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焦げかけのオムレツ

 昼の混雑がひと段落し、店の中にも少しだけ余裕が戻り始めていた。

 それでも、完全に止まることはない。

「すみません、追加で注文いいですか」

「パン、もう一つお願いします」

 飛んでくる声に応えながら、リナは皿を持って動き回る。

 前よりも、少しだけ体がついてくるようになっていた。

 どこに何があるのか。

 どの料理をどの席へ運ぶのか。

 考えるより先に、体が動く瞬間も増えてきている。

「……今日はちょっとマシかも」

 小さくつぶやき、リナは次のテーブルへ向かった。


 客へ向ける声を、少しだけ柔らかくする。

 笑顔も忘れないようにした。

「お待たせしました」

 返ってくる反応は悪くない。

 むしろ、昨日よりはちゃんと返してもらえている気がする。

 だから、もう少し頑張ろうと思った。

 声を明るくして、

 動きを速くして、

 客が呼ぶ前に動けるよう気を配る。

 ちゃんとやれば、ちゃんと返ってくるはずだ。

「それ、やりすぎ」

 横から落ちてきた声に、リナの足が止まる。

 視線を向けると、調理場の奥でエリオットが手を動かしていた。

「何が?」

「全部」

 短い返事だけが返ってくる。

 それ以上話す気はないらしく、エリオットはすぐに視線を戻し、次の作業へ移っていた。

 リナは言い返しかけて、やめる。

 代わりに、持っていた皿をテーブルへ置いた。

「……別にいいでしょ」

 小さくつぶやき、そのまま次の注文へ向かった。


 次の皿を受け取りながら、リナは眉をひそめた。

「これどっち?」

 似た料理が二皿並んでいる。

 リナは片方を指差した。

 エリオットはちらりと皿を見る。

「どっちでもいいんじゃない?」

「よくないでしょ!」

 思わず声が大きくなる。

「どっち出しても同じだし」

 あっさりした返事だった。

 リナは一瞬言葉に詰まる。

「……じゃあ、そっちで」

 エリオットはさらっと答えると、もう次の作業へ戻っていた。

 リナは言われた通りに皿を運ぶ。

 けれど、特に何も起こらなかった。

 客は気にする様子もなく、普通に料理を受け取る。

 たぶん、さっき指していた方でも同じだったのだろう。

 納得はいかない。

 でも、間違っているとも言えなかった。


 少しして、リナは小さなミスをした。

 注文の順番をひとつ間違えただけ。

 大きな問題になるほどではない。

 客も気にしていない。

 それでも、一瞬だけ周囲の動きがずれた気がした。

「申し訳ありません」

 慌てて皿を下げようとしたときには、もう正しいテーブルへ料理が運ばれていた。

 誰がやったのかは、見なくても分かる。

 調理場の奥では、エリオットが変わらない手つきで作業を続けていた。

 何も言わない。

 こちらを見ることもなく、ただ次の料理を盛り付けている。


 仕事が終わる頃には、昨日ほどではないにせよ、体にはしっかり疲れが残っていた。

 リナは近くの椅子へ腰を下ろし、小さく息を吐く。

 完全に疲れ切っているわけじゃない。

 けれど、まだ余裕があるとも言えなかった。


「食べる?」

 聞き慣れた声が落ちてきて、リナは顔を上げた。

 目の前に皿が差し出されている。

 受け取って見ると、丸い形の料理だった。

「……オムレツ?」

「そう」

 エリオットは短く答えるだけだった。

 リナは皿を持って席へ戻る。

 フォークを入れると、中は思っていたより柔らかかった。

 一口食べる。

 卵の甘みと、少し焦げた香ばしさが口に残る。

「……ちょっと焦げてる」

「まあいいでしょ」

 エリオットは気にした様子もなく、次の仕込みへ戻っていく。

 リナはもう一口食べた。

 焦げた部分も、そのまま口へ入れる。

 けれど、不思議と嫌な感じはしない。

 むしろ、それくらいの方がちょうどよかった。


 リナは、今日の自分の動きを思い返した。

 声を作って、

 動きを整えて、

 少し無理をして。

 全部をきれいにやろうとしていた。

 けれど、少しくらい崩れたところで、別に問題になるわけじゃなかった。

 リナはオムレツをもう一口食べる。

「……まあ、これくらいでいいのか」

 小さくこぼした声は、思っていたより自然だった。


「ねえ」

 フォークを止めたまま、リナは声をかけた。

「なんでそんな適当なの?」

 エリオットは作業の手を止めないまま答える。

「適当じゃないよ」

 少しだけ間が空く。

「それくらいが楽なだけ」

 それ以上、言葉は続かなかった。

 エリオットはまた何事もなかったように作業へ戻っていく。

 リナは皿へ視線を落とした。

 オムレツをもう一口食べる。

 今度は、さっきよりゆっくり噛んだ。


 店の外へ出ると、夜の空気が少しだけ軽く感じた。

 体の重さはまだ残っている。

 けれど、昨日ほどではない。

 歩きながら、ふっと自然に息が抜ける。

「……なんか、楽なんだよね」

 小さくこぼれた言葉に、自分で少しだけ眉をひそめた。

「いや、別に」

 誤魔化すように呟いて、リナはそのまま歩き出した。

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