第五話 拾われた
振り返ると、レイアがいた。
馬に乗って、こちらに向かってくるところだった。後ろには、二人の随行者を連れている。旅装で、馬具には荷物がくくりつけられていた。まるで、これから出発するかのような格好だった。
馬が、俺の前で止まった。
「追放されたのか」
レイアが、馬上から俺を見下ろして言った。
俺は、驚いて言葉が出なかった。どうして、この人がここにいるんだ。どうして、俺が追放されたことを知っているんだ。
「見ていた」
俺の疑問を察したように、レイアが言った。
「処分が言い渡されるまで、私はギルドの外で待っていた。あなたが城門を出てくるのを、見ていた」
「待って、いた……?」
「昨日、あなたに『来い』と言った。その返事を、聞きたかったからな」
俺は、頭が混乱していた。この人は、俺の返事を聞くために、わざわざギルドの外で待っていたというのか。俺なんかのために。
「一つ、言っておくことがある」
レイアは、馬から降りた。そして、まっすぐ俺の目を見て言った。
「あなたにかけられた無礼罪は、冤罪だ」
俺は、息を呑んだ。
「二日前の昼、私はギルドの周辺にいた。あなたが外に出ていないことを、私は知っている。あなたはずっと、あの準備室にいた。私の感覚が、それを捉えていた」
「……ほんとうに、ですか」
「本当だ。だから昨日、私はギルドマスターに、証言を申し出た。あなたが冤罪だと、私が証明すると」
俺は、目を見開いた。
この人が、俺のために。追放処分を覆そうと、動いてくれていたのか。
「だが、断られた」
レイアの声に、悔しさがにじんだ。
「外国人の証言は、この国の手続きでは採用できないという規定があるそうだ。私にできることは、そこまでだった。あなたを助けられなかった。すまない」
「そんな……謝らないでください」
俺は、慌てて首を振った。
謝るべきなのは、こっちのほうだ。この人は、俺のために、できる限りのことをしてくれた。それだけで、俺は――。
「あなたは、何も悪くない。それだけは、覚えておいてくれ」
レイアの言葉が、俺の胸に、じわりと染み込んでいった。
三年間、誰も俺を庇わなかった。エランは俺を陥れ、ギルドマスターは俺を見捨て、仲間は誰一人、声をかけてこなかった。
なのに、この人は。
昨日会ったばかりの、隣国の貴族が。俺のために、怒ってくれている。
気づいたら、俺の視界が、滲んでいた。
◇
「で、これからどうする」
レイアが、俺に尋ねた。
「行くあてがあるのか」
「……ないです」
俺は、正直に答えた。取り繕う気力もなかった。
「村には帰れません。ギルド証も抹消されたので、他の街にも行けない。金も、ほとんどなくて」
「そうか」
レイアは、少し考えるような顔をした。それから、こう言った。
「では、昨日の話を、改めてしよう」
「昨日の……」
「アルヴェインへ来い。あなたの力を、正しく測れる場所がある。費用はこちらで持つ。あなたを、一人前の付与魔法師として扱う場所だ」
俺は、レイアを見上げた。
この人は、まだ、俺を誘ってくれている。追放されて、行くあてもなくなった俺を、それでもなお、必要としてくれている。
「でも……俺の力は、まだ何も証明されていません。測っても、何も出ないかもしれない。そうしたら、あなたに迷惑を――」
「その心配はしていない」
レイアは、きっぱりと言った。
「私の勘は、外れない。あなたの力は、本物だ。測ればわかる」
その言葉に、迷いは一切なかった。
どうして、この人は、こんなにも俺を信じてくれるんだろう。会ったばかりで、俺の力を見たわけでもないのに。ただ「勘だ」と言うだけで、ここまで。
「なぜ、そこまで俺を信じてくれるんですか」
俺の問いに、レイアは少しだけ、口の端を上げた。
「言っただろう。勘だ」
そして、彼女は続けた。
「それに、あなたの目を見れば分かる。あなたは、諦めているようで、まだ諦めきれていない目をしている。何かを、まだ探している目だ。そういう人間を、私は放っておけない」
俺は、何も言えなかった。
諦めているようで、諦めきれていない。まさに、その通りだった。俺はこの三年間、「期待するな」と自分に言い聞かせながら、それでも心の奥では、いつか自分の力が認められる日を、諦めきれずにいた。
その心の奥を、この人は、たった一目で見抜いていた。
「……お願いします」
俺は、頭を下げた。
「連れて行ってください。俺を、アルヴェインに」
声が、震えていた。でも、それは悲しみの震えじゃなかった。
「いい返事だ」
レイアは、そう言って、随行者に目配せした。
「馬を、もう一頭用意してあるな?」
「はい。余分に引いてまいりました」
「よかった」
まるで、最初から俺が来ることを、分かっていたかのようだった。
◇
俺は、渡された馬にまたがった。
馬に乗るのは慣れていなくて、たぶん、ひどく不格好だったと思う。でも、レイアは何も言わなかった。ただ、俺がちゃんと乗れるのを、静かに待ってくれていた。
「行くぞ」
レイアの合図で、一行は西へ向かって走り出した。
王都ガルディアの城壁が、背後にどんどん小さくなっていく。
三年間暮らした街が、遠ざかっていく。
俺は、それを振り返らなかった。振り返る理由が、なかった。あの街には、最後まで、俺の味方は一人もいなかったのだから。
馬を並べて走りながら、レイアが、前を向いたまま言った。
「名前は、アインでいいんだな」
「はい」
「私はレイア・ヴォルドハルトだ。レイアでいい」
「……レイア、さん」
「さんは、いらない」
「……レイア」
「うん」
それだけ言って、レイアは少しだけ、馬の速度を上げた。
俺は、その背中を見ながら、馬を走らせた。
銀色の髪が、風になびいている。まっすぐな背中だった。この人についていけば、大丈夫な気がした。根拠なんてなかったけれど、なぜか、そう思えた。
三年間、俺は誰にも必要とされなかった。
でも今、俺は、必要とされている。
その事実だけで、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
◇
その日の夜、俺たちは街道沿いの宿場町で一泊した。
夕食を終えて、俺は宿の外に出た。今日一日のことが、まだ現実だと思えなくて、頭を整理したかった。
追放された。冤罪だった。そして、隣国の貴族に拾われて、これからアルヴェインに向かう。全部、たった一日で起きたことだった。
「眠れないか」
声がして、振り返ると、レイアが外に出てきていた。
「少し、整理できていなくて」
「そうだろうな。一日で、いろいろありすぎた」
レイアは、俺の隣に立って、同じように夜空を見上げた。
「怒っているか。あの国に」
その問いに、俺は少し考えた。
「……分からないです」
正直な気持ちだった。
「怒り、というより、驚いている感じで。三年間もいたのに、最後に、誰も何も言ってくれなかったんだなって。それが、なんだか、不思議で」
レイアは、しばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「あなたが三年間そこにいたから、あの連中は強くなれた。それを、彼らは知らない。あなたがいなくなって初めて、少しずつ気づいていくだろう」
「……気づいても、もう関係ないですけどね」
「そうだな」
レイアは、あっさりと肯定した。そして、こう続けた。
「でも、私は気づいた。あなたの価値に。それは、変わらない」
俺は、その言葉を聞いて、また視界が滲みそうになった。
あわてて、夜空を見上げた。
星が、きれいだった。王都では、街の明かりのせいで、こんなに星が見えることはなかった。こんなにたくさんの星が、空にあったなんて、知らなかった。
三年間、俺は下ばかり見て歩いていた。
でも、これからは、少しだけ、上を向いて歩けるかもしれない。
そんなことを、俺は、その星空の下で、ぼんやりと思っていた。




