「那智の女子高生占い師」 06
2025.5.12 11:10 那智の宿・ホテル飛龍
10分後。山歩きに適した服装に着替えた真理と桐生が雲龍の前に立っていた。
「上出来上出来。で兄ちゃん、それは何や?」
雲龍が桐生の背負っている物々しいアタッシュケースを興味深く見ながら尋ねた。
「これはその、万が一“常闇の壁”が“門”に繋がっていた場合、どうしても必要となる重要アイテムが入ってます」
「へえ、よう分からんけどその時は頼むわ」
じゃ行こか、と雲龍が腰を上げた時ホテルの玄関にある自動ドアが開き、元気な声がロビーに響いた。
「私も行くっ!」
それは黒髪のポニーテールを揺らしながら、“天神館”と書かれた学校指定のジャージを身に纏ったリナの姿だった。呆気に取られる3人を気にすることもなく、スタスタと近づいてくる。雲龍がサングラスの奥の目をまん丸にしながら尋ねた。
「・・・お前も来んの?」
「神様のお告げがあってな。私がおらんとあかんらしいで」
「まだそんな戯言いうてんのか・・・」
「あんたにだけは言われたないわ。断られても、勝手についていくからな!」
「・・・好きにせい」
背を向けて歩き出す雲龍。リナは満面の笑みで真理と桐生に宣言した。
「という事でお二人も、よろしくお願いします!」
未だ事態についていけない真理の横で桐生は思った。
「ジャージも・・・いい」
◇◇◇
2025.5.12 12:00 那智の山中
苔の匂いが濃く漂う古道を外れ、四人は鬱蒼とした木の繁る山中に分け入っていた。
先頭にはフル装備の男性、次いで山登りにはやや軽装に見える男女、最後にジャージ姿の少女。胸元には「天神館」のロゴが白く浮かんでいる。
「“真実の言の葉”はただの言葉やない。天に届くぐらい強い霊力が紡ぎ出す真言やと確信した修験者は、“常闇の壁”の修行窟に篭って勾玉に霊力を込め続けた」
獣道を進みつつ、雲龍が続ける。
「これが伝承にある“常闇の壁”の記述や。普通“常闇”は先の見えへんぐらい過酷な荒業の暗喩と解釈すんねん」
雲龍は枝を払いながら続けた。
「せやけどワシは考えた。わざわざ“壁”ゆう言葉を使ってんのは何でや?荒業を示すんやったら“常闇の業”とか、もっと直接的な表現使うんちゃうやろか」
急勾配の斜面を細い木の幹に頼りながら登る。
「それは文字通り太陽の光が射さへん断崖にある修行窟や。ワシは何年もかけて、必死こいて探した。手がかりなんかあらへん」
岩場に差し掛かる。足元の石がかすかに震え、どこからか低い唸りのような音が響く。
「そんで、ようやく見つけた。“山が震える場所”や」
岩と岩の間。黒い裂け目のような洞が姿を現す。低い唸りと共に奥から噴き出す風が、獣の息のように脈動した。
「・・・こっからは先は今までみたいに行かへん。距離は知れとるけど、もし気分が悪なったらすぐに言うてや」
「何があるんすか?ひょっとしてガスとか?」
桐生が及び腰で尋ねる。
「まあ・・・似たようなもんかもしれんけど、もひとつタチ悪いかな」
「それ、命に関わったりします?」
逃げ腰に変わりつつある桐生に雲龍がニヤリと答えた。
「命には関わらん。何回も行っとるワシが生きてんのがその証拠や」
「死なないんなら、別にいいんじゃない?」
「リナさん、君は本当に男前だねえ・・・」
「後で桐生さんにも分けてあげますよ。それじゃ、前進あるのみ!」
「こない言うてるけどあんたらもええか?」
「大丈夫です」
「ええと、はい、行きます!行かせていただきます!」
「ほな、付いてきてくれ。はぐれんようにな」
岩の裂け目から、中へ。雲龍のヘルメットに取り付けられたライトが頼りなく揺れ、湿った岩肌を淡く照らす。進むにつれ、地の底から響くような唸りは徐々に大きくなり、空気そのものが圧縮されていくような重みが全身を包み込む。
「・・・何か、変な感じ。頭の中じゃなくて、体そのものが押し潰されるような・・・圧力を感じる」
息苦しそうな真理に雲龍が答える。
「これが、勾玉に込められた“念”のプレッシャーやねん。修験者の無念が圧になって流れとる。知らんかったら普通はこの辺までで引き返すわ。本能の警告、いうやつやな」
「・・・俺の“お家に帰りたい”アラームはもう最高潮っす」
「桐生さんって、何でそんなにヘタレなんですか?」
「へ、ヘタレ?」
「そう。女の子はね、こう言う時“俺に任せとけ!”ぐらい言って欲しいの。分かる?」
「お、おう!」
「じゃあシャキッとしましょう!年上なんだから、いいとこ見せて下さいよ?」
「・・・任せとけっ!」
雲龍と真理が小声で会話する。
「桐生君が単純なのは仕方ないとして、リナさん只者じゃないですね」
「ダメ男の扱いに慣れてんねん」
顔は見えないが、苦笑しているのは分かる。
「着いたで」
空間が開けた。陽の差さぬ絶壁の奥。かつて天雲上人が鎮座していたであろう修行窟の中心に、怪しい光が深い脈動を刻んでいた。
◇◇◇
「あれが・・・“勾玉”?」
真理の呟きに雲龍が答える。
「せや。伝説の修験者が何年も霊力を込め続けたバケモンや」
「・・・これだけの距離なら難なく到達できるはずですが、何故今まで取らなかったんですか?」
四人が立つ場所から勾玉までは数メートルしか離れていない。真理の疑問も尤もだった。
「歩いていくだけやったら、10秒もかからんわな。ワシも見つけた時は、“勝った”思たし」
「じゃあ、一体なぜ・・・」
真理の疑問に被せるように、“声”が響いた。空気の振動ではなく、頭の中に直接語りかけてくる重々しい“音”。
“・・・キ・・・サマハ、受ケ継グ・・・者カ?”
「な、今の声は?」
「天雲上人や。その思念、いう方が正しいんかな」
リナの占いの最後に発せられた謎の言葉の主は、正にこの声ではなかっただろうか?
“・・・受ケ継グ・・・者ナラバ、悟リ・・・ヲ示セ。違ウ・・・ナラバ、去レ”
「悟りを示す?」
「えげつないやり方でな。結局、辿り着けた事なんかあらへん。何遍やってもあかんから、もう来んのも嫌になっててん」
「何を弱気な!」
「桐生君?」
「たったこれだけの距離、進めないなど軟弱の極み!“漢”を悟った桐生蓮、俺に任せろ!」
さり気なくリナにアピールし、桐生が一歩を踏み出す。
「・・・あれ、大丈夫なんですか?」
「・・・まあ、見とき」
桐生が勾玉に向き合うと同時に、“念”のプレッシャーが一段と強まった。
「この程度のプレッシャー、どうと言う事はない!」
どこかで聞いたセリフを吐きながら一歩を踏み出す。と、後ろからリナの声が聞こえてきた。
「どうでもいいけど、ここ凄く暑くないですか?私もう汗かいちゃって・・・」
「リナさんも?私も正直ベトついて気持ち悪いのね・・・」
「ま、見られて減るもんでもなし脱いじゃいますか?」
「そうね。少しはマシになるかもしれないし」
衣擦れの音が桐生の耳を刺激する。
「うわあ、下着までベチョベチョ。真理さんは?」
「同じく。こんなの着てられないわね」
さらに何かが床に落ちる音がする。そんな、ご無体な!桐生のわずかに残った紳士としてのプライドが後ろを振り向くことを拒絶する。
「うわあ、真理さん綺麗!どうやったらそんなになれるんですか?」
「リナさんこそ。さすが高校生だけあってハリと艶が羨ましいわ」
「ね、雲龍さんはどっちが綺麗だと思う?」
「ワシか?そうやなあ・・・」
「待てええええええええええええええい!」
さすがに堪えきれなくなった桐生が振り返り、全力でダッシュしてきた。
「え?何?」
踏み出したと思ったら叫びながら振り返って壁に激突した桐生を真理とリナが不思議そうな目で見る。もちろん二人ともちゃんと服を着ている。と、再びあの声が聞こえた。
“煩悩・・・二抗エズ。修行・・・ガ足リン”
「これって・・・」
「せやねん。仏教で言うとこの“貪・瞋・痴 (とん・じん・ち)”みたいなもんかな。そいつの煩悩を刺激して強制的に戻しよるねん」
「うわ、性格悪・・・」
リナが何とも言えない表情で呟く。
「ワシも何十回と試したけど・・・さすがに一歩目はなかったで」
むくり、と桐生が立ち上がる。
「ふっ、そう言うことか」
「兄ちゃん、もうやめとき。勝てる気がせえへんわ」
「種が分かれば手品にあらず。要は振り返らなければいいだけの事。天雲上人、破れたり!」
「・・・止めたからなー・・・」
雲龍の言葉に耳を貸す気配もなく、桐生が再び立ち向かう。
一歩目。温泉の匂いがする。ほんのりと湯気が漂ってきた。真理とリナの声。
「うわー、真理さんやっぱり綺麗!ひょっとして前世は美の女神とか?」
「リナさんこそ立派に育って。このピンク色はもはや芸術ね」
「もう、どこ触ってるんですか!」
どこが育って、何を触ってるの?教えて!俺にも教えて!・・・って違う、これは修験道のおっさんが作り出した幻。桐生蓮は屈しないぃぃぃぃぃ!
二歩目。何かを見つけた真理の声。
「あら、このPCは何かしら?」
「いっぱいフォルダが並んでるけど……この“Best Selection”って何だろ?」
「リナさん、勝手に開けるのは人として……」
「真理さんも気になってるくせに。行きますよ?ポチッとな」
「待てえええええええええええええええええい!」
猛ダッシュで入り口に戻る桐生。何かを抱き抱えるように滑り込んだ。
「これは、これだけはあああああっ!」
ハッと気づいた桐生の目に飛び込んできたのは、汚物を見るような眼差しのリナ。真理は頭を抱え、雲龍は哀れみの目を向けている。
「な、言うたやろ?」
声が響く。
“……修行ガ、足リン”




