「那智の女子高生占い師」 05
2025.5.11 18:00 リナの住むマンション
「ただいま〜」
夕食の香りがするリビングを抜けて、部屋のベッドに寝っ転がるリナ。今日はいつもより疲れたな・・・と、リビングから母の苛立った声が聞こえる。
「寝るんならちゃんとご飯食べて、お風呂入ってからにしなさい!」
「は〜〜い」
よっこらせ、と体を起こしリビングで夕食を食べる。
「あんた、今日もあれやってたん?」
母が肯定的とは思えない顔と声色でリナに尋ねる。
「ええやん、儲かってんのやし。ちゃんと家にも入れてるやろ?」
「そう言う事やのうて、もうちょっと人様に顔向けができるような・・・」
「あのなあ」
リナは箸を置いて母親を見据える。
「まずはお金ちゃうかったん?それ言うたんお母ちゃんやで。それに、私は人様に顔向けできんことをやってるとは思てない!」
「あんたはそう言うけど・・・」
「もうええ。話にならん。ごちそうさま!風呂入って寝るわ!」
ズカズカと去っていくリナの後ろ姿は、俯いた母親の目には映っていなかった。
「あ〜もう、腹たつ!」
浴槽の中で怒りを爆発させたリナだが、立ち上る湯気とともに少しづつ怒気も霧散していったようだ。
「また言い過ぎてしもた・・・あかんなあ・・・」
母が自分を心配している事は痛いほど分かる。占い師なんて一生やっていくような商売でない事はリナ自身も理解している。しかしSNSという媒介を通じて寄せられる溢れんばかりの賞賛はやめられない麻薬のような誘惑にまみれていた。
「今日はどれぐらい反響あったかな・・・」
浴槽から立ち上がったリナは全身鏡に映る自分に問いかけた。全てを脱ぎ捨てた自分はどこにでもいるただの高校生。でも、リナという架空の存在は自分を普通の世界から連れ出して甘い夢を見せてくれる至高の存在。
「いつか・・・本物のリナになんねん」
もし神様がいて、今のリナを見たらきっとこう言うだろう。
「そのままのあなたが、一番魅力的なのよ・・・」
◇◇◇
パジャマに着替えたリナは飛び込むようにしてベッドに潜り込んだ。期待と共にレビューページを開くこの瞬間が1日の中で最も幸福を味わえる時間だからだ。ニヤつく顔でページをスクロールするリナの顔が少し曇り始め、やがて蒼白になった。
「嘘・・・なんで?」
前半は好意的なコメントが多かった。リナの可愛さを賞賛するものから、びっくりするほど当たったと言う見慣れた賞賛の嵐。でも、途中から旗色が変わり出した。
「何か、期待した割には普通のコメント」
「タイパで考えると、むしろマイナス」
「最初から最後まで的外れでした。ガックリ。こんな日もあるのかな?」
リナは信じられない目でさらに続く否定的なコメントから目を離すことができなかった。こんな事は今までにない。と、急に着信音が鳴り響いた。リナは恐怖に止まるかと思われた心臓を抑え、弱々しい声で応答する。
「もしもし・・・」
「やあリナ君、ご無沙汰しているね」
忘れようのない男の声であると理解した瞬間、先ほどまでの弱気が一気に怒りに変わった。
「ご無沙汰はええけど、今日のこれどういう事なん?話が違うやん!」
「はて?何の事かな?」
「どぼけんといて!いつも通り神の声を伝えたはずやのに、非難の嵐やん!」
「それは神ではなく、あなたに問題があったと思われますね、何かいつもと違って、心を乱されるような事はありませんでしたか?」
痛いところをつかれたリナは一瞬言葉を失った。
「・・・二人組の男女が来て。熊野の修験者に関する伝説を教えてくれ、って言われたから教えてあげた」
「それだけですか?」
「・・・その時、一瞬だけ記憶が途切れてた気がする」
「なるほど。彼らとの接触が、邪神の付け入る隙を与えてしまった可能性がありますね」
「でも、もう会うこともないやろうし。明日からは大丈夫やろ?」
「あなたが行った事が罪でなかったのであれば、神の声が歪められることはありませんでした。あなたは既に、罪を犯してしまったのです」
「そんな・・・たったそれだけの事で・・・」
「落ち着いてください。罪を償えば、神は赦しを、救いを与えて下さるのです」
「そうなん?また前みたいになれるん?」
「もちろん。あなた次第です」
「分かった。やる。どんな償いでもやるから、私から神様を奪わんといて!」
「良い心がけです。神も喜んで祝福をお与えになるでしょう」
「そんで、何をしたらええ?」
教主は電話口の向こうで満足げに微笑み、リナが行うべき償いの詳細を優しい声で伝えた。
◇◇◇
2025.5.12 11:00 那智の宿・ホテル飛龍(真理と桐生の宿泊先)
雲龍をどうやってその気にさせるか。良いアイデアが浮かばないまま二人してうんうん唸っていたところ、部屋の内線が鳴った。
「はい、御堂です。え?私にお客様?あ・・・そうですね、うっかりしてました。すぐに参ります!」
「誰っすか?」
「フロントから。私と会う約束をしてたのにまだ出てこないからすぐに呼び出してくれっていう人がきてるの」
「約束なんかしてましたっけ?」
「してないけど、会わない理由がないわ」
「どゆこと?」
「本人がね、“雲龍が来たと伝えてくれ”って言ってるんですって」
「マジで?」
「相手の気が変わらないうちに行くわよ!」
真理と桐生は取るものもとりあえず部屋を飛び出した。
エレベーターがフロント階に着くと自動ドアが開くのももどかしく、二人は勢いよく飛び出し雲龍の姿を探す。
「お二人さん、こっちやこっち」
機嫌よく手招きしているのは跳ね上がる横髪をインチキ臭い丸縁のサングラスで押さえつけた見覚えのある顔。が、首から下の出立が昨日と違いすぎる。
「雲龍さん、その姿は・・・?」
アロハと短パンは年季の入ったツナギに変わり、サンダルの代わりに軍隊のようなブーツを履いている。手袋には探検にでも行くかのようなヘッドライトが付いたヘルメットを抱え、大きなリュックを背負っている。
「自分ら、“常闇の壁”行きたいんやろ?」
「は、はい」
「それやったら、この装備は必需品やねん。自分らも行きたいんやったら、もうちょっと動きやすい格好に着替えた方がええで。何せ、人も通らん獣道やからな」
言葉は軽いが、サングラスの奥に光る目は強靭な意志を湛えている。雲龍の本気度を感じ取った真理はキリッと表情を変え、声高らかに宣言した。
「40秒で支度します!」
「先生、それは流石に無理!」
このアニメヲタクめ・・・桐生は心の中で毒づいた。




