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ソフィーと遊ぶために、王都に前乗りで来ることにした。
王都までは馬車で1日ほどかかるため、前日から来ておかなければ遊ぶ前から疲れてしまうだろうと言うのが理由だ。
それでは存分に楽しむことも出来ないため、こうやって前乗りしてきたわけだが王都に来るのは本当に久しぶりだなぁ。
何処よりも活気に溢れ何処を見ても華やかに飾られており、この街自体がまるで一つの芸術品かのように綺麗に整備されている。
多くの人がこの地を夢に見て憧れを抱く中で、私には人が多くて煩雑としているようにしか感じられないでいた。
綺麗には綺麗なんだけどね。
どうにもここは何かにつけて忙しなく、長いこといればいるほど疲れてしまいそうで嫌なのだ。
ここに住むことが一種のステータスと考えている人たちもいるようだが、私ならば御免被りたい。こんなに騒がしいところでは、眠るのでさえ一苦労しそうだ。
偶にならいいのだけど、ここに長く滞在したいとはあまり思えないでいた。
ただし、大体のトレンドと言うものはここから始まる。今の流行りを知るのであれば、ここが最適であることは間違いない。
そんなわけで貴族の子女としては、たまに市場調査のためこうして王都に足を運ぶことも大事なことだったりするのだ。面倒だけどね。
今日は今の流行りを把握することも目的には入っているが、それよりもメイドたちやお留守番しているサンにお土産を買っていくことが第一の目的である。
グレタと一緒にいろんなお店を見て回り、何が良いかを相談しながら決めていくことにした。
まずはメイドたちへのお土産を探すことにする。
今回はお菓子ではなく、何か別のものをと考えているのでグレタの意見を大いに参考にさせてもらった。
実は私が自分のためにと買っていくお菓子の大半はメイドたちにも共有しているので、お菓子では目新しさが得られない。
そこで別のものをと考え、皆が一様に喜びそうなものは何かと探し回っている。
グレタの意見のお陰で、最適なものを見つけることが出来た。これを平等になる様、人数分買えばメイドたちへのお土産は確保完了だ。
次に今は屋敷で会留守番をしてくれているサンへのお土産。
これもどうしようかさんざん悩んで結局、サンが食べられそうな日持ちのする食料を買っていくことにした。
首輪なんかも見て回ったのだが、どれもピンとこなかったのでやめておいた。
やっぱりサンが気に入ってくれるものを選びたいので、また後日サンと一緒に選ぶことにしよう。
と、ここまで様々な店を見て回っている中で手芸に使うものが売ってある専門店に入った。
あまり好んで刺繍なんかをすることはないが、教養としては習っていたので出来ないことはない。特別うまいとも言えないが。
なんとなく入ってみた店で、可愛らしいレースをたくさん見つけて思わず手に取った。
こういうレースは手芸だけでなく髪をくくるリボンとしても使えるので便利なんだよなぁ。
買っていこうかと考えているうちに、ソフィーの分も買っていこうかという考えが頭に浮かんだ。
実を言えばもう手土産に流行りの茶菓子を買ってしまっているのでこれ以上、買っていくというのは余計なんじゃないだろうかと思い悩む。
でも、これとかソフィーに似合いそうだ。
手に取った白いレースを眺めながら、むむっと眉間に皺をよせ悩むこと数分。
最終的にさっき手に取っていた白いレースと、淡いピンクのレースの二つを買っていくことにした。
渡すかどうかはまだ決めていないのだが、せっかくなら渡せるといいなぁ。ピンクの方はソフィーのことを考えているうちに買ってしまったものなので、自分で使おうと思います。
次の日になってソフィーと待ち合わせをしている教会までやって来た。
勿論、グレタもついて来てくれている。
王都にある大きな教会は観光地の一つの名所的な役割も務めているだけあって、実に立派な佇まいであった。
荘厳な白亜の教会の目玉と言えば、中の礼拝堂にある聖女の偉業を一枚絵にしたステンドグラスだろう。
一度しか見たことはないのだが、目を見張るほど大きいステンドグラスと言うだけでも圧倒されるものがある。
今日も礼拝の人と観光の人とで、礼拝堂から人がいなくなるような暇がないくらいの盛況ぶりのようだ。
だが用があるのは、礼拝堂に続く表の方ではなく教会の裏である。
ソフィーにもとから裏の方まで来てほしいと言われているので、そっちにまで回り込んでみると一気に人通りが少なくなった。
こっちは礼拝堂に続くわけではなく、この教会で働く人たちのための建物となっているので教会の関係者以外でここに来る人は少ない。
私もここまで来るのは初めてなので少し不安だったが、目当ての人物であるソフィーのことは直ぐに見つけることが出来た。
ソフィーも私の姿に気付くと、大きく手を振って歓迎してくれた。
「ラファエラ様!お待ちしておりました!」
「久しぶりですね。またお会い出来てうれしいです」
笑顔を見せるソフィーに私も笑顔を返す。
前回の記憶にある姿よりも、はるかに元気そうなソフィーの様子に内心で安堵の息を漏らした。
「今日は、お招きいただき有難う。この日を楽しみにしていたのよ」
「私もです。急な誘いだったにも関わらず、ここまで来てくださって…私の方こそ、有難うございます」
ソフィーの随分と畏まった言い方に、私はソフィーの手を取って柔らかく握った。
「そんなに畏まったままでは疲れるでしょう?普通に話しませんか?」
「そんな、恐れ多いです!私なんか、言葉遣いもまだまだ未熟ですし…。ラファエラ様に失礼があっては、いけませんから」
そんなこと気にしなくともいいんだけどなー。
言葉遣いもソフィー自身は未熟だと言ったが、私からしてみれば既に立派に出来ている。それ以上、畏まられても私としては困ってしまうだけなのだが…。
「失礼だなんて、私は気にしません。それに私、ソフィー様ともっと仲良くなりたいんです。お友達の関係で、敬ったりはしないでしょう?それでもダメですか?」
こうなりゃ、情に訴えかける作戦はどうだ!私がこれに弱いからと言って、ソフィーに同様に効くかどうかは別の話だけど。
ちなみにグレタに、この方法でお願いをしても断られる確率の方が高い。
「正直、そう言っていただけるのは嬉しいです。…少しづつ、変えていくのでもいいでしょうか?ラファエラ様のお言葉には出来るだけ応えたいので、努力はいたします!」
「ええ、勿論よ!有難う。私のことは遠慮なくラフィと愛称で呼んで頂戴ね。私も貴方のことをソフィーと、そのまま呼んでもいいかしら?」
少しばかりの歩み寄りを見せてくれたソフィーに対して、私からも距離を詰める。
私からの歩み寄り方は大分、大股ではあったがソフィーが嫌そうな顔をすることはなく晴れた笑顔で「はい!」と受け入れてくれた。
これからが俄然、楽しみだ!
「そうだわ。紹介が遅れてしまったけど、彼女は私の侍女をやってくれているグレタ。今日、私がここまで来るってことでついて来てくれたの。急に人が増えてしまって、ごめんなさいね」
「いえ!全然、大丈夫です。グレタ様。私、ソフィーって言います。よろしくお願いします」
「グレタで結構です。私のことは、どうかお気になさらず」
言葉少なに対応するグレタの様子に、仕方ない部分があるとはいえやりきれないような気持ちも沸いてしまう。
グレタは元から口数が多い訳でも、表情が表に出るタイプでもないので最初の印象が冷たい人と取られてしまうことはよくある。
ただ、今日のはどこか突き放すような冷たさがあった。
そんな対応をされたソフィーがどうしているのか、不安に思いながらちらりと窺ってみる。
当のソフィーは特に不快に感じているとか、そう言ったことはなさそうだったことにとりあえ安心しておくことにした。
紹介が済んだので、早速ソフィーが教会で借りている現在の住まいである部屋にまで自ら案内してもらうことになった。
本来は教団関係者しか足を踏み入れることが出来ない場所に、入れるという貴重な機会に少しばかりテンションが上がる。
中は外観同様に白の占める割合が多く清廉潔白と言った印象を受ける。それに隅々まで掃除が行き届いているので、とても清潔でもあった。
騒がしい街並みの中にあるにも関わらず、この建物内は不自然なほどに静かだ。
それが不気味なようでいて、不思議な気分を私に抱かせた。
教会の関係者とすれ違うたびに、ソフィーは様々な人から頭を下げられていた。
ソフィーも度々それに丁寧に返すものだから部屋にたどり着くまでに時間がかかったが、無事に部屋まで案内してもらう。
招かれて入った部屋の中は私から見ればこじんまりとしており、あまりソフィーに似合わない家具が置かれている部屋だった。
お休みの間、身を寄せているだけだそうなのでおそらくはこの部屋に元から備え付けられていた家具なのだろう。
椅子を勧められ有難く座らせてもらえば、ソフィーは直ぐに「今、お茶を淹れてきますから少し待っていてください」と言って違うところへ行ってしまった。
まだ手土産を渡せていないのだが、まぁ大丈夫かな。
暫く待っていると紅茶のいい香りが漂ってきた。慣れた香りにほっと一息つく。
お茶が運ばれてくるまでを静かに待っていると、ソフィーがトレイに3人分のカップを乗せて戻って来た。
「お待たせしました。どうぞ。お口に合えばいいのですが…」
「有難う」
「有難うございます」
受け取って、香りを楽しむフリをする。
その間にグレタが先に口をつけて飲み込んでから僅かに頷いたのを見てから、私も黙って口をつけた。
これは別に私が警戒しているわけではなく、グレタから事前に言われていることに従っているだけなのだ。
何か入っているとも思えないのだが、私のことを考えて慎重になってくれているグレタのことを無視することも出来ない。
グレタとしてはカップも警戒対象に入っているのだろうが、そこまであからさまな真似をソフィーの前で見せることはしたくないのでそこは我慢してもらう。
今は目を閉じて紅茶の味と香りに集中することにした。
「うん!美味しいわ!」
「良かったぁ…。ずっと練習してたんです」
「そうだったのね。なら、私からはお茶菓子を出させてくれない?」
「え?」
そこでグレタに持っていてもらった、手土産の茶菓子を机の上に置いた。
「丁度、紅茶に合うものを持ってきてて良かった。これ、貴方への手土産なの」
「有難うございます!今、お皿に移してきます」
「大丈夫よ。手で食べられるものだから、そのまま食べちゃいましょ」
包装を丁寧にはがして、箱を開けば虹色に並べられたマカロンが詰められている。
それをソフィーは宝物でも見たかのような輝いた瞳で見ていた。
王都では、そう珍しいものでもないと思うのだがソフィーの反応を見るに食べたことがなさそうだ。それなら、良かったかもしれない。
「どうぞ、召し上がれ」
「私が最初に選んでもいいんですか?」
「貴方のために持ってきたんだもの。好きなものを選んで」
さぁさぁと促してみれば恐る恐るも迷う手つきが、やがて一つの白いマカロンを手に取った。
食べるまでを微笑んで見守っていれば、食べた瞬間に目を見張った様子にどうやら感動していることが分かって安堵する。
甘いものは大丈夫そうで良かった。もぐもぐと一生懸命、口を動かして飲み込んでからソフィーは口を開いた。
「美味しいです!初めて食べました!」
「王都には、これの専門店がいくつもあるの。そこの一つで買ったものなのよ」
ついでに場所を教えてあげれば、ソフィーは「知りませんでした」と言った後にまたお礼を言った。
普段、買い物に出かけることがないのだろうか?
ソフィーは奇跡持ちということもあって国から正式な保護と援助を受けているので、金銭面は保障されているはずだ。
今であれば、もしかしたら教会からも金銭的な援助を受けている可能性もあると思っているのだが…。
それか、自分から節制した生活でも送っているのかもしれないな。
それが何故なのかは聞いてしまってもいいものか、分からなかったので聞かなかった。




