「那智の女子高生占い師」 08
2025.5.12 20:00 熊野・那智の滝
那智の滝をご本尊とするのが飛龍神社。ちょうど鳥居の向こうに那智の滝が拝めるようになっている。更に近づいて見れる舞台のようになっている場所もあるのだが、この時間は立ち入りが禁止になっている。
殆ど人影が見当たらない夜の飛龍神社に、2つの影が並んでたっていた。一人はこの季節だと言うのにロングコートのようなものにフードを被り、もう一人はジャージにポニーテールの少女という不自然な取り合わせであった。
ポニーテールの少女が丸い鏡のようなものを取り出す。その中心は朧げに光っているようだった。
「これで、思ってることを言うたらええん?」
恵が教主に確認するように尋ねた。
「そうです。あなたが心の底に秘めている、嘘偽りのない思いを神にお伝えください」
恵はうん、と頷き目を閉じて一息吸ってからコトノハノ鏡を滝にかざし、言の葉を紡いだ。
「神様、私はまたあなたの声が聞けるようになりたい!そして、誰からも認められる本物のリナになりたい!」
一瞬の静寂。次の瞬間に訪れたのは、変わらず降り注ぐ滝の音だけであった。
「・・・これ、ひょっとして失敗?」
恵が不安そうな表情で教主に尋ねる。教主は一瞬考え込んだ後、再び恵に告げた。
「水晶が光っているということは、あなたが選ばれし者であることを示しています。ならば、紡ぎ出した言の葉が真実ではなかったのでしょう。もう一度よく考えて、真実を語るのです」
恵は戸惑いを隠せなかった。今言った以上に強く思ってる事なんかあっただろうか?・・・ある。しかしそれはこの場で口に出して良いものだろうか?
恵の逡巡を見逃さなかった教主がやや厳しい口調で続ける。
「神に嘘は通じません。それは裏切りにも等しい行為です。隠すことなく、心の内を曝け出すのです。でなければ、あなたの罪が許されることはありません」
この言葉は恵に効いた。意を決し、もう一度コトノハノ鏡を掲げ滝に語りかける。
「お父ちゃん、騙してごめん!でも、やっぱり私はあの賞賛を取り戻したい!」
それは間違いなく恵の本心であった。しかし鏡も滝も何も答えない。
「どういう事だ・・・なぜ“門”は開かない・・・?」
「それは、紛い物が紛れてるからじゃないかしら?」
突然背後からかけられた女性の声に二人はビクッと振り返った。体のラインを強調するライダースーツに身を包んだ女性は妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりと二人に近づいてきた。
「紛い物・・・まさか!」
教主が恵の手からコトノハノ鏡を引ったくると、中央の水晶は変わらず淡い光を放ったままである。
「発信機の光も、そこまで露骨だと案外気づかないものでしょ?」
麗蘭は教主から視線を逸らさず手品の種を暴露した。
「そういう事か・・・」
忌々しげにフェイクの鏡を眺める教主に麗蘭が最後通告を行う。
「東京ではうまくしてやられたけど、もう逃げられないわよ?」
「それはどうかな?」
教主は一瞬興味を失った目で恵を見ると、次の瞬間狂気を含んだ目を見開き懐から取り出した短剣を恵の背に突き立てた。
「・・・え?」
事態が飲み込めない恵はそのままその場に崩れ落ちる。
「さあ、どっちを選ぶ?私との鬼ごっこか、この娘の命か!」
言うなり教主は出口に向かって駆け出した。麗蘭は一瞬迷ったが、今は目の前の命が優先だ。素早く携帯を取り出し、救急車の手配をしながら恵の状態を確認する。短剣は綺麗に刺さりすぎたため、それ自体が止血効果をしているようだ。
「ごめん、真理。しくじった・・・」
遠くから聞こえ始めた救急車のサイレンを聴きながら、麗蘭は誰にも聞こえない声でつぶやいた。
◇◇◇
2025.5.7 18:00(4日前) 東京・真理の研究室
「で、誰が行くの?」
麗蘭の問いに桐生がウズウズしているのは誰の目にも明らかだったが、必死でガッつかないようにしている努力を認め皆気付かないふりをした。
「じゃ、真理と桐生にお願いするわね」
「麗蘭は来ないの?」
真理が不思議そうに尋ねる。
「私はね、TRUTHのエンジニアしながら取材もやってんの!そんないつもいつも一緒に行けるわけないでしょ!」
「そうね・・・お仕事だもんね・・・」
しょんぼりとした真理を見て麗蘭がやれやれ、とフォローを入れる。
「とは言え件の“鳴金”は仕事としても個人的な興味としても見て見たい気持ちはあるわ。途中はご一緒できないけど、そのタイミングになったら呼んでちょうだい。幸いにも今回の現場は大阪だから、そんなに時間をかけずに行けると思う」
「分かった!麗蘭、すっごいの見せてあげるからね!」
ホントにこの子はお子様なんだから。とは言え喜ぶ真理の顔を見るのはやっぱり嬉しい。と、研究所のインターホンが鳴った。桐生が対応する。
「国際便で荷物が届いたみたいっす。マイクからのかな?取ってきます!」
駆け出した桐生を画面越しに見ながら、マイクが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「あんた、何か余計な事考えてるんじゃないでしょうね?」
真理のジト目に怯む事なくマイクが飄々と答える。
「それは見てのお楽しみ。お、桐生君が戻ってきたみたいだな」
桐生は予想より大きな荷物を引きずりながら研究室に戻ってきた。
「マイク、届いたのはいいけどこれデカすぎない?」
「まあ、開封してごらん」
宮本と南も手伝って厳重に封がされた段ボールを開封する。中から出てきたのは見た目が全く同じに見える2つのアタッシュケースだった。
「何で2つも作ったんすか?予備?」
「惜しい。予備じゃなくてダミーだ。二つのケースを開けてごらん」
マイクに促され桐生と南がアタッシュケースを開ける。桐生が開けたケースには“コトノハノ鏡”がちょうど収まるように丸い窪みが設けられていた。と、南が驚きの声を上げる。
「き、桐生さん、これ見てください!“コトノハノ鏡”がもう入ってる!」
そんなバカな、と南が開けたケースを覗き込むとそこには確かに黒光りする“コトノハノ鏡”が鎮座している。
「これは一体・・・?」
「万が一の備えだよ。奴らが“コトノハノ鏡”を取り返しに来る危険性は十分にある。だからこちらはそれを逆手に取って、発信機付きのダミーで彼らの居場所を教えてもらおうって寸法さ」
「でも、どうやって見分けるの?間違って本物が入ったケースを渡したら本末転倒じゃない」
「真理の指摘はごもっとも。だから二つの細工をした。一つはケースに書かれたMMRのロゴ。本物は黒、フェイクは赤。次に入れ間違いを防ぐため、フェイクの鏡は本物より大きめに作ってある。間違ってフェイクを本物のケースに入れようとしても収まらないから、そこで間違うことはない」
「さすが・・・」
「さらに発信機はバッテリーの消耗を防ぐため、起動時には取手の裏にあるボタンを軽く押してくれ。そこから水晶球の部分が淡く光って通信が始まる。中途半端に鏡の仕組みを知ってる奴ほど引っかかるはずだ」
「受信機はどこにあるの?」
「麗蘭、いい質問だ。これに関しては論より証拠だな。南刑事、ケースの取手の裏にあるボタンを軽く押してくれ」
「こ、こうですか?」
南がマイクに言われた通りに操作する。と、真理・桐生・麗蘭のスマホに無音のアラートが表示された。それはすぐマップアプリに切り替わり、現在地を赤い丸で示している。
「マイク、あんたいつの間に・・・!」
「ちょっとした悪戯心だよ」
「・・・次無断でこんな事やったらぶっ飛ばすわよ」
「了解。心がけるよ」
「まあ、大丈夫だとは思うけど桐生が悪い女に騙されてホイホイ渡す可能性もゼロじゃないから、アラームが起動したら私も現場に向かうようにするわね」
「失礼な!俺を何だと思ってるんすか!」
「そんな酷いこと・・・言えない・・・」
麗蘭がわざとらしくヨヨヨ、と机にもたれかかる。
「いつかギャフンと言わせてやるからな!」
「はいギャフン。満足した?」
桐生以外の誰もが思った。こいつは一生麗蘭に勝てないだろう。




