↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された「効果不明」のエンチャンターは、隣国で計測不能と言われる  作者: まる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/30

第六話 信じられない

旅の二日目が始まった。


 朝、宿場町を出発して、俺たちは西へと馬を進めていた。アルヴェインまでは、あと三日ほどかかるらしい。


 馬に揺られながら、俺はずっと、落ち着かない気持ちを抱えていた。


 昨日、レイアは俺のために怒ってくれた。俺の価値を認めてくれた。それは、素直に嬉しかった。でも、心のどこかで、俺はまだ疑っていた。


 この人は、いつか俺に失望するんじゃないか。


 三年間の経験が、そう囁いてくる。最初は良くしてくれた人間が、後になって手のひらを返すのを、俺は何度も見てきた。「鉄の牙」に入ったときだって、最初の一週間は歓迎された。でも、俺の力が「効果不明」だと分かった途端、扱いは荷物番に変わった。


 だから、今回も同じかもしれない。


 アルヴェインで測定して、もし何も出なかったら。レイアは、俺に失望するだろう。「勘が外れた」と、俺を持て余すだろう。そうなったら、俺はまた、行き場を失う。


 そんなことばかり、考えていた。


「暗い顔をしているな」


 隣で馬を進めていたレイアが、ふと言った。


「え……すみません」


「謝ることじゃない。何を考えていた」


「……いえ、大したことじゃないです」


 俺は、言葉を濁した。まさか「あなたに失望されるのが怖い」なんて、言えるわけがなかった。


 レイアは、それ以上追及してこなかった。ただ、前を向いて馬を進めている。


 この人は、余計なことを聞かない。俺が話したくないことは、無理に聞き出そうとしない。それが、俺にはありがたかった。「鉄の牙」にいたときは、いつも何かを言われ続けていた。役に立っているのか、次はどうするのか、エンチャントは本当に効いているのか。


 この静けさが、俺には、心地よかった。



◇



 昼近くになって、俺たちは森の中の街道に差しかかった。


 両側を木々に囲まれた、薄暗い道だった。日の光が、枝葉の隙間から、まだらに差し込んでいる。


「この辺りは、野盗が出ると聞いている」


 レイアが、前を見据えたまま言った。


「気を抜くな。何かあれば、あなたは後ろに下がれ」


「……はい」


 俺は、緊張して馬を進めた。野盗。もし襲われたら、俺には何もできない。戦闘の心得なんて、まったくないのだから。


 その不安が、的中した。


 道が少し開けたところで、突然、茂みが揺れた。


「止まれ」


 レイアが、鋭く言った。


 次の瞬間、道の左右の茂みから、男たちが飛び出してきた。


 数えると、七人。それぞれが、剣や斧を手にしている。装備はまちまちだが、全員が凶暴な目をしていた。街道を荒らす、野盗の集団だ。


「へっへっへ、いい馬に乗ってるじゃねえか」


 先頭の男が、下卑た笑いを浮かべた。


「有り金と、その荷物、全部置いていきな。そうすりゃ、命だけは助けてやる」


 俺は、体が硬直した。七人。多すぎる。俺たちは三人で、しかも戦えるのはレイアと随行者だけだ。随行者の二人も武装しているが、七人相手にどこまで戦えるか。


 俺は、レイアの言葉を思い出して、慌てて馬を後ろに下げようとした。でも、馬の扱いに慣れていなくて、うまくいかない。もたついているうちに、状況が動いた。


 レイアが、馬から降りた。


 そして、背中の槍を、静かに構えた。


「七人か」


 レイアが、つぶやいた。まるで、数を確認するだけのような、落ち着いた声だった。


「置いていく気はない。かかってくるなら、相手をしよう」


 その一言で、野盗たちの顔色が変わった。女一人が、七人相手に、まったく怯んでいない。それが、彼らを苛立たせたようだった。


「舐めやがって!」


 先頭の男が、怒鳴りながら突っ込んできた。他の野盗たちも、それに続く。


 俺は、息を呑んだ。七人が、一斉にレイアに襲いかかる。いくらレイアが強くても、これは――。


 そう思った、次の瞬間。


 レイアの姿が、ぶれた。


 いや、ぶれて見えたんじゃない。速すぎて、目で追えなかったんだ。


 気づいたときには、先頭の男が、地面に転がっていた。槍の石突きが、腹にめり込んだらしい。男は、白目を剥いて、動かなくなった。


 二人目が斬りかかる。でも、その剣が届く前に、レイアはもう、その男の懐に入り込んでいた。槍の柄が、男の顎を打ち上げる。男は、声もなく崩れ落ちた。


 三人目と四人目が、同時に左右から挟み込もうとした。レイアは、槍を大きく振るった。弧を描いた穂先が、二人を同時に薙ぎ払う。


 あまりにも、鮮やかだった。


 俺は、馬の上で、ただ呆然とそれを見ていた。


 三分も、かからなかった。七人の野盗が、全員、地面に伏していた。誰も死んではいない。ただ、全員が、動けなくなっているだけだった。


 レイアは、槍を収めて、馬に戻ってきた。まるで、何事もなかったかのように。


「行こう。無駄な時間を使った」


「……すごい、ですね」


 俺は、思わず、そう漏らしていた。


 レイアは、少しだけ意外そうな顔をして、それからこう言った。


「今日は、調子がいい」


「調子が、いい?」


「ああ。七人相手だと、本来はもう少し手こずる。でも今日は、体の動きが妙に軽い。いつもより、力が出ている感じがする」


 その言葉に、俺は、どきりとした。


 ――今日は、調子がいい。


 どこかで、聞いた言葉だった。



◇



 馬を進めながら、俺は、さっきのレイアの言葉を反芻していた。


 今日は、調子がいい。体の動きが、軽い。いつもより、力が出ている。


 それは、エランがいつも言っていた言葉と、そっくりだった。


 まさか。


 俺は、自分の手のひらを見た。


 今朝、出発前に、俺はいつもの習慣で、レイアと随行者の装備に、こっそり手をかざしていた。三年間の癖で、無意識にやっていたことだった。誰にも頼まれていないのに、荷物番だったときの習慣で。


 もし、あのエンチャントが、効いているとしたら。


 レイアが「今日は調子がいい」と感じているのは――俺のせい、なのか?


「あの……レイア」


「なんだ」


「今朝、俺、あなたの装備に、エンチャントをかけたんです。勝手に。三年間の癖で」


 俺が言うと、レイアは、こちらを見た。


「かけたのか」


「はい。すみません、勝手に」


「謝ることじゃない」


 レイアは、少し考えるようにして、それから言った。


「なるほど。それで、腑に落ちた」


「え?」


「今日、朝からずっと、体の調子が良かった。理由が分からなかったが、あなたのエンチャントのおかげだったのか」


 レイアは、そう言って、自分の腕を軽く握ったり開いたりした。まるで、その感覚を確かめるように。


「効いて、いるんですか。本当に」


 俺の声は、震えていた。


 三年間、一度も「効いている」と言われたことのなかった俺のエンチャントが。この人には、はっきりと「効いている」と。


「効いている」


 レイアは、はっきりと言った。


「間違いない。あなたのエンチャントは、確かに私を強くしている。さっき七人を相手にしたとき、私はいつもより速く動けた。それは、あなたの力だ」


 俺は、言葉が出なかった。


 効いていた。


 三年間、誰も認めてくれなかった俺の力が。ずっと「気のせい」で片付けられてきた俺の力が。この人には、ちゃんと届いていた。


 視界が、また滲んだ。


 俺は、慌てて顔を伏せた。こんなことで泣くなんて、みっともない。でも、抑えられなかった。


「泣くな」


 レイアが、静かに言った。


「まだ、測定もしていない。本番はこれからだ。今泣いていたら、身が持たないぞ」


 その言葉に、俺は、少しだけ笑った。涙を拭って、顔を上げた。


「……そうですね」


「そうだ」


 レイアは、少しだけ口の端を上げて、また前を向いた。


 俺は、その横顔を見ながら、思った。


 この人の勘は、本当に、外れないのかもしれない。


 そして、もしそうなら。


 俺のこの三年間は、無駄じゃなかったのかもしれない。


 そんな希望が、初めて、俺の胸に灯った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。