「那智の女子高生占い師」 09
2025.5.12 23:50 那智勝浦・松本医院
山中に取り残された真理たちが何とか脱出し、スマホが通じるエリアまで来る頃には既に23時を回っていた。麗蘭からのメッセージを確認した3人は必死でハイエースを止めてある宿まで走り、そのまま病院へ直行した。泥だらけの姿を見て露骨に嫌な顔はされたが、雲龍が肉親であることもありひっそりとした空気が漂う夜の病室に案内された。
病室のドアを開けるとベッドに横になる恵と椅子に座って恵に縋り付くようにしている女性、少し間を空けて立っている麗蘭の姿を認めた。
「恵!」
駆け寄ろうとした雲龍だが、座っていた女性が鬼の形相で立ち上がり、右手で喰らわせた平手打ちにそれ以上進むことができなかった。
「一体・・・一体どう言うつもりなん?もう、恵には関わらんとって言うたでしょう!」
わっと泣き崩れる女性。誰もが言葉を失う中、弱々しい恵の声が沈黙を破った。
「・・・お母ちゃん?」
「恵!大丈夫?大丈夫なん?!」
「・・・何か頭がぼーっとしとる」
麗蘭は恵が意識を取り戻した事をナースコールで伝え、当直の医師とナースが加わったことで病室は人で溢れ返った。いくつかの診察の後、医師が恵に語りかける。
「有楽さん、気分はどうですか?痛いとか、気持ち悪いとかありますか?」
「気持ちは悪ないけど・・・」
恵が起きあがろうとしてうっ、と呻き声を上げた。
「・・・背中がめっちゃ痛いです」
「有楽さん、あなたはかなり深く刃物で背中を刺されました。幸い急所ははずれていたので、命に別状はありません。傷は残ってしまいますが、ゆっくり治していきましょう」
「そうや、私刺されたんや・・・」
「ショックもあるでしょうから、ご家族の方もあまり無理はさせないでください。何かありましたら、いつでもナースコールを鳴らしてくださいね」
医師は言い終えると、ナースと共に静かに病室を出て行った。
恵は視界に雲龍と真理たちの姿を捉え、俯いて消え入りそうな声を出す。
「お父ちゃん・・・ごめんな。御堂さんらも・・・」
「何言うてんの!この人らのせいであんたがこんな目に遭ったんでしょうが!何で謝んの?」
険しい表情で雲龍たちを睨む母親の頬を、今度は麗蘭がはたいた。
「・・・何すんの?」
「ちょっと落ち着いてもらえたらと思って。少なくとも私は娘さんの命の恩人だと思うのだけど、まだ感謝の言葉も聞いてないわよ?」
母親は毒気を抜かれたようにへたり込み、ハンカチで涙を拭いながら麗蘭に頭を下げた。
「・・・娘を救っていただき、ありがとうございました・・・」
「どういたしまして。ではせっかくなので、どうして私が娘さんを救う事になったのか、その次第を聞いていただけると非常にありがたいのですが?その上でこの3人が許せない、という事であればそこから先はご自由に」
麗蘭は恵に向き直り優しい笑顔で尋ねた。
「と言う事なんだけど、お話できる?」
恵は弱々しく微笑み、うん、と頷いた。
「始まりは・・・1通のメールやってん。趣味でやってた占いのページに“もうすぐあなたの人生が大きく変わります。騙されたと思って、以下の予言をあなたのものとして公開してください。外れたとしても、誰も気にしないから大丈夫ですよ”って書いてあって。
そのころは1日に10人ぐらいしか来てなかったし、何も考えんと載せてみたん。
そしたらその後すぐにまた同じ相手からメールが来て、“素晴らしい。これであなたの人生は大きな賞賛に包まれた幸福に恵まれる事でしょう。あなたの才能を見込んで、ご提供させていただきたいものがあります。明日表参道の**までお越しください”って返ってきて。怪しいな、思たけどそこにまっさらな建物が建ってて。黒い服のおじさんが色々話を聞いてくれた上で、“あなたの占いで人々を幸せにしましょう。私にその手伝いをさせてください。もちろん、建物に関するお金はこちらが払うので一切心配しないでください”いう話になって、コンセプトやら何やらで盛り上がって」
恵が遠くを見るような目をした。
「目に見えて、人生が変わっていく感じがしてん。せやけど、私本格的な占いなんか出来へんで?言うたら心配するなって。私の神は人智を超えた存在なので、あなたはその声を伝える巫女として振る舞えば良いのですって言われて。その神様言うのが最新かつ唯一の“神のAI”やってん」
真理と桐生、麗蘭の表情が少し厳しくなった。
「やり方は単純。部屋に置いたぬいぐるみの中にカメラが入っとって、複数の画像から姿形を解析すんねん。で、タブレットに入れてもらった名前と生年月日から次の瞬間にはその人の詳しい情報が生成されとる。何が好きか、誰と仲がええんか、そんな事まで全部筒抜けや。情報は極小のイヤホンを通じてリアルタイムで必要な情報だけを伝えてくれるから、あとはそれらしくお告げを言うだけ。金髪のウイッグを使こてたんは身バレすんのが嫌やったのもあるけど、耳を隠すんが一番の目的やってん」
「手品師が使うのと同じ手ね・・・」
真理が誰に言うともなく呟く。
「ほしたら、お告げを聞いた人がみんなびっくりしはんねん。何で分かんの?みたいな感じで。そうこうするうち“あの子の占いは当たる”っていう口コミが広がり始めて、ちょうどその頃東京の事件が起きて。私自身忘れとったんやけど、それに気づいた人らがおって。“JK巫女は事件を予言していた”みたいな感じでお客さんはどっと増えたんやけど、私は元々この事件を起こそうとしてたんがあの男の人らだったんちゃうかと思て、それはすごい怖かった。でも、言う事を聞いてたら毎日何十人、何百人の人が私のことを称賛してくれる。その快感には勝たれへんかった」
母親は涙を流しながら、雲龍は俯いたまま娘の独白を聞いている。
「それが、御堂さんらが来た日に変わった。お二人を見た後から、聞こえてくる声をそのまま伝えてたはずやのにお客さんの顔は全然納得してへん。案の定、その日のコメント欄はネガティブな意見で溢れ返っとった。私は怖なった。今までもらってた賞賛が同じ量の批判に変わったら、絶対耐えられへん。そこに例の人から電話がかかってきて。また神様の声を聞きたいんやったら、罪を償って神様にちゃんと言わなあかん、て。
次の日にお父ちゃんらがホテルのロビーに居てるから、何としても同行すること。スマホが繋がらん場所でも位置が分かる端末を持たせてくれて、そこに迎えに来てくれること。それまでに勾玉と、桐生さんが背負ってるリュックの中身を手に入れとくように言われた。追いかけられそうになったら真ん中の水晶を割ったらえらい事になるで、言うたら大丈夫や言われたんでそないしたらホンマにみんな固まってしもて逆にこっちがびっくりした。で、洞窟の入り口塞いだから出てくる前に神様のとこ行こ、言われて行ったんが飛龍神社。そこでうまくいかんと往生しとったとこにこのお姉さんが来てくれて、背中に何かぶつかった気がしたとこで気ぃ失って、気づいたら今やってん」
「あんた、ホンマにアホなことを・・・」
母親は泣きながら恵を抱きしめた。
「ごめんなお母ちゃん。どないかしとってん。ズルして知らん人に褒められても、何もええ事なんかあらへんのにな・・・」
「でも、お前はお前を見て欲しかったんやろ」
雲龍が涙を堪えながら恵に話しかけた。
「お父ちゃんはお前からも逃げてしもたからな。それは間違いなくワシのせいや。辛い思いさせて、ホンマに申し訳ない。悪かった!」
深々と頭を下げる雲龍。母親は何事か考えていたが、疲れた感じで恵に話しかけた。
「それを言うんやったら、お母ちゃんも一緒やね。あんたが必死に足掻いてんのを見て、褒めるどころか小言しか言わへんかったからね・・・辛かったなあ、恵」
「お父ちゃん、お母ちゃん、私、私・・・!」
そこから恵は赤子のように泣きじゃくった。親子3人を残し、真理たちはそっと病室を後にする。
「AI教・・・絶対許さない!」
流れる涙にも気づかず決意を口にした真理を、麗蘭がそっと抱きしめた。




