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ぬるいリゾットと閉店後

 店の扉が閉まると、店内は急に静かになった。

 ついさっきまで飛び交っていた声や食器の音が、嘘みたいに遠のいていく。

 椅子は机の上へ上げられ、広くなった床が見えていた。

 灯りもいくつか落とされ、店の中は少し薄暗い。

 リナはカウンターの端へ寄りかかり、小さく息を吐いた。

「……やっと終わった」

 口にした途端、張っていた力まで抜けていく。

 静かになった店の奥では、まだ何かを片付ける音がしていた。

「まだ帰らないの?」

 声をかけると、奥から返事が返ってくる。

「帰ってほしい?」

「別に」

 リナは反射みたいに即答した。


 少し間を置いて、足音が近づいてきた。

 エリオットがカウンターの向こう側へ立つ。

 昼間と変わらない顔をしている。

 けれど、どこか少しだけ力が抜けて見えた。

「片付け」

 短く言って、エリオットはそのまま手を動かし始める。

「毎日こんな感じ?」

「だいたい」

「飽きないの?」

「飽きるよ」

 あっさりした返事だった。

「じゃあなんでやってんの」

「やめるの面倒だし」

 さらっと返されて、リナは思わず小さく笑った。

「それで続けてるのすごいね」

「そう?」

 興味なさそうな声が返ってくる。


「食べる?」

 エリオットが、近くの鍋を顎で示した。

「毎回それ言うね」

「嫌ならいいけど」

「食べる」

 リナは即答した。


 器に盛られたリゾットを受け取り、カウンター席へ座る。

 スプーンですくい、一口食べた。

 やわらかい米が、口の中でほどける。

 バターの香りがゆっくり広がり、後からきのこの旨味が残った。

「……ぬるい」

「そう?」

 エリオットは特に気にした様子もない。

 リナはもう一口、リゾットをすくった。

 確かに温かくはない。

 それでも、味はぼやけていない。

 冷めているのに、不思議と悪くなかった。


「昨日さ」

 スプーンを持ったまま、リナは口を開いた。

「ちょっと頑張りすぎたかも」

「見てた」

 即答だった。

「何それ」

「やりすぎ」

「うるさい」

 反射みたいに言い返す。

 けれど、声にいつもの強さはなかった。

 少しだけ間が空く。

 リナはリゾットをもう一口すくった。

「ほんとさ、なんでそんな力抜けるの?」

「抜いてるわけじゃないよ」

「いや、抜けてるでしょ」

「そう見えるだけ」

「それでちゃんと回ってるの、ずるくない?」

「別に」

 エリオットの調子は、相変わらず変わらなかった。


「ずっと王都なの?」

 何となく気になって、リナは聞く。

「違う。田舎」

「え」

「出稼ぎ」

 短い言葉だけが返ってくる。

 リナは少しだけ目を細めた。

「……一緒じゃん」

「そうだね」

「じゃあ帰るの?」

「そのうち」

「曖昧だね」

「そんなもんでしょ」

 会話はそこで途切れた。

 けれど、不思議と気まずさはなかった。


 リナは残っていたリゾットを食べきり、器へ視線を落とした。

「……なんかさ」

 気づけば、言葉がこぼれていた。

「こういうの、楽だね」

「何が」

「この感じ」

「そう?」

 エリオットの調子は相変わらずだった。

 少しだけ間が空く。

「仕事中もそれくらいでやればいいのに」

 ぽつりと落ちてきた言葉に、リナは顔を上げた。

「やってるよ」

「嘘でしょ」

「本当」

 リナは少し考える。

 今日の昼間の様子を思い出した。

 確かに、言われてみればあまり変わっていない気もする。

「……まあいいけど」

 リナは器をカウンターへ置いた。

 静かな店の中に、小さな音が響く。


 外に出ると、夜の空気が少しだけ冷たい。

 体の疲れは残っている。

 でも、どこか軽い。

 歩きながら、ふと息が抜ける。

「次の賄い、なんだろ」

 誰に聞かせるでもなく、つぶやく。

 それから、ふとエリオットの言葉を思い出した。

「……田舎か」

 小さくこぼれる。

 リナはそのまま、夜道を歩き続けた。

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