「八岐大蛇と伝説の剣」 01
2025.5.15 10:00 島根・出雲某所
人里から少し離れた山腹にある民家。巡回のパトカーが走り去ったのを確認し、黒いローブの男が玄関のインターフォンを鳴らす。
しばし間があり、無精髭を生やした痩せ型の男が露骨に迷惑そうな顔でドアを開け、ローブの男を招き入れた。教主は恭しく一礼し玄関をくぐり、無精髭の男は少し周囲に警戒の目を送った後ドアは音もなく閉じられた。
25度近くまで気温が上がった五月晴れの爽やかな日。新緑の輝きとは対照的に、リビングには重い雰囲気が充満していた。
教主はにこやかにリビングのソファに腰掛け無精髭の男と向き合っているが、男の表情は相変わらず迷惑そうな感情を隠そうともしていなかった。ストロング系の酒の空き缶が散乱する中に無理やり作ったスペースに置かれたインスタントコーヒーに口をつけ、教主がゆったりと切り出す。
「先日の剣も素晴らしい出来でした。おかげで無事に祭祀を執り行う事が出来ました」
祭祀、ねえ。欺瞞にも程があると言う思いを顔と態度に出したまま、無精髭の男は遠慮なく缶チューハイを喉に流し込んだ。
「俺の仕事は作るだけだ。後の事は知らん」
投げやりにも思える言葉の後、再び酒を煽る。教主は男の態度を一向に気にする様子もなく、落ち着いて声で続ける。
「それで良いのです。しかし覚えておいてください。あなたの作る美しい一振りが一つの人生を救い、それが過去に対する贖罪となっているのです」
「俺の罪、ねえ」
男は今でも逃れることの出来ない過去にしばし思いを馳せた後、無造作に包まれた新たな短剣を教主に手渡した。
教主は包みを開けると、今回の仕事にも満足そうな表情を浮かべた。
「神の祝福があらん事を」
教主は一言礼を述べると、包み直した短剣を懐にしまい音もなく去っていった。残された男は更に酒を流し込んだ後無精髭をさすり、自重気味に呟く。
「・・・何とも未練たらしい・・・」
散らかった部屋の中に、男の項垂れたシルエットだけが残された。
◇◇◇
2025.5.16 10:00 東京・真理の研究室
研究室にはいつものメンバーが集まっていた。今日もオンライン参加のマイクが口火を切った。
「今日集まってもらったのは他でもない。先日真理には伝えたんだけど、A I教の犯行に使用された短剣の出所にいくつかの目星がついた。これは宮本刑事からの画像情報提供によるところが大きい。サイズ、形状などからオリジナルとなった短剣の素性は判明したと言っていい」
「元々あったものを複製したって事?」
真理の問いにマイクが頷く。
「結論から言うと、古代出雲で埋葬された祭祀用の短剣とほぼ一致する。初出は1984年。島根の荒神谷遺跡から発掘された大量の青銅剣だ」
「それ、教科書で見た事がある!確か世紀の大発見、とか言われてるやつですよね!」
桐生が興奮気味に食いついた。
「それは今、どこにあるの?」
真理が冷静に話を戻す。
「レプリカと共に、島根県立古代出雲史博物館のガラスケースの中だ」
「そのレプリカが持ち出されて犯行に使用されたの?」
マイクがイヤイヤと首を振る。
「博物館は現在改装中で、普段は立ち入る事が出来ない。ましてケースから気付かれずに持ち出せるような甘いセキュリティじゃないよ」
「じゃ、AI教はどこからそれを手に入れたんだろう?」
桐生がう〜んと頭をひねる。
「レプリカがある、って事は作った誰かがいるって事だ。当時制作を請け負った人物には警察からも事情聴取してもらったが、AI教との繋がりも見られないし残された金型にも最近使用された形跡は無かった」
「じゃあ残るのはそう言った武器を専門に作る闇業者か、極端なマニアぐらいってこと?」
「さすが麗蘭。いい線行ってるね」
「でもそれだけだと、出雲で作られたっていう仮説の根拠には薄いんじゃない?」
麗蘭の指摘にマイクがにっこりと返す。
「初めの話を思い出してほしい。使用された短剣は、出土したものとあまりにも酷似している。再現精度が高すぎるんだ。これは宮本刑事から提供いただいた事件に使用された短剣と、荒神谷遺跡で見つかった短剣の比較写真だ」
数枚のスライドが左右比較できるように表示された、確かに、細かなところまで瓜二つと言っていい。
「画像や映像を元に再現する3Dプリンターのようなものとは根本的に異なるってこと?」
「ご名答。少なくとも制作者は出土品そのもの、もしくはレプリカについての造詣が深い人物と推定される」
「そう言うことね。分かったわ。じゃあ、先日真理たちが遭遇した那智の事件で得られた情報の分析とフィードバックも含めて、REZON3者会議を始めましょうか。桐生」
よし、逃げるタイミングだ。構えた宮本に目線もくれず、桐生が事もなげに爆弾を投げた。
「今日は宮本さんたちが話題のスイーツを差し入れてくださるそうですよ」
な、何を言うんだこの裏切り者!
予想外のところから刺された宮本は桐生を睨むが当の本人は涼しい顔である。
「あら、そうなの?気を遣わせて悪いわね。でも、渋いおじさまが何を選んでくださるのかとても楽しみだわ♡」
宮本はひきつった笑顔を麗蘭に返し、南は「女性 喜ぶ スイーツ」で検索を始めた。後に固い友情で結ばれる「麗蘭被害者友の会」誕生の瞬間である。




