食べかけの串焼き
店の灯りが、ひとつずつ落ちていく。
最後の客はもう帰り、店内には誰もいなかった。
皿も片付け終わっている。
あとは帰るだけだった。
リナは店を出る。
外の空気は、少しだけ冷たかった。
鍵を回し、扉から手を離す。
そのまま歩き出そうとして、少し先に見覚えのある背中を見つける。
「帰る?」
振り向いたエリオットが、軽い調子で言った。
「うん」
リナも短く返す。
そのまま、自然に並んで歩き出した。
足音が揃う。
近すぎず、遠すぎない距離だった。
「今日、静かだね」
「そう?」
会話は、それ以上続かなかった。
少し歩くと、通りの端に小さな明かりが見えた。
近づくにつれて、香ばしいにおいが流れてくる。
小さな屋台だった。
串を焼く煙が、夜の空気へゆっくり溶けていく。
その前で、エリオットがふと足を止めた。
「食べる?」
いつもの調子でそう言いながら、屋台の串を一本取る。
そのまま、リナへ差し出した。
リナは一瞬だけ串を見る。
焼きたての肉から、まだ熱が残っているのが分かった。
黙ったまま受け取る。
言葉は、出なかった。
そのまま、二人で少しだけ歩く。
気づけば、リナは串を口へ運んでいた。
一口、噛む。
肉の味がゆっくり広がる。
何も言わないまま、また一歩前へ進む。
「避けてる?」
唐突に落ちてきた言葉に、リナの足がわずかに止まった。
口の中のものを飲み込む。
「別に」
すぐに返したつもりだった。
けれど、ほんの少しだけ遅れていた。
エリオットはそれ以上追及しない。
「そっか」
返ってきたのは、それだけだった。
少しだけ歩いてから、また声が落ちる。
「楽だったのにね、あの感じ」
軽い言い方だった。
なのに、どこか引っかかった。
リナは何も返さない。
ただ、手の中の串へ視線を落とす。
あと少しで食べきれる。
ほんの一口分だけ残っていた。
串の熱が、少しずつ指先から抜けていく。
もう一口いけば、それで終わる。
なのに、手は動かなかった。
指先に、わずかに力が入る。
串を持ったまま、リナはまた歩き出した。
しばらくして、道が分かれる。
「じゃあね」
エリオットはそれだけ言って、そのまま歩いていく。
振り返らない。
リナも、呼び止めなかった。
その場に、少しだけ立ち止まる。
手の中の串は、もう冷めていた。
残っていた端を、少しだけかじる。
さっきより、味が薄い気がした。
残っているのは、ほんの少しだけ。
けれど、リナはそれ以上食べなかった。
串を持ったまま、また歩き出す。
歩きながら、ゆっくりと手を下ろした。




