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小洒落た鴨のロースト

 店の外へ出ると、空気が少しだけ変わった気がした。

 昼間のざわめきは遠くなり、通りには夜の灯りが増えている。

 行き交う声も、どこか落ち着いて聞こえた。

「どこ行きたい?」

 アルトが振り返る。

 不意に聞かれて、リナは一瞬だけ答えに迷った。

「……どこでも」

 そう返すと、アルトは小さく笑う。

「じゃあ、任せて」

 軽い調子で言って、そのまま歩き出した。

 迷いのない足取りだった。

 リナは何も言わず、その後をついていく。


 アルトに案内された店は、少し落ち着いた雰囲気の場所だった。

 静かすぎない。

 けれど、騒がしくもない。

 店内にはやわらかい灯りが落ちていて、話し声もどこか穏やかに聞こえる。

 席へ通され、リナは椅子に腰を下ろした。

 自然と背筋が伸びる。

 メニューを開く。

 並んでいるのは、聞き慣れない名前ばかりだった。

「こういうの、正直よく分かってないんだよね」

 アルトが少し笑いながら言う。

 その言い方は軽かった。

「おすすめ、外れないやつにしようか」

 店員へそう伝える。

 迷いがない。

 けれど、押しつける感じもしなかった。

 それだけで、リナは少し肩の力が抜けるのを感じた。


 料理が順番に運ばれてくる。

 最初に並べられたのは、小さな前菜だった。

 彩りよく整えられていて、見た目もきれいだ。

 リナはそっと口へ運ぶ。

 一口食べる。

 ちゃんと美味しかった。

「どう?」

 アルトが気軽に聞く。

「美味しいです」

 そう答えると、アルトは少しだけ満足そうに頷いた。

 少し間を置いて、リナはふと思い出したように口を開く。

「さっきも、店で食べてましたよね」

「……よく食べますね」

 アルトは小さく笑った。

「ばれた?」

 軽い調子で返ってくる。

 その言い方が、妙に自然だった。


 会話は、思っていたより自然に続いた。

 仕事のこと。

 王都のこと。

 特に意味のない話。

 気づけば、リナの方から言葉を返している。

 アルトが笑って、リナもつられて少し笑う。

 そんな時間が、ゆっくり流れていた。


 やがて前の皿が下げられ、次の料理が運ばれてくる。

 皿の上には、鴨のローストが並んでいた。

 焼き色はきれいで、照明の下で静かに艶が浮いている。

 リナはナイフを入れた。

 刃が通る音が、静かに響く。

 一口、口へ運ぶ。

 やわらかい。

 噛むほどに、味が静かに広がっていく。


「これ、当たり」

 鴨を口に運びながら、アルトが言った。

「ですね」

 リナの口元が、ふっと緩む。

 アルトはそのまま食事を続ける。

 途中で、少しだけ手元が雑になった。

 ナイフの置き方とか、皿へ戻す動きとか。

 でも、不思議と崩れて見えない。

 きっちりしすぎていないのに、ちゃんとしていた。

 リナはなんとなく、その動きを見てしまう。

「そんな顔もするんだ」

 ふいに言われて、顔を上げた。

「……どんな顔ですか」

「さっきの」

 アルトはそれだけ言って、小さく笑う。

 リナは何も返せなかった。

 でも、悪い気はしなかった。


 気づけば、時間はゆっくり過ぎていた。

 料理を食べ終え、二人は店を出る。

 夜の空気は、来たときより少しだけ軽く感じた。

 並んで、少しだけ歩く。

「今日はありがとう」

 アルトが言う。

「いえ」

 リナは短く返した。

「楽しかった」

 そのまま自然に続けられて、リナは微笑む。

「……私も」

 遅れて答える。

「また行こう」

 アルトは軽い調子で言った。

「はい」

 リナも小さく頷いた。


 そこで別れる。

 部屋へ戻り、扉を閉める。

 靴を脱ぐ。

 まだ少しだけ、口元に笑いが残っている気がした。

 そのまま椅子へ腰を下ろす。


 何もしていないのに、ふっと息がこぼれる。

 肩の力が抜けていく。

「……楽しかった」

 小さく漏れた声に、自分で少しだけ笑いそうになる。

 しばらく、そのまま座っていた。


 やがて、もう一度息を吐く。

「……疲れた」

 それだけだった。

 静かな部屋に、言葉が残る。

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