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リュドミラ先輩の別荘で過ごすのは今日で3日目。この2泊3日の小旅行も今日が最終日というわけだ。
もう今日の昼過ぎには別荘を発って、それぞれの屋敷まで送ってもらうことになっている。
それまでは特別に何かするわけでもなくリビングで思い思いにゆったりとした時間を過ごすことにした。
先に行ってしまったサンのことが気がかりでないかと言えば嘘になるが、それは気にしていても仕方がない。
何より信頼を寄せられる人にサンのことは任せているので、私は最終日を何の気兼ねもなく心穏やかに楽しむことが出来た。
そんな感じで別荘での最終日を過ごし、今は荷物を纏めている最中だ。
使用人に手伝ってもらったおかげで鞄の中に綺麗に荷物を詰め込むことが出来た。ついでにお世話になりましたとも言うことが出来たので、私としては心残りはない。
自分で鞄を持って別荘の前に待機している馬車の傍まで来ると、御者に荷物を渡して後の2人を待つ。
やがて2人もやって来て全員で馬車に乗り込んだ。
1日目に来た時と同じ道を辿って、帰ることになるだろう。出発した馬車の中でもひたすらにお喋りをしているうちに、一番最初に私の屋敷に着いてしまった。
「とっても楽しかったね!来年も、この3人で過ごしたい!」
「本当に。来年もそう出来たら嬉しいわね」
「あらぁ。そう言ってくれるのなら次の年の予約を、もう今してしまおうかしらぁ?」
「「是非!」」
屋敷の前、馬車の中でそんな調子のいいことを話しながら、3人で笑い合った。来年も本当に3人で小旅行が出来るといいなぁ。
別荘で食べた美味しいジャムを手土産に貰ってしまって、至れり尽くせりとは正にこのこと。
今回はリュドミラ先輩が主催となって避暑地へ遊びに行くことを提案してくれたが、本当に素敵な時間を過ごさせてもらった。
リュドミラ先輩には改めてお礼を言って、馬車を降りる。
馬車の外では私の帰りを待ってくれていたらしいグレタが既に荷物を受け取っており、私も地に足をつけた。
「ねぇねぇ。また今度、サンちゃんに会いに来てもいい?」
「ええ、勿論よ」
馬車の中からイリーナが控えめにそう尋ねて来たので、私は振り返って笑顔で頷く。
どうやらそれがずっと気になっていたらしく、ぱっと満面の笑みを浮かべたイリーナが「やったー!」と全身で喜びを表した。
イリーナが来てくれたらサンも喜ぶだろうし、断る理由はどこにもない。
「ふふふっ。その時は、私もお邪魔してもいいかしらぁ?」
「はい!お待ちしております!」
イリーナの様子を微笑まし気に見守っていたリュドミラ先輩が、話に乗って来る。その時は2人とも大歓迎させていただきますとも!
やがて帰っていく2人を見送ってから、3日ぶりとなる我が家の屋敷に足を踏み入れると何だか肩の力が抜けた気がした。
「お嬢様。お帰りなさいませ」
「ただいま、グレタ」
屋敷に着いたのは、もう夕方に入りかけているような時間帯だ。
私が不在の間、屋敷は何も変わったことはなかったとグレタから報告を受ける。
持って帰って来た荷物の片づけは全てメイドたちに任せてしまって、私は夕食の時間が来るまでリビングで待つことにした。
リビングのソファに座ったところで、グレタから一通の手紙を受け取る。
手紙の差出人はマルクル先輩からのもので、おそらくサンのことで手紙を送ってきてくれたのだろうと分かった。
その場で手紙を開けて中を見てみると案の定で、サンを預けたお医者様について詳しく書かれてある。
明日になれば医者がサンを屋敷まで連れてきてくれることと、その際に診断の結果を説明してくれるだろうことなどが要点よく淡々と書かれてあった。
見やすいし分かりやすいけど、なんか報告書でも見てる気分だ。
あの先輩、手紙の書き方ってものが分かっていないのでは?まぁ、そこは私が気にすることではないか。
手紙の返事はサンの無事が確認出来てから改めて書くことにして今、最優先すべきなのはグレタにサンのことを話すことだろう。
「グレタ。あのね、新しい家族を迎え入れようと思っているの」
「それは…どういうことでしょうか?」
お茶を淹れてくれていたグレタから、カップを受け取りながらそう話を切り出した。まぁちょっとややこしい言い方をしてしまったことは認める。
今度は私の話を聞く態勢になってくれたグレタに、避暑地で出会ったサンのことを一通り説明する。
最後にサンが明日、屋敷に来ることを伝えれば静かに聞いてくれていたグレタが一つ頷いた。
「畏まりました。それでは、そのように準備いたします」
「ありがとう。全ては揃えなくてもいいわ。またサンを連れて、一緒に見ながら買おうって考えてるの」
「それは良い考えですね。一先ず、サン様に合わせたお部屋の準備の方は終わらせておきます」
「急でごめんね。全然、急がなくてもいいから!暫くは私の部屋で一緒に寝てもいいのだし」
話を聞いてからのグレタの動きは早かった。
部屋の準備のために直ぐ他のメイドたちと複数人で動き始めてくれた。
急がなくていい、とは言ったものの部屋の準備は明日にでも出来てしまうことだろう。何から何まで、ありがたや~。
その日は夕食を戴くと、久しぶりに自室のベッドで眠ることになった。
別荘に泊まっていた時は、ずっと3人揃って一つのベッドで眠っていたものだから1人で眠るのも久々な気がして妙な寒々しさを感じてしまう。
ただ慣れた寝具と言うこともあってか、直ぐに寝てしまったのだけれど。
翌日の昼にはサンを連れたお医者様の馬車が、屋敷にまでやって来た。
1日ぶりのサンは私の姿を認めた瞬間に馬車から駆け下りて、猛スピードでこっちまで走って来る。
これは思い切り飛びつかれるかと思いきや、予想外に私の前で急停止し千切れんばかりに尻尾を振って私のことを見上げてくるだけだった。
おお!なんて出来た子なんだ!
私じゃ飛びつかれてしまえば受け止め切れない自信があったので、後ろに倒れる覚悟をしていたくらいだったので感動した。
でも、その聡い様子を少しだけ寂しいと感じてしまったのもまた事実だ。
何はともあれ良い子のサンのことを目一杯、撫でてやるためにしゃがんで視線を合わせてから抱きしめた。
「いらっしゃい、サン。これからよろしくね」
「ワンッ!」
サンに遅れる形で、馬車から降りて来た獣医を屋敷に迎え入れて診断結果を聞かせてもらう。
一言で言えば、サンは至って健康とのこと。なら、安心です。
費用は十全にお支払いして「これからは、かかりつけの医者として懇意にさせていただきますね」なんてお話もさせてもらった。
快く帰って行かれた医者を最後まで見送り、早速マルクル先輩に送る手紙を書くために自室へと戻る。
便箋を用意して感謝とサンのことを書きながら、はたとこの手紙をどこ宛に送ればいいのだろうかと首を傾げてしまった。
ご実家…は違うだろうし、学園寮の方も今は不在にしているはずだ。
なら、学園の近くに所有していると言うマルクル家のお屋敷の方か。あまり立ち寄ることはないと聞いているが、多分そこで問題ないだろう。
最終的にマルクル先輩に手紙が渡ればいいのだし、細かいことは気にしなくてもいっか。
住所の方は把握しているのでそこに届くように封筒に書いてから、半分に折った便箋を入れ閉じてしまえば手紙は完成。
これは後でグレタに任せるとして…私が手紙を書き終えるまで部屋で大人しくしていたサンを呼べば嬉しそうに近づいて来た。
よしよし。わしゃわしゃと撫でてやりながら、サンに話しかける。
「早いとこ、新しい首輪を用意しなきゃね」
首周りはまだ何もなく撫でるには引っ掛かりが無くていいかもしれないが、それではタグを持って帰って来た意味がない。
ここから近いあの街で、用意しまうのは有りだな。いっそのこと特注してしまうのも手か…。
そういえばソフィーと遊ぶために王都へ行く予定なので、参考がてら見て回ってから決めるのでも遅くはないだろう。
そこまで考えて、私は顔色を悪くする。
まずい。グレタにソフィーと遊ぶことを言い忘れていた…。
別に隠していたわけではないんです!本当に言い忘れていただけなんです!
いつ言おうかと迷っていたのは確かだけど、流石に隠そうとかは考えていなかった。ソフィーと遊ぶ日は、もう間近に迫っているし今日中には言わないと。
そうと決めてから手紙を持ち部屋を出るとリビングに向かった。道すがらでグレタのことを見つけて手紙を渡すついでに、リビングまでお茶を持ってきてくれるように頼んでおく。
これで話す場は自然と整うことだろう。
私はサンを伴って先にリビングまで来るとソファに座り、グレタが来るのを待った。
あまり待つことなくグレタがお茶を運んできてくれたので今ここには私とグレタ、それとサンだけが存在する部屋となったわけだ。
グレタからお茶を受け取ってから、いざ私は「今、少し時間ある?」と消極的に話を切り出した。
急な私の言葉にもグレタが否やを口にすることはなく黙って聞く態勢になってくれたので、そのまま話を続ける。
何も説明が難しいことを言う訳ではないので言葉に詰まるようなことはなかったのだが、僅かに緊張はしていた。
ここで働くメイドたちは総じてソフィーに対し、あまりいい印象を持っていない。
それは私の身を案じてのことなので、私から口うるさく何かを言うこともしたくないと思っている。
なので、この話が大きく広まらないようにこうして2人と1匹の空間を作って話を始めたわけだ。
当然グレタもソフィーの印象は良くないだろうが、私が一番に信頼する相手なので頼めば口外するようなことは決してしないだろう。
ただグレタから何と言われるのかだけが、少し怖かった。
私が最後まで話し終えるのを瞼を閉じて静かに聞いてくれていたグレタから、なかなか返事が返ってこないことに眉を下げる。
やっぱり、反対されるかしら…。
「…当日は私も同行させていただきます。邪魔は致しません。それだけ、ご承知いただけますでしょうか?」
ようやくグレタから発せられた言葉に、私は目を瞬いた。
瞼を開いたグレタは真剣な眼差しで私のことを見つめている。私も逸らさないように見つめ返して、柔らかく微笑んだ。
「ええ、大丈夫よ。ありがとうグレタ」
「いいえ。私の我が儘を聞いていただき、有難うございます」
それは我が儘とは言わないと思うけどな。それは口にしないで、私は上機嫌にグレタの淹れてくれたお茶を飲んだ。
グレタは反対するようなことも苦言を呈することもなかった。私にはそれが何よりも嬉しい。
着いて来るというのなら、それはそれで構わない。むしろ、それでグレタが安心できるというのならそうした方がいいだろう。
ただソフィーは、グレタがいることに驚いてしまうかもしれない。
でもグレタがソフィーに悪いことをするとは考えていないので安心できる。本人も「邪魔はしない」と言っているしね。
グレタとは口裏を合わせておくことにした。
ソフィーのところへ遊びに行くのではなく、ただ久しぶりに王都へ遊びに行くということにで話を固める。
まぁあながち間違いでもないし、そこまで嘘を言っているわけでもない。
とある一点、ソフィーのことだけを完全に伏せていると言うだけで…。そのことが一番、心苦しくもあるのだけど。
メイドたちには王都で流行りのお土産をたくさん買って帰るからね!
グレタがついて来ることになり、これで心置きなくソフィーと遊べるってもんだ。
あとは出来れば、グレタの中のソフィーの印象が関わっているうちに、少しでも良い方向に転がるといいなぁ。




