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味のしないムニエル

 昼の店内は、相変わらず慌ただしかった。

 皿を運び、呼ばれれば返事をして、また次のテーブルへ向かう。

 体はもう流れを覚えている。

 考えなくても動けるくらいには、慣れていた。


 皿を受け取ったとき、ふと視線が奥へ向く。

 調理場では、エリオットがいつも通り手を動かしていた。

 特に変わったことはない。

 ただ、いつも通りそこにいるだけだ。

 リナはすぐに視線を戻した。


「三番、出して」

「はい」

 声に応え、皿を運ぶ。

 テーブルへ料理を置き、戻る途中。

 また、視線が奥へ向いた。

 同じ場所。

 同じ動き。

 そこでようやく、自分が何度も見ていることに気づく。

 リナは軽く眉をひそめ、前を向いた。

「……何やってんの」

 小さく、つぶやく。


 皿を下げ、水を注ぎ、また次の注文へ向かう。

 手は止まらない。

 ちゃんと動けている。

 余計なことを考えなければ、それで済む。


 ふと、言葉がこぼれた。

「……楽なんだよね」

 思ったより、はっきりした声だった。

 リナはすぐに口を閉じる。

 あの空気。

 あの距離感。

 無理をしなくていい感じが、妙に居心地よかった。

「……同じじゃん」

 ぽつりと漏れる。

 田舎にいた頃と。

 気を張らなくていい空気と、何も変わらない。


 リナは視線を前へ戻し、次の皿へ手を伸ばした。

「ここまで来て、それはないでしょ」

 小さく言い聞かせる。

 変わりたくて、王都へ来たのに。

 同じような場所を選ぶためではない。


 運んできた皿をテーブルへ置く。

 客は料理に目を向けたまま、リナのことなんて気にしていない。

 店の中では、いつも通りの会話と注文が流れていく。

 それでいい。

 余計なことを考えなくて済む。

 その方が、きっといい。


 その日の仕事を終え、リナは店を出た。

 まっすぐ帰る気にはならず、少しだけ足を伸ばす。

 人通りの多い通りへ出ると、明るい店の灯りが並んでいた。

 洒落た服を着た人たちが行き交い、笑い声が流れていく。

 その中で、ひとつの店の前で足が止まった。

 普段なら、通り過ぎるような店だった。


 扉を開けると、店内は静かだった。

 落ち着いた照明。

 整えられた席。

 店員の動きにも無駄がない。

 案内された席へ座り、しばらくして運ばれてきたのは、白身魚のムニエルだった。

 焼き色は均一で、盛り付けもきれいだった。

 皿の上へ、きっちり収まっている。

 一口、ナイフを入れる。

 すっと刃が通った。

 そのまま口へ運ぶ。

 味は悪くない。

 ちゃんとしている。

 けれど、それだけだった。

 もう一口食べる。

 二口目も、最初と同じだった。

 想像した通りの味。

 きれいで、整っていて、間違いがない。

 でも、何も残らない。

 リナは手を止めた。

「……これでいい」

 静かに呟く。

 もう一度、ムニエルを口へ運ぶ。

「私は、こっちに行く」

 言葉にして、飲み込む。

 きれいで、整っていて、ちゃんとしている方へ。


「あっちは違う」

 小さく、切る。

 そこで思考を終わらせるように、リナは席を立った。


 会計を済ませ、店を出る。


 夜の空気は、少しだけ冷たかった。

 けれど足は止まらない。

 迷わないように、そのまま前を向いて歩き出した。

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