛力士ね、と現実から逃げようとしていた。そんな真理の心のうちなど知らず、凶悪な視線をバチバチと合わせてくる。真理の脳内には既に走馬灯が流れ始めていた。

 と、その金剛力士がいきなり真理の前に手をついて取った姿勢は誰から見ても土下座。見守る桐生の一言が全員の気持ちを代弁していた。


「・・・どゆこと?」



◇◇◇



2025.5.25 19:05 鐘巻家前


 誰もが目を疑った。真悟の言動と行動から、真理にどんな「ケジメ」を取らせるのか。少なくとも血を見る事は避けられないだろう、と予想していたのだ。

 しかし現実には呆然と立ち尽くす真理の前で真悟が額を擦り付けるように土下座している。


「えっと・・・真悟君?」


 脳内の走馬灯が薄れ、我に帰った真理がとりあえず声をかけてみた。真悟は頭をついた姿勢のまま大声で答える。


「俺ごときの名を呼んでくれるなんざ、勿体ねえ!」


 ますます訳の分からなくなった真理だが、どうやら目の前の事態は自分に原因があるらしい。よし、簡単なことから一つずつ解決していこう。真理は一旦複雑な思考を捨てた。


「そこまで畏まらなくてもいいから・・・まずは頭を上げてもらえるかな?」

「そんな、畏れ多い!」

「私がいいって言ってるの。それとも私の言うことなんか聞きたくない?」

「いえ、決してそんな訳では!それでは不肖鐘巻真悟、面を上げさせていただきます!」


 手をついたまま顔を上げる真悟を見て「こいつ時代劇の見過ぎじゃないのか?」と思ったのは桐生だけではないだろう。鐘巻すら真悟の行動に困惑した表情を見せている。


「よく出来ました。じゃあ、会っていきなり土下座なんかした理由を教えてもらえるかな?」


 真悟は感極まった表情で答えた。


「俺はずっとアンタを待っていた。いつか俺の前に現れてくれると信じて。その願いが、今日叶ったんだ!」


 ますます訳がわからない。


「私を待ってた?何のために?」

「全ての真実を明らかにしてもらうためだ!」

「真実?」

「俺のくだらない興味から始まって、親父たちを巻き込んじまった龍神峠に眠ってた剣と、その真実だ!」


 真悟の目の中には様々な感情が同居していた。畏怖、憧憬、後悔、怒り。この感情には正面から向き合う必要がある。腹を括った真理は思考モードを切り替え、静かに真悟に告げた。


「それが私とどんな関係があるのか・・・長くなりそうだし、中でお話ししない?」


 どこからか聞こえるカエルの鳴き声が、やたら大きく響いていた。



◇◇◇



2025.5.25 19:30 鐘巻家・リビング


 真悟はつるんで来た仲間たちを帰らせ、バイクをしまうと真理たちの待つリビングに戻ってきた。空いているソファに腰掛け、真理を正面から見据える。真悟の隣で腕組みをしている鐘巻は何事か思案しているようにも見える。


「それじゃ真悟君、龍神峠にまつわる剣のお話からしてもらっていいかな?」


 真理に促され、真悟が頷いて話し始める。


「俺がまだガキの頃、夏休みの自由研究ってのがあってな。ちょうど社会見学で見に行った神社で聞いた八岐大蛇の話で納得行かないことがあったんで、それを題材にしたんだ」

「賞を頂いたという例の研究ね。私たちも昨日神社で読ませてもらったわ」

「ありがてえ!それが全ての始まりだ。やっぱり八岐大蛇の話と八重垣の句は違和感がある。話が噛み合わねえんだ」


 それは確かに真悟の研究を読んで真理たちも気付かされた事であった。


「俺は考えた。八岐大蛇は2度大きな戦いをしたんじゃないかと。1度目は素戔嗚尊との戦い。これは、元々出雲にいた八柱の龍神が求めた生贄をやめさせるため素戔嗚尊が打ち破り、改心させたと考えた。龍神の長は黒龍で、恭順の証に自らの尾を剣にして差し出した。これが当時最強の強度を持つ鉄で出来た“草薙剣”となって天照大神に献上された」


 なるほど面白い仮説だ。桐生も興味深く耳を傾けていた。


「問題はその後だ。頭や尻尾が八つあろうが胴体は一つ。なのに櫛名田比売を守るために八重の垣根を作る理由が分かんねえ。これは八岐大蛇ではない何かから櫛名田比売を守るため、素戔嗚尊に恭順を示した八柱の龍神に守らせるために設えたと考えた方がしっくりくる」


 言葉遣いはともかく、発想の柔らかさは研究者向きね。真理の中で真悟の評価が上方修正された。


「その敵が誰だったのか、どんな戦いだったかは分からねえ。何せ一切の記録が残ってないからな。それに素戔嗚尊が戦った記録も、櫛名田比売に害がなされた記録もない」


 真悟は真剣な表情で続ける。


「記録がないのは、残せない何らかの理由があったんだろう。それは神の醜聞に類するものかもしれない。いずれにせよ、その戦いで八柱の龍神は侵入者に打ち破られたと考える。そして彼らは祀られる事もなく、侵入者によって封印されてしまったんじゃねえかと考えた。それなら封印の地名に何らかの跡が有るはずだ。櫛名田比売を守る最後の砦から大きく離れ、龍神の名を冠する場所。龍神峠にこそ封印された八柱の神が封印されていると俺は考えた。そして、親父もそれに賛同してくれた」


 鐘巻は腕組みをしたまま目を瞑っている。


「龍神峠にある誰も訪れないような小さな祠。そこに何かが埋まってるんじゃないかという仮説をもとに親父は必死に頑張ってくれた。偉い人にも掛け合ってくれたと聞いてる。で、実際に封印されていた龍神が出てきた。剣の中に封じられた姿で」


 これまで沈黙を貫いていた鐘巻が話を引き継いだ。


「しかし、その先はさっき話した通りだ。実は鉄剣だけじゃない。銅剣すらありえない保存状態で見つかってしまったんだ」

「親父が疲れた顔して“見つけたよ”って見せてくれた剣を見た時、俺は不覚にも喜びで絶叫しちまった。でも、すぐに気づいた。こんな新品みたいな剣が神話の時代から錆もせずに残ってるもんなんか?俺は生まれて初めて親父を疑った。俺を喜ばせるためにしてもタチが悪い。俺ですらそう思うんだ。博物館の大人も、誰もが親父の捏造と決めつけた。お袋は信じようとする気持ちと信じきれない気持ちの間で板挟みになって心を病み、今は実家で療養している」


 鐘巻家を襲った壮絶な状況は分かった。しかし、肝心の問題がまだ残っている。


「で、それがどうしてあなたが私を待つ理由になったの?」


 真理の問いに真悟が何かを堪える表情で答えた。


「俺は考えた。出土した剣がただの剣じゃない事が分かれば、親父の濡れ衣が晴らせるどころか世紀の大発見だ。俺は特に重要な漆黒の剣をこっそり持ち出して、そこら中の鑑定を謳い文句にしてる連中に持って行ったが、誰の答えも

「よく出来たレプリカですね」

だった。それはどうしても納得できなかった。そんな時だ。俺はアンタの記事を見た。正倉院で1000年の謎とされていた碑文を解き明かした現代の天才。この人なら、凡人じゃ気付けない本当の姿を教えてくれるんじゃないか。俺にはアンタが・・・救いの神に見えた」


 それは・・・嬉しいような困ったような。真理は複雑な顔で慎吾に問いかけた。


「でも、それならもっと早く私に相談してくれれば良かったのに?」

「こっちから連絡する勇気が・・・無かった。もしアンタにも否定されたら、どうしていいのか分からない。だからダメもとで神頼みをした。真実が明らかにされる運命なら、いつかアンタがそのために遣わされる。その時に備えて体を鍛え、毎日龍神峠まで参りに行ってるうちに何か知らんけどつるむ奴が増えてしまって、気がついたら“親分”とか呼ばれるようになってた」

「お前が大物なのか小物なのか、俺にすら分からなくなってきた」


 鐘巻がやれやれ、といった表情で呟く。


「それで、今日も龍神峠までお参りに行って、帰ってきたら私がいたんであの流れになった、って言うことね?」

「その通り!こんな機会は2度とねえ!是非、龍神の剣を見てやってはくれねえか?」

「それはいいけど・・・鐘巻さん、さっき見せてやりたいけど事情が、って仰ってませんでした?」

「肝心の鉄の剣だけ行方不明になっててね。十中八九こいつの仕業だと思ってたけど、何も考えずにゲロしやがった。残りの7本は俺の部屋にあるから、合わせて持ってこい!」

「おうよ!」


 ドタドタと階段を駆け上がる真悟。その間に、あの話を済ませておかねば。


「鐘巻さん」

「ん?」

「東京で発生した連続通り魔刺殺事件・・・犯行に使われた剣を作ったのは、あなたですね?」

「そうだよ?」


 飄々として酒を煽る鐘巻の姿が、むしろ異様な恐怖を感じさせた。

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